第7話 王太子
歳の頃は私と同じくらいだろうか。外国人の年齢はわかりにくい。
ホワイトブロンドのきらきらしい髪に白い肌、濃い青の瞳。綺麗だがどこか軽薄そうな印象。前の世界で通っていた高校にもこんなタイプの騒がしい不良たちがいたなと、思わず眉を顰めた。確実に好きではないタイプだ。かといって真逆のいかついフェリクスがタイプかと言えば、まったく違うけど。
そんなことを考えている間に、男が近づいてきた。男というより少年といった方が正しい。さすがに私より背は高いが、フェリクスやアウリクス大魔道士ほどではない。線の細さもあり威圧感までは感じず、そのおかげか、私の心が少しだけ落ち着く。
(大丈夫、まだ、怖くない)
王太子と名乗ったからには、この人がハーラン王太子なのだろう。礼を取るべきなのだろうが、あいにく私はこちらの礼儀をまだ知らない。
とりあえず挨拶はしておいた方がいいだろうと、口を開きかけたそのとき。彼が値踏みするように私の全身に目を走らせた。
「ふん、見てくれはそれほど悪くないな。サマーほどではないが、あの取り澄ましたデカ女よりはマシか。喜べ聖女よ、俺が
嫌な笑みを浮かべながら私の顎に手を伸ばしたとき、部屋の扉からエラ先生とマルグリットが駆け込んできた。
「お、恐れながら王太子殿下!」
「黙れ! おまえらに発言を許したおぼえはない!」
一喝する王太子に、2人は怯んだ。青い顔をしたエラ先生が、それでも言い募る。
「恐れながら、私は聖女様の主治医です。聖女様はまだお加減が優れず……それに、聖力の制御を始めるのであればウェリントン副魔道士様の許可を……」
「黙れと言っただろう! おまえを不敬罪で投獄する! おい、誰かその女を連れて行け!」
彼の怒号に、扉の近くに控えていた別の男たちが動いた。マントこそないがフェリクスの格好と似ており、帯剣もしていることから、護衛か何かだろうと察した。
咄嗟に声が出た。
「やめてください、エラ先生を離して!」
「うるさい! 俺に逆らうな!」
「お願いします! エラ先生を連れて行かないでください!」
私が叫ぶのと同時に、辺りの空気が突然ぶわりと揺れた。かと思うとエラ先生を拘束していた男たちが突然「うわぁっ!」と声をあげて転がった。
「聖女様……! 聖力が……」
「くそっ! おまえら、いったん下がれ!」
マルグリットの掠れた声に、王太子の命令が重なる。見れば王太子が私に向かって伸ばしかけていた右手を左手で庇っていた。
「この俺様の手を振り払うとは、貴様……っ」
目の色を変えた王太子が唇を噛み締める。
「申し訳ありません。自分でもどうしていいのかわからないのです。あの、もしやお怪我を」
「うるさい! ちょっと驚いただけだ。神力の持ち主である俺がおまえごときに傷つけられるわけないだろう!」
王太子は悪態を繰り返しながらも「もういい!」と片付けた。
「女どもはもうどうでもいいから皆出ていけ! おいおまえ、さっさと力の制御の練習をするぞ!」
「え……」
「俺様と愛するサマーの婚儀の場におまえが列席し従えば、このカーマイン聖王国と次期王たる俺の勇姿を各国に見せつけることができる。そのためにおまえにはさっさと外に出られるようになってもらわねばならん。この俺が貴重な時間をおまえごときに割いてやることを光栄に思って、せいぜい精進しろ!」
「あ、あの、私も制御できるのはありがたいのですが、どうすればいいのでしょう」
「おまえは聖女のくせにそんなことも知らないのか!」
「すみません……。あの、教えていただければ従います」
「俺が聖女のことなど知るわけないだろうが! おまえがなんとかしろ!」
そんなこと言われても、こっちだって数日前に別の世界から召喚されたばかりだ。少しずつこちらのことを勉強はしているが、聖力の制御の仕方までは習っていない。
途方に暮れていると、苛立った王太子が私の腕をつかんだ。
「ふん! 聖女の聖力と王族の神力を“混ぜ合わせ”ればいいんだろう! 簡単なことだ、俺はこの国の王太子だからな。おいおまえ、俺様がありがたくも神力を注いでやるから、おまえは聖力を出せ」
「いや、そもそも聖力を出すっていうのがわからないんですが……」
「つべこべ言わずにやれ!」
「っ痛!」
掴まれた腕に力が込められ、思わず振り払ったその瞬間。青白い光がバチっと激しくスパークした。
「うわぁっ!!」
王太子が弾かれたように後退った。見れば右腕の袖口の辺りがざっくりと切れており、その下から一筋の血が流れ落ちていた。
「……貴様! この俺を傷つけたな!」
踏み込んだ王太子がぱしん!と私の頬を叩いた。
「きゃっ!」
勢いのまま後ろに倒れると、そのまま王太子が乗り上げてきた。
「よくもよくもよくもよくもーーー! 親切にしてやったにも関わらず聖女ごときが俺を傷つけるとは万死に値する!」
「やめてっ!」
「うるさい! 黙れ! ……あぁ、神力と聖力を“混ぜ合わせ”るんだったな! 最初からこうしていればよかったということか!」
殴られたショックと押し倒された勢い、それに胸元にかかった手のせいで、私の思考は一瞬停止した。
人は、本当に恐怖したときに動けなくなる。私は、悲しいことにそれを既に体験していた。
絶望する私の目の前で、王太子は醜悪な笑みと怒りを浮かべていた。
「ふんっ、サマーには劣るが、なかなかそそる身体を持っているじゃないか。喜べ。この俺が、おまえに情けを恵んでやる……!」
そうして彼は、私のワンピースの前身ごろに手をかけ、一気に引き摺り下ろした。
ニゲラレナカッタ……ニゲテモ、オイカケラレターーー。
(いやだ……助けて……)
ココハ オナジ、マエト オナジ、マエト イッショーーー。
「いやあああああああああああああぁぁぁっーーー!!!!!」
叫びとともに光がすべてを引き裂き、飲み込んだ。
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