第11話

 いつも通りの天気だった。

 氷結大陸に来てから変わらぬ吹雪。

 空は灰色の雲で覆われ、冷たい風が吹き、体感温度を何倍にも引き上げる。ハッキリ言って、この環境は丈夫な肉体を持つ魔人族にも酷だった。


 ハッキリ言ってしまえば、すぐに屋内に引き籠りたい。

 だが、それを行ったら待っているのは厳しい折檻だ。俺はこの街の周囲に異常がないか確認するための見張っている責任者。

 万が一、目を離している隙に只人族が攻めて来たら一大事だ。それはそれとしてこの寒さを凌ぐための道具ぐらいは用意してくれと言いたくなるが。


 この街は魔人族の軍団が、ヒュリア大陸へと渡るために必要な要所。

 ここを奪還されたらヒュリア大陸へと渡る手段がなくなるだけではない、物資の援助、援軍の派遣もできなくなる。

 幾ら魔人族が強者だとしても、敵地に孤立して数で攻められ続ければ、いずれ力尽きてしまう。そんなことは許されない。

 だから、ここは絶対に守らなくてはいけないのだ。


 屋内へと行きたくなる誘惑を決意で塗り替える。

 今も最前線で命を張っている仲間に比べれば、寒さに堪えるなど、どうと言うことはない。

 そう考えていると——視界の中に動く影があった。

 反射的に叫ぶ、敵が来たと。





 敵の接近を知らせる鐘が鳴る。

 しばらく前までそれを鳴らしていたのは自分たちだった。あの鐘の音を聞いて自分たちは剣を、斧を取り、守るために戦っていた。

 それを今や敵が使っている。国が、街が、怨敵に乗っ取られているのを痛感し、戦士たちが歯を食いしばる。

 咆哮があった。

 空気を震わせ、雪煙を上げて戦士たちが行軍する。

 その光景を私は後ろから見ていた。


「落ち着かない様子だな」


 戦いがもう少しで始まる。

 街を囲む城壁にある程度近づいた所で戦士たちは止まるだろう。門も開いていないのに突っ込んで行く者はいない。

 だが、今にも最前線にいる戦士たちは突っ込んで行きそうな雰囲気だ。彼等からすれば国を奪還できる待ちに待った戦い。仕方がないのだが、少し興奮し過ぎに見える。あれ、城壁にぶつかりにいかないか心配だ。


「フォルテムか。あなたは行かなくて良いのか?」


 隣に来たフォルテムに最前線を指して問いかける。

 フォルテムは戦士団の総隊長。

 この戦いにはラウルスティアの命令で市民も徴兵されている。経験の浅い戦士もいるため、彼等を導く者が必要だろう。


「問題ねぇよ。前線には各戦士長がいるからな。前線の状況はそいつらが見て判断するだろ。俺は全体の状況を見るのが仕事だ」


「そういうものか」


「そういうものだよ。戦うだけじゃ、戦士団総隊長何て名乗れねぇんだぜ?」


 そうなのか。

 剣を振るうことしかなかったから、どういうものなのか想像できないな。


「戦いはいつ始まるんだ? 名乗り合いは?」


「あ? そんなものはねぇよ。それに、もう始まっている」


 フォルテムがそう口にした瞬間、前線が一層騒がしくなる。

 城壁から矢の雨が戦士たちに降り注いでいた。

 戦士たちは梯子を手にし、城壁へと近づくが、格好の的。矢を射続けられて城壁に触れる前に力尽きていく。生き残っている者もいるが、盾で防ぐので精一杯のようだ。


「私が行こうか」


「待て待て、お前の出番はまだ先だ」


 損害ばかり出る状況を憂い、前に出ようとするが、フォルテムに止められる。


「このままじゃ街を取り返せずに終わるんじゃないか? 戦力を無駄にはできないはずだ」


 ラウルスティア、そして大臣の働きによって集められた戦力と各地で戦っていた残存戦力を纏めた一万。それが私たちの戦力。

 本来ならもっと戦力は集まっていたのだが、他の戦力は冥大陸から度々訪れる魔人族の軍勢に対応すべく配置されている。

 対して魔人族側——フォルテムの指示によって情報収集を行っていた部隊が言うには、魔人族の現在街に残っている戦力は三万とのこと。

 攻城戦において守る側は攻める側の半分の戦力でも十分だと言われている。私たちは攻める側。なのに戦力は相手は私たちの三倍だ。

 無駄にできる戦力などない。このままで良いのかと問い掛ける。


「確かに戦力は無駄にはできねぇ。だが、これは必要なことだ」


「必要なこと?」


「あぁ……」


 フォルテムが城壁の上にいる魔人族を見詰める。

 城壁に近づく戦士たちを嘲笑いながら矢を射ている姿があった。

 同胞が嘲笑われながら殺されていく。これにはフォルテムも怒るだろう。そう思ったが、フォルテムは予想に反して笑っていた。


「頭でも可笑しくなったか?」


「あ? んな訳ねぇだろ。全部作戦通りだから笑ってんのさ」


「何?」


 作戦通り、その言葉を聞いて耳を疑った。

 これが作戦なのか。

 突撃を仕掛けて死者を出すだけのこの行為が?


