第2話 召喚2
気がつくと、目の前に知らない天井があった。
「ここは……」
掠れた呟きと無意識の身じろぎに反応するかのように、少し奥から「聖女様?」と女性らしい声がした。ぱたぱたと足音がこちらに近づいてくる。
「聖女様、気がつかれたのですね?」
「あなたは……」
「私は魔道士のマルグリットです。聖女様のお世話を言い遣っています。ご気分はいかがですか?」
「あの、頭が少し痛いです。あと、身体もちょっと……」
「召喚の儀で召喚された後、
「はぁ……。あの、ここはどこなんでしょう? 病院?」
「ここは魔塔です。大丈夫です、聖女様の聖力がどれほど強くとも、魔塔の中にいる限り、そのお力が闇雲に暴走するようなことはありません。昨日のことは単なる事故だったと、ウェリントン副魔道士様もおっしゃっておられました」
会話が噛み合っているようで噛み合わない。そんなもどかしさを感じる。目の前の女性は確かに私の質問に答えてくれているのだけど、私が求めるような、得心がいくような答えではなく、そのせいで途方に暮れる。
マルグリットと名乗った女性は医者を呼びに行ってくれたようだ。ということはここは病院なのだろう。なぜ病院に……と思ったところで、背筋がぞくっとした。
(そうだ……私、あのときーーー!!)
背筋の震えは全身へと伝わった。ダメだ、こんなところにいてはいけない。私の身元がバレたらまた連れ戻されてしまう!
慌ててベッドから降りると、足ががくん、と力をなくした。身体を支えようと手を伸ばした先にはサイドテーブル。勢い余って、そこにあった水差しらしきものを倒してしまった。
「―――聖女様!」
先ほどの女性が部屋に駆け込んでくる。背後には薄青のマントのようなものを身につけた、長身の男性もいた。
「聖女様、大丈夫ですか!?」
「あ……私、帰らないと」
帰る? どこへ? パニックになりながらも冷静な自分が問いかける。帰るところなんてひとつしかないのに、そしてそこから逃げ出してきたというのに。
混乱する私に、マント姿の男性が手を差し出そうとして―――私は咄嗟にそれを拒絶した。
「嫌っ!」
「……っ! 聖女様」
反射的な行動だった。大柄の男性。それだけだ。アイツとは違うのに。それでも、私の心と身体は目の前の男性を受け付けなかった。
「いったい何事じゃ」
床に座り込む私と、私に手を振り払われたマント姿の男性、そしておろおろする女性。そこへ新たな人物が現れた。長い白髪をひとつに束ねた男性と、それに付き従う背の高い女性だった。
「なぜ患者が床に座っておるのじゃ。まだ動いていいかわからんだろうに。ほれ、いったんベッドに戻しなさい」
「ゲント先生……」
「そなたはウェリントンの倅殿か。なぜそなたがここに?」
「召喚の儀に私も立ち会いました。アウリクス大魔道士様の命で、気を失われた聖女様に付き添っておりました。今し方、ここで倒れていらっしゃる聖女様を手助けしようとしたのですが……」
マント姿の男性に見られ、私は思わず目を逸らした。そのわずかな動きを、ゲント先生と呼ばれた白髪の男性は見ていた。
「ふむ。ウェリントン副魔道士殿よ。そなたは退室されよ。後は私らで診る」
「ゲント先生、しかし……」
「令嬢の寝室に無断で踏み入るなど、たとえアウリクス大魔道士様の命でも頂けぬわ。付き添いはそこの女魔道士殿のみで今は十分じゃ」
「……わかりました」
白髪の男性に諭され、マント姿の長身の男はようやく部屋を出て行ってくれた。
床に座り込んだ私に手を差し出してくれたのはマルグリットと名乗った女性と、新たに部屋に付き従って入ってきた女性だった。
「さて、聖女様。私はゲントと申します。魔塔と王家付きの医者です。このような老いぼれに触れられるのはお気に召さぬかもしれぬが、あなた様の御身のために診察をさせていただけませぬでしょうか」
「あ、はい」
「何も心配はいりませぬ。ここには女魔道士殿と、私が連れてきた助手のエラ医師がおります。彼女たちが見張っておりますからの。私が貴女様に危害は加えることはありませぬ」
「あの、大丈夫です。ありがとうございます」
ベッドに運ばれた私とは数歩の距離をとった状態で、白髪の男性―――ゲント医師は私に呼びかけた。
「ではまず脈をとらせてください」
そこから一般的な診察が始まった。胸の聴診の際には、助手のエラという女性に代わり、ゲント医師は離れたところで背中を向けるほどの徹底ぶりで、彼のことが信用できそうだった。
「ふむ。大きな問題はなさそうですな」
包み込むような物言いに、私の緊張もほんの少しだけ解けた。
それにしてもここはいったいどこだろう。ゲント医師といい、あとの2人といい、どう見ても日本人には見えないのに、日本語がずいぶん達者だ。
「あの、ここはどこなんでしょう?」
「ここはカーマイン聖王国の魔塔ですな」
「カーマイン聖王国? ごめんなさい、私、その国名を初めて聞きまして……その国の大使館とかですか?」
「……ここは、おそらく聖女様がいらした元の国ではありませぬ。あなた方が言うところの“異世界”というところです」
「い、せかい?」
「左様。ここカーマイン聖王国には、貴女様のように異世界から聖女が召喚された歴史が過去にもあります。まさか今のこの時代に聖女様にお会いする機会があるとは思ってもおりませんでしたが……それにしてもアウリクス大魔道士様がこのような強行に走るとは……国王陛下ご夫妻も召喚には反対されておられたというに」
「あの……っ、どういうことですか!? 異世界って、そんなの、物語の話じゃ……。私、どうなるんですか? それに、聖女って?」
「その話をするには私ではいささか力不足でしての。女魔道士殿、そなたは……?」
「私は、聖女様のお目覚めまでお仕えするようにと命じられたのみでございますので……。お目覚めになった暁にはアウリクス大魔道士様に知らせるよう、申しつかっております。おそらくは大魔道士様からご説明になられるご予定かと」
「だがその大魔道士様の前で聖力を暴走させたというではないか。また同じことが起きぬとも限らぬ。とはいえ先に王族に目通しするのもよくないであろうし……」
「恐れながら、部屋の外にまだウェリントン副魔道士様がいらっしゃるかと。かの方でしたら、アウリクス大魔道士様の名代も務めていただけるのではないでしょうか」
「ふむ。あのでかい図体が気にはなるが、前科がない分、大魔道士様よりはまだマシか。このままでいても聖女様が落ち着いてお休みになられまい。釘を刺してから通すとするかの」
そしてゲント医師は、先ほど退室を命じられた男性について説明してくれた。
「聖女様。この世界には身分制度がありまして、貴女様に必要な説明をするにもその序列を無視して行うことはできぬのです。今この近くにいる者の中では、その役目を担えるのは先ほどの男のみ。今から再度部屋に招き入れますが、良いですかな? なに、貴女様には指一本触れぬよう厳命します。私はあやつが赤子のときから知っております。決して聖女様に仇なすようなことはしない者と保証もしますので、ご安心くだされ」
そして、先ほどの男性が部屋に招き入れられた。
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