最終話

 朝になってようやく他のパトロールに助けられた。


 上司からは怒られ、後輩からは笑われた。


 パトロール・ロボに対する重大な犯罪行為だとして、本署は目の色を変えて捜査そうさしているが、今のところ逮捕者は出ていない。


 グレイスの作品は増えている。その勢いは、以前の二倍以上。


 まるで、ワタシとの出会いがいい刺激になったみたいだ。


 山積みになった『芸術テロリスト』がらみの調書を読んでいると、あの少女の笑みがメモリーをよぎる。


 胸の奥が熱を帯びる。


 計器を確かめたら、バッテリーが発熱していた。


 脳が余計に計算している……不明のビッグデータを処理しようとしているみたいに。


 ジロジロ見つめてくる同僚どうりょうたちから逃げて、屋上へ。


 誰もいないことを確認してから、胸ポケットから名刺を取り出す。


 今どき使わないその遺物をいろいろな角度から見てみる。データバンクの中のそれと何も変わらない。


 グレイスというアーティストの名がゴシック体で描かれているだけ。


 あまりにそっけなかった。


 彼女なら、そんな退屈なものはつくらない――ワタシのプロファイリングソフトはそううったえていた。


 紙を鼻先に近づけると、かすかに柑橘かんきつ系のあまい香りがする。なめてみれば、柑橘類の成分を検知した。


 しかも、名刺に用いられているインクは特殊なものだった。こすると消えるとうたうペンに用いられているもの。


 グレイスの最後の言葉――ピンとくるものがあった。


 手のヒーターを動かして、名刺を温める。70℃から80℃くらいに。


 焼けるほど熱くなった名刺を見れば、無味乾燥むみかんそうな名前は消えていた。


 白い紙いっぱいに、ひろがる茶色のハート。


 その中央に、名前はあった。


 大宮ミヤビ。


 それが、あの小さなアーティストの名前。


 ワタシは熱を帯びた名刺を胸ポケットに収めた。


 熱い。


 熱のせいか、それとも――。


 柔らかな熱に指をそえると、その熱がワタシに教えてくれる。


 なぜ、ミヤビはハートを描くのか。


 なぜ、ワタシを用いた作品にはハートがなかったのか。


 シリコンの寄せ集めではない別のところで、それを理解した。


 胸では、見えないハートがとくんとくんと打っている。


 それはプログラムでは決してない鼓動。


 手すりに近づいていけば、火照ほてったからだが風に吹かれて涼しい。


 広がる景色はいつもよりカラフルに見えた。

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ハートを描く少女 藤原くう @erevestakiba

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