「安心しろよ。これには意味がある。あいつらの目を引き付けるって意味がな」


「……私たちは囮、ということか」


「その通りだ」


 笑みを深めてフォルテムが説明してくる。

 情報を収集するために使用していた潜入部隊。彼等は魔人族が襲撃してきた日の夜、王族が使用した脱出通路から街へと侵入し、街の中の情報を集めていた。

 今回は、その通路に情報を収集する潜入部隊とは別に戦士団の中から精鋭たちを選び、中へと潜入させた。

 目的は固く閉ざされている城門を開けること。

 端から外にいる一万の軍勢で城門を開けるつもりはないようだ。


「もし、城門が開けなかった場合はどうなる?」


「その時はお前の力を借りるしかないな」


「それなら最初から私が出た方が良くないか?」


「馬鹿言ってんじゃねぇ。最初からお前が出たら警戒されるだろうが。認めるのは癪だが、こっちの最高戦力はお前だ。戦力差を覆すためにも、打てる手は打っておきたいんだよ」


 確かに、と思う。

 私が出れば門も破れるし、何なら三万の戦力も殲滅はできるだろう。だが、味方の損害も計り知れないものになるだろう。

 私一人で勝つならば問題ない。しかし、皆で勝つには戦術が必要になる。


「さぁて……それじゃ、投擲部隊、行動開始!」


「何をするつもりだ?」


 唐突に前に歩き始めたフォルテムに問いかける。

 悪戯をする子供のような表情をしてフォルテムは答えた。


「中の奴等が少しでも動けるように、嫌がらせをするんだよ」


 見てろ、とフォルテムは顎をしゃくる。

 前方に新たな部隊が合流する。彼等の手には皮袋があった。


「アレは何だ?」


「まぁ見てろ。この国での戦い方を見せてやる」


 あくどい笑みだ。

 それほど酷いものが中に入っているのか。

 投擲部隊が皮袋を投げる。投げられた皮袋は一つとして魔人族に当たらず、彼等の少し上で味方の射る矢に当たって破裂、もしくは城壁の縁に当たって破裂した

 いや、意味ないじゃないか。そう呆れた瞬間、魔人族側で悲鳴が上がった。


「もしかして毒か?」


「いいや、ただの水だよ」


 悲鳴を上げたということは、それほど中身が悪辣だったということ。

 毒ならば、悲鳴を上げても可笑しくはないと考えた私だが、フォルテムがそれを否定し、訂正する。


「水? そんなもの……あぁ、この寒さか」


「あぁ、毒なんざ調合やら素材集めで面倒だからな。だが、水ならそこらの氷を解かすだけでも手に入るし、この寒さに慣れていない奴等が水何て被ればどうなるか。ククッ想像するだけで分かるだろ?」


 悪辣な奴め。

 あくどい笑みを浮かべるフォルテムに賞賛を送る。

 やっていることは子供の遊びのようなものだが、最悪だ。悪辣だ。悪の所業だ。よくこんなことを思い付いたものだ。

 極寒の寒さの中、水を被る何て命に関わる。

 現に水を被ったであろう魔人族の動きが急激に鈍くなっている。彼等の周囲からは罵倒のようなものを飛ばす者まで現れた。


「正々堂々戦え卑怯者、と言っているぞ?」


「魔人語分かるのか。けっ馬鹿な奴等だ。戦う暇も与えずに襲ってきた癖に自分が不利になったらこっちを卑怯呼ばわりか」


 顔を顰め、地面に唾を吐き捨てるフォルテム。

 これには私も同意だ。

 世の中不利になったから卑怯だ、不公平だと騒ぎ立てる奴等が多すぎる。少し、痛い目に合わせるか。


「私もあの投擲部隊に合流して良いか?」


「お前に関しては独立部隊みたいに自由を与えているから構わねぇが、派手なことはするなよ? さっき言ったことを頭に刻んでおけ。それと城門が開いた時は俺の所に一度来い」


「分かった」


 短く返事をして投擲部隊の方へと歩いていく。

 無論、魔人族の顔に皮袋を当ててやるためである。

 弓矢は苦手だが、投げることは得意だ。全て顔面に命中させてやろうじゃないか!

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