第10話

「ふぅ~今日も働いた働いたっと……」


 王族専用として用意された立派な天幕の中でラウルスティアはベッドの上に倒れ込む。

 いつものドレスではなく、寝間着姿となった彼女はベッドに寝転がる姿だけ見ればただの少女のようだ。しかし、決して侮ってはいけない。だって実際は腹の中に竜を飼っているのだから。


「どうしたのですか? 一緒に寝ましょう?」


「最初に言っておくが、私は異性愛者だからな」


「? 私もですが?」


「…………そうか、何でもない」


 そう口にして私、リボルヴィアはラウルスティアの寝転ぶベッドに腰掛ける。

 寝る時は起きている時と同じ衣服だったが、今回は姫君に一緒に寝ようとお誘いがあり、流石にそのままと言う訳にはいかなかったため、急遽寝間着を調達してそれを着ていた。


「しかし、落ち着かん。ぶかぶかする」


「寝間着姿とはそう言うものですよ。森人族の里では着ていなかったのですか?」


「里では裸だったな」


「まぁっ」


 何時も身に纏う衣服との違いに違和感を感じつつも、ベッドに横になる。

 すると、ラウルスティアは勢いよく私の肩辺りに頭を埋めて来た。

 ニッコリと微笑むラウルスティアを見て溜息を付く。


 フォルテムにはあの後しっかりと怒られた。そして、キッチリ説明をさせられた。私の迂闊な発言がラウルスティアを変えてしまったと分かった時のフォルテムは鬼だった、

 只人族から闘人族に種族が変わったのかと思う程表情を歪め、私を射殺さんとばかりに睨み付けて来た。

 だが、変えてしまったものは、もう二度と元には戻らない。

 私が全面的に協力するということを条件に怒りを収めて貰った。ラウルスティア、あの時妙に静かだったけど、あそこまで計算してたりしないよね?


 それから私はラウルスティアとフォルテムと共に他国、有力貴族との交渉に赴くために雪国トリスを一週間かけて走り回った。

 赴いたと言っても私が交渉を行うのではなく、殆どラウルスティアの後ろでフォルテムと共に佇んでいただけだ。

 必要だったのは蒼級そうきゅうという肩書を持つ私がラウルスティア陣営にいるということ。

 人類の到達できる最高峰が茈級しきゅうと呼ばれているため、私の肩書はかなり役に立つとのことだった。

 まぁ、肩書を疑う者や私を見て侮る者がいたので、その時は私の出番となったが。

 何をしたかと言うと、

 破壊するには一国の軍が必要な城壁をただの細剣レイピアで破壊したことでその場にいた者たちは全員唖然。その後に私とラウルスティアが仲睦まじい様子を見せ、再度条件を付き付ける。

 それで交渉に乗り気でなかった者も首を縦に振るだけの人形となった。


「寝るには少し早いですね。少しお話でもしますか?」


 一週間かけて国を走り回ったと言うのにラウルスティアは元気だ。私は体力的には問題ないが、吹雪にうんざりして精神的に参っている。

 道中、怪物からラウルスティアを庇ったこともあり、傷も負ってしまった。もう問題ないが、誰かを守るというのは不慣れだな。


「元気だな。明日は速いのだから寝たらどうだ? 重要な日だろう」


「はい、明日が決戦ですからね。でも、命を賭ける重要な日だからこそ今を大事にしたいのですよ」


「だから私をここに連れ込んだのか?」


「はい」


 キラキラとした瞳で返事をされる。

 本当にそんな気分で私を呼んだのだろうか。楽しくお喋りがしたいだけに見えるぞ。

 疑うが、ラウルスティアにとっては明日が初めての戦。緊張しているのかもしれない。なら、それを解すためにも話に乗った方が良いかと考える。


「何の話をするんだ?」


 私が話に乗る様子を見せれば、ラウルスティアは興奮した様子で語り出す。


「そんなの恋のお話に決まっています! ラウルスティア殿は旅の中で素敵な出会いなんかはされなかったのですか!?」


「悪いが私の旅にそんな浮ついた話はなかったな」


「そうですか」


 あからさまにがっかりするラウルスティア。

 悪かったな。浮ついた話がなくて。


「それで、あなたはどうなんだ。フォルテムとの関係は?」


「え、フォルテムとですか?」


「あぁ、只ならぬ仲だと思っているが?」


「現状は私の片思いと言った所ですね」


「ハッキリ言うようになったな」


「えへへ……」


 ラウルスティアが若干頬を赤らめる。

 本当に別人みたいだ。最初はあんなに動揺していたのに。少し残念だ。


「フォルテムとは何処で出会ったんだ?」


「彼との出会いは私が幼い頃、城から抜け出して街で迷ってしまった時のことです。私間違って路地裏に入ってしまって、身なりが良かったから人攫いに攫われそうになったんです。その時に彼が助けてくれて、お貴族様がこんな所に来てるんじゃねぇって言いつつも、安全な場所まで手を引いてくれたんです」


