第6話

「龍 皓夜さん!? 一体、何処に行っていたんですか? それに、道服も着てないし」

 

 蒼雪はさも当然のように、堂々と藍紗を無視して、皓夜の方に駆け寄っていった。


(ああ……。そうだよね。私がこんなところにいるはずもないものね)


 落胆はしたけれど、蒼雪が元気そうなのは、救いだった。

 今、蒼雪の感情の色彩は視えないけど、命に関わるようなことは起きてないようだ。


「蒼雪くん。失礼しました。幽鬼ゆうきを探していたら、何だか知らない場所に行ってしまいまして、ずっと迷っていたのです」


 ――幽鬼?


 藍紗もその名称は、耳にしたことがある。

 人に悪さをする、悪霊が更に進化したものらしい。

 いや……しかし。

 

(そんな恐ろしいモノが、九天城内ここにいるの?)


 城外の街では、幽鬼が発生したなんて耳にしたこともない。

 しかも、そんな化け物を学生が探すって、危険極まりないではないか?


(蒼雪が病むのも、分かる気がするわ)


 藍紗が呆然と見守っていると、皓夜が大仰にくるりと振り返った。


「……と、子墨。お前も一緒にいましたよね?」

「はい。我が主は、幽鬼を深追いしてしまい、こんな時間になってしまったのです」

「へえ……二人で」


 皮肉の利いた蒼雪の声は、皓夜を信用していない証だろう。

 それでも、深く追求することはやめたらしい。

 溜息と共に、捨て台詞を吐き捨てた。


「困りますよ。二人一組で幽鬼を探すのが授業なのに。捕まえるまで、永遠に終わらないじゃないですか」


 ――授業って?

 

(サボって、私のところに来ていたの?)


 大きく目を見開いて皓夜を見上げたら、傍らにいた子墨から黙っているようにと、身振りで指示された。


「君の言う通りですね。反省しています。でも、授業は終わらせましたよ。実は私、先ほど幽鬼を捕獲して、昇華させたのです。先師せんしにも報告済みですから」

「先師にも、伝えたのですか?」

「ええ」


 詐欺師にしか思えない最高級の笑顔。

 先師とは、この学校における「先生」のことだ。

 意味は分からないのだが、玉清館では、教師のことは「先師」と呼ぶのだとか……。

 入学したての頃、そんなことを蒼雪から藍紗は聞いていた。


(……この人、とんだ嘘吐きだわ)


 涼しい顔をしているが、皓夜は先師になど会ってすらいない。

 しかも、授業を抜け出して、城外に出ていたのだ。

 事と次第によっては、処分対象ではないのだろうか?


(だけど、私のせいで、色々嘘を吐いているのかもしれないし) 


 蒼雪はずっと藍紗を無視し続けている。

 知らないふりをするのは、不本意ではあったが、藍紗はじっと黙っていた。


「……ということは、現地解散ということで良いということですか?」

「はい。先師の許可も取っています。丁度、日も暮れかかっていますし。ここで解散しましょうか」

「本当に皓夜さんは、先師に会ったんですよね?」

「私の言葉が信じられませんか?」

「…………いえ」


 苦々しく唇を噛みしめた蒼雪は、自らに言い聞かせるようにこう言った。


「皇家に連なる龍の姓を戴く貴方の言葉を、信じないわけないじゃないですか」

「なっ……」


(何ですって!?)


 そのまま大声で叫び出しそうになった藍紗だったが、子墨に睨まれて何とか踏みとどまった。


 …………やはり、そうだったのか。


(皓夜様は、皇家の縁者)


 龍姓の時点で、怪しいとは感じていたが……。


(「さま」呼びしておいて、良かった)


 それでも、ここに至るまでの非礼が盛り沢山だったはずだ。

 指摘されたら、地面に頭を擦りつけて、平謝りするしかない。

 

「……では、また講堂で」


 蒼雪は唇をきゅっと結んで軽く頷くと、そそくさと踵を返して行ってしまった。


(悔しいのね……蒼雪)


 あの子の怒りと悲しみと屈辱感と……。

 溢れ出しそうな感情の闇が、藍紗には確かに「視えて」いた。


「そっ……蒼……雪。 待って!」


 気が付くと、藍紗は駆け出していた。


「蒼雪! 大丈夫? 元気にしている? 一体何があったの? ねえ?」


 必死に、袖の端を引っ張るものの……。


 ……しかし。

 いくら大声で喚いても、蒼雪は立ち止まることすらなく、すたすたと前を歩くばかりだった。

 藍紗の声は、微塵も届いていないようだった。


「ま、待って! 待って! 蒼雪!!」


 耳が聞こえないのだろうか?

 こんなに大声で叫んでいるのに……。

 往来の人達だって、誰一人藍紗を見ようともしない。


「どうして?」


 追いすがることに疲れて、藍紗はその場に立ち尽くした。

 蒼雪の背中。

 一段と肩幅が広くなって、大人になっていた。

 藍紗の知らないところで、あの子は成長している。


「少し会わないと、私の顔も忘れちゃうのかしら」


 …………きっと、藍紗だって気づかなかったのだ。


 それだけ、蒼雪は切羽詰っていて、周囲が見えていないのだ。

 そう思いたい。


(……そんなはずないのに)  


 これだけ至近距離にいて、蒼雪が藍紗の存在に気づかないはずがないのだ。

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