一章

第2話

◆◆


「仕事中に失礼いたします。ここに一人、年頃の娘さんがお住まいでしょう?」


 晩春の昼下がり、王都・彩蓮さいれんで織物業を営んでいる商人・りん家のもとに、美貌の貴人がふらりとやって来た。

 彼自身は丸腰で、一切の武装はしていなかったが、背後には大勢の屈強な武人を引き連れていた。


(なんだ、こいつは……?)


 すっかり竦みあがってしまった使用人たちの報告を受けて、渋々、吝家の当主が応対をすることになってしまった。


「一体、何事ですか? こんな真っ昼間から、一介の商人相手に戦でも始めるような風体で。私達はやましいことなんて……何も……」


 強気に主張しながらも、当主は内心竦み上がっていた。

 本当は役人が訪ねてくるかもしれない、心当たりがあったのだ。

 けれど、そのことで、武装した兵士たちと、いかにも高貴な家柄の青年が出張って来るとは、到底思えなかった。


「貴方の言い分など、どうでも良いのです。住居部分は店の後ろですよね?」


 殺気立った青年が小柄な当主を押しのけて、強引に押し入ってしまう。


「ちょっ、ちょっと何を!?」

「黙ってください」


 問答無用だった。

 青年は当主の答えなど求めていないのだ。


「もう、やめてください! 家には何もありませんよ。大体、貴方は一体何者ですか?」

「いちいち、煩いですね。何もないと判断するのは、貴方ではない。…………私です」


 青年の苛立ちは頂点に達していた。

 言葉遣いは丁寧だが、目が血走っている。


 ――これは無理に止めたら、こちらが殺される。


 本能的に当主は察した。


(どうして、バレたんだ?)


 ――アレが、バレるはずがない。 


 あの娘の存在は、ほとんど外部には知られていないはずだ。

 気味が悪いから、外にも出さないように心掛けていたし、渋々、外に出すことがあっても、行先と帰宅時間は細かく定めていた。

 ほぼ監禁状態にしていた。

 自分達夫婦と一部の使用人、そして、息子の蒼雪そうせつ以外に知る者などいないはずだった。


(一体、誰が教えた?)


 呆然と思考を漂わせている間に、しかし、貴人は遠慮なく土足で店の中を闊歩し、母屋の部屋の探索を指示してから、自身は離れのほうに導かれるように歩いて行ってしまった。


「待て! そこはやめろ! 駄目だ!!」

「なるほど。……ここですか」


 むしろ、その台詞を合図として貴人は足を速めた。

 発見されたら……我が家はおしまいだ。


(あんな……小娘のせいで、すべてが終わってしまう) 


 こんなことなら、いっそ一切の痕跡が残らないように、気づいた時点で始末しておけば良かった。


 ――否。


 そもそも、最初からあんな娘……吝家に引き取らなければ良かったのだ。

 そうしたら、こんなことにならずに済んだのに……。

 青年が離れの扉を勢いよく開け放ち、呆然とその場に膝をついたのが垣間見えた。


「なんて……こと」


 妻がその場で、泣き崩れている。

 春にしては、痛いくらい熱い日差しが夫婦二人の背中に降り注いでいた。

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