「もしかして、彼は平民か?」


「えぇ、そうですよ」


「それが今や戦士たちを纏める長か。結婚はするのか?」


「そのつもりですよ。本人はその気はないようですが、逃がすつもりはありません♡」


 怖い女だな。

 獲物を狙う目になったラウルスティアを見て、フォルテムに心の底で謝る。

 ごめんね。あなたが大事にしていた子、私が誤って竜にしちゃいました……小説の題目にありそうだな。


「むぅ、これでは私だけの話になってしまいますね。本当にリボルヴィア殿には想い人はいないのですか? あ、ジョクラトルはどうです? 距離が近いように見えましたが」


「いや、あれはない。絶対にないぞ。距離が近いのも彼が勝手に詰めて来るだけだ。それに、彼は何故か周囲の言葉を都合よく解釈している気がするからな。個人的には関わりたくない」


「そうですか。残念です」


「そういうあなたはジョクラトルに自分から距離を詰めたんだな」


「ん? あぁ、あれは別に特別な感情とかはありませんよ。私の本命はフォルテムですし。彼、顔は良いですけど、頭がお花畑ですから話すのがしんどいんですよね」


「なら、何で最初に協力を仰いだのがジョクラトルだったんだ?」


「そんなの決まっています。涙を見せれば簡単に勘違いしてくれて、捨てるのにも得に情が湧かないからです」


「……そうか」


 本当に怖くなったなこの女!?

 ジョクラトル憐れ。取り敢えず、剣を鍛えるんじゃなくて頭の方から鍛えることをお勧めしよう。でなければ、生き残れなさそうだ。


「ジョクラトルと言えば、彼自身に興味はないが、彼の持っている剣には興味が湧いたな。あれが何なのかあなたは知っているか?」


「ジョクラトルの持っている剣ですか? あぁ、あれですね」


 怖くなってきたので話を変えるためにジョクラトルの剣の話を降る。

 するとラウルスティアもジョクラトルのことはどうでも良かったのか直ぐに話に乗って来た。


「彼の持っている剣は魔剣の劣化品ですよ」


「魔剣の劣化品?」


 興味深い言葉に少し身を乗り出す。


「はい、リボルヴィア殿は『招かねざる者ノングラータ』を知っていますか?」


「いや、初耳だ」


「そうですか。これは外から飛来した邪竜のことなのです。いつ起こったのかは明確にはされていません。ですが、星の獣が産まれるきっかけにもなった邪竜だとも言われています。外から飛来した一つの大岩から這い出て、大地を侵し、海を汚し、空を灰に染めた。強大すぎる力に誰も抗えず、世界の終わりを誰もが察した。しかし、星の断末魔によって星の獣が産まれ、全てを救ったと言うお話です」


「ふぅむ……」


 星の獣という言葉に聞き覚えがある。

 確か、オフィキウムがヴェスティアを見てそんなことを口にしていたような気がする。

 砂漠での一件を思い出す。私の腹を殴り、囮にして逃げ出した女。あれが世界を救った獣だと?有り得ない。


「リボルヴィア殿?」


「あ、あぁ、何でもない。それで、その話がどうジョクラトルの魔剣の劣化品と繋がって来るのだ?」


 嫌な奴を思い出した。

 怒りを鎮め、切り替える。あんな奴はもう思い出さなくて良い。


「魔剣が出て来るのは、その後のお話なのです。その戦いを見ていたのは巨人の名匠マレウス。巨人族随一の鍛冶師。その腕故に八大神との戦いに参加しながら地底世界に閉じ込められずに済んだ巨人。彼が死亡した邪竜の死体から作り出したのが魔剣と呼ばれる人外の力を持つものなのです。魔剣、と呼ばれている理由は、マレウスが最初にその武器を渡したのが魔人族たちだからです。魔人族の剣、だから魔剣と言われています。ジョクラトルの持つものは、それを人の鍛冶師ができる限り再現したものに過ぎません」


「へぇ……」


 そんなものがあったとは知らなかった。

 世界はやはり広いなと実感する。


「魔剣とやらは一つだけなのか?」


「それが明記されていないのです。十本とも言う人もいれば百本だと言う人もいて……それに実際に扱った人物の記録もないので、そんなものないと言う人まで出て来ています」


「そうか。だが、あるのならば、手に入れてみたいものだな」


「ふふっ、リボルヴィア殿は恋よりも力が欲しい年頃ですか?」


「年下みたいな扱いはやめろ。私の方が年上だぞ」


 ベッドに横になり、笑い合う。

 それからも私たちは他愛のない話を続けた。やがて、瞼が重くなり、微睡んだことで会話の数は少なくなっていく。

 年頃の娘はこんなことをするもの、昔母様から聞いた話。まさか、実践することがあろうとは思わなかった。

 それが終わってしまうことを残念に思いつつも、私は眠りについた。

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