第5話 聖力
パリンっと派手な音をたてて、手元のコップが割れた。
「聖女様! 大丈夫ですか!」
私の側についてくれている魔道士のマルグリットと医師のエラがすぐに駆けつける。
「うん、大丈夫です。ごめんなさい、またやっちゃった」
「聖女様のせいではありませんわ。
マルグリットが割れたコップを片付ける間に、エラ先生が私の怪我の具合を確認する。初めてコップを割ったときは勢いでざっくりと左の手のひらを傷つけてしまった。三度目ともなれば変な意味で慣れたのか、咄嗟に身体を庇えるようになった。
私が異世界から召喚されて3日目。ベッドから起き上がることができるようになり、食事も固形物が食べられるようになった。退屈凌ぎにマルグリットやエラ先生からこの世界の話を聞けたおかげで、自分が異世界に召喚された実感が湧いてきた。
それはいいのだが。
「聖力って、もしかして役立たずな能力なんじゃ?」
そう。聖女と祭り上げられている私には聖力という力が備わっている。それは魔物に対抗する力らしいのだが、それ以外にも無駄に発揮されるようで。
「コップが3個、カトラリーが5個、ペンが5本、カーテンが1枚、本が2冊……」
この3日のうちに私が壊してしまった物の数だ。少し物理的な力を入れてしまうと割れたり折れたり曲がったり破れたりしてしまうこの無駄な力が、聖力の片鱗らしい。
「大丈夫でございますよ、聖女様。聖力の制御の方法を覚えてしまえば、そのうちなんの問題もなくなります」
「歴代の聖女様方の日記にも、はじめは制御に苦労したと記載がありますものね」
退屈凌ぎと勉強にと、マルグリットが魔塔の研究室から借りてきてくれたのは、過去に召喚された聖女たちの残した日記の書物だった。確かにそこにも、聖力のプチ暴走を起こして物を壊してしまったり人を傷つけてしまったりという記述があったのだが、それも王族の
「あの、私もこの聖力を制御できるならしたいんですけど、それには王族?の人たちの力が必要なんですよね」
「え、えぇ……」
「それは……はい」
だがこの話を振ると、マルグリットもエラ先生も少し言い淀んでしまい、深くは聞けないでいる。王族という立場の人の話だから、下級貴族の出だという彼女たちには口に出しにくいのかもと、私も今の段階ではそれ以上の追求はしなかった。何よりまだ身体が本調子じゃない。
そうやってゆっくり身体と知識をこの世界に慣らしているところに、3日ぶりにゲント先生がやってきた。
「アウリクス大魔道士様が、聖女様への面会を希望されておりましての」
「アウリクス大魔道士様? それって、この神殿で一番偉い方、でしたっけ?」
「左様です。そして貴女様を召喚なさったあの場で、貴女様に真っ先に近づいた男性と聞いております」
「あぁ、あの人……」
薄青のごてごてしたローブ姿、私よりも大きな身体に浅黒い肌。こめかみに目立ち始めた白髪。それが、以前の世界で私が最も忌み嫌っていた人物と重なり、その手を振り払おうとしたことは憶えている。
「聖女様はあのとき、聖力を暴走させたそうですな。幸い小さなものでしたので大事には至りませんでしたが、その際、アウリクス大魔道士様の顔を傷つけたそうにございます」
「えぇ!? そうなんですか? 私ってばなんてことを……」
「いえ、聖女様は悪くはありませぬ。不用意に近づいた大魔導士様の自業自得のようなもの。それに、大魔道士様も稀代の魔法使いのお一人でいらっしゃいますからな。幸い魔力と聖力は親和性が高いもの。聖力の方がもちろん強くはありますが、魔力持ちからすると聖力で攻撃されたとしても大きな怪我にはなりえません。ただ、大魔道士様はやたらとプライドが高いお方でしての。聖女様に対し、一過言はあるやもしれません」
「それは、はい。私も悪かったことですから」
大魔道士とはこの神殿のトップで、その地位は王族に次ぐとされる。聖女は王族と同等らしいので、本来なら私の方が偉いことにはなるようなのだけど、そこは異世界から来たばかりの18歳の娘と、長年の権力者。私もそれくらいの空気は読める。
「誠心誠意、謝ることにします」
「申し訳ありませぬ、本来なら聖女様の静養中と、面会を断るべきなのですが、さすがにこれ以上、トップの大魔道士様を蚊帳の外に置くことはできず……」
ゲント先生は私が取り乱さないよう、今まで面会謝絶を押し通してくれた。時の権力者相手に大変だったことは想像できる。
「アウリクス大魔道士様と一緒に、先日御前に見えたフェリクス・ウェリントン副魔道士殿もご一緒されるそうです。今回の聖女召喚には、神殿随一の魔力持ちとされるウェリントン副魔道士殿の功績が大きかったとのことですからの」
フェリクス・ウェリントン副魔道士と聞いてすぐに思い出せた。あの青の髪に銀の瞳の、魔法騎士と名乗った彼だ。気を失って以降、彼に会うのは初めてだ。
その日の午後、私の部屋に彼らが現れた。
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