第9話
フォルテムに連れられてやってきた天幕——そこで起きている出来事に目を疑う。
「駄目ですね~大臣? 先程、他の大臣の方に聞いたのですが、あなたが仰ったことと少々違っていましたよ。また、私を都合の良い道具として扱おうとしたんですね~? いけませんねぇ。それではジョクラトル君、お願いしますね♡」
「ふっ任せておけ」
「お、お待ちください姫! 貴方を謀る気など一切もグギャアァ!!?」
「…………」
ラウルスティアが見たこともない笑顔を浮かべて命令を下し、ジョクラトルがそれに従い抑えつけている中年の男——大臣を抑え、その腕をあらぬ方向に曲げた。
……うん?何が起きているんだろうか?突然の展開に思考が追い付かない。何か重要な場面を幾つか抜いていないか? 記憶が飛んだか、それとも見間違いか?
取り敢えず、目の方から疑ってみよう。天幕を閉じて、と……。
「待て、何故閉める」
だが、残念ながら閉じた天幕はここに私を連れて来たフォルテムが閉じた天幕を開けて強制的に中へと引きずり込む。
残念ながら私の目は正常らしい。天幕を閉じる前と同じ状況がそこにはあった。
「説明しろ。何でこうなっている?」
それは私の台詞だ。
「待て、何を言っているのか私も分からない。逆に聞かせてくれ。何故姫君はあんなことをしているんだ?」
「何でお前が知らないんだ。姫があぁなったのはお前のおかげだと言っているんだぞ?」
「はい?」
え、どういうことだ。
剣も真面に振るえず、虫も殺せそうになかった可憐な姫君を私が悪女みたいにした?意味が分からない。
首を傾げていると私の存在に気付いたのか、ラウルスティアが私を見て輝くような笑みを浮かべる。
「リボルヴィア殿! 来て下さったのですね。見て下さい、あなたの言葉のおかげで私吹っ切れることができました!!」
本当にどういうことだ。
やっぱりお前の仕業じゃないかと睨み付けて来るフォルテム。私も分からないんだからそんな目を向けないで欲しい。
取り敢えず、何でこんなことをしたのかラウルスティアに問いたださなければならない。でなければ、私の外聞がお淑やかな姫を外道に落とした女になってしまう。
「取り合えず姫君、こっちに来てくれ」
「? 分かりました。ジョクラトル君抑えていて下さいね。フォルテム、大臣の治療を——」
キラキラと笑顔を向けるラウルスティアの腕を掴み、二人で天幕の外へと出る。
勝手に私の名前を出したこともあり、少し殴りたくなる。
その怒りを抑え、状況を理解するために私はラウルスティアに説明を求めた。その結果——。
「あの時かぁ……」
「? どうしたのですかリボルヴィア殿?」
一通り話を聞いた後、頭を抱える。
あの時、冗談交じりに口にした言葉。
——好き勝手されるのが嫌だと言うなら、そこはもう自分のいる意味を逆手に取って大臣共を脅すしかないな。協力しても良いぞ?
まさか、本当に実行するとは思わなかった。
憂いの晴れた表情をするラウルスティアを見る。あなたのおかげです!と言わんばかりの笑顔だ。これで冗談ですなんて言えないではないか。
しかも、脅すだけではなく、既に大臣たちや貴族、そして戦士たちまで掌握しているのが恐ろしい。
私と話をした後、あれから既にラウルスティアは動き始めていたらしい。
手始めに行ったのは、戦士たちに貴族に不満を持たせること。やったことは単純、貴族に聞かされていた戦士たちへの不満——戦士としての実力を疑うような噂を流したのだ。
自分たちの実力に絶対の自信を持っている戦士たちは、それはもう猛烈に怒った。ただでさえ自分たちの国を失い、誰もが心に傷を負い、奮い立とうとしている所に尊厳を斬りつけるような行為をして戦士が黙っている訳がない。
その怒りはフォルテムが宥めるのを苦労する程に大きくなった。
道理で騒いでいたはずである。
だが、それは目の前のラウルスティアにとっては全て計算通りでしかなかった。
フォルテムが戦士たちを宥めている間にラウルスティアはジョクラトルに接触。大臣、貴族の悪逆を止めるために協力して欲しいと泣き落としをした。
自分に酔っているジョクラトルがそんな頼みを断るはずもなく承諾。
そして、ラウルスティアを連れて大臣たちの元へ。
今後の方針についての希望を大臣たちに伝えた。政略結婚、領土や金銀、権限などの譲渡を取り下げて欲しいと。
残念ながらその希望は大臣たちに反対される。それが最後の慈悲だとも知らずに——。
ラウルスティアは交渉を断った者の内三名をジョクラトルに粛清させた。
ここで怖いのはラウルスティアが癇癪を起したように怒ったことだろう。
これまでの大臣や貴族でのラウルスティアのイメージは言われたことしかできない小娘。政治の駆け引きなど一切できないと思われていた。
それは今も続いている。というよりも、ラウルスティア自身によってそう思わされている。
今回、大臣たちとラウルスティアの間で起きた事件は、我慢の限界を迎えた小娘が暴れたという認識。
殺されたのが名ばかりの大臣で国の運営に然程影響を与えないのも彼等に危機感を感じさせなかった。
ジョクラトルの強さは剣によるもの。対処法はある。何より、ラウルスティアは政治も分からない小娘。この場さえやり過ごせばどうとでもできる。そう考えてラウルスティアを宥める意味でも交渉材料を変えたのだ。
その場を見てラウルスティアは確信したらしい。
——理屈の通じない(様に見える)暴力は使えると。
それから大臣たちが持ってくる他国、戦力を保有する貴族との条件が気に入らなければ、癇癪を起して怒り、条件を下げさせた。
実際に死人が出ている以上、彼等も知恵を絞るだろうし、ご機嫌を取って操るためにも誰よりも成果を出すだろうと考えたらしい。
内心腸は煮えくり返っていただろうなぁと笑いながらラウルスティアは語る。この子、こんなことする子だったかな……。
大臣たちが条件を再度洗い直している間、ラウルスティアは今度は戦士団を取り込みに掛かる。
癇癪を起して、条件を下げさせると言った行為が長く通じないと考えたからだ。
ラウルスティアの我儘を大臣たちが聞いているのは、自分を殺せる戦力をラウルスティアが保有しているから。しかし、ラウルスティアの持っている戦力はジョクラトル一人。
彼を超える戦力を用意されたら終わりだった。
だから、最初に蒔いた種を回収しに行く。
戦士たちの不満の原因——実力を疑うような噂を流した者として粛清した大臣の首を差し出したのだ。
最前線で国を護るあなたたちを蔑ろにする発言を、あろうことか国の中枢にいる人間が発言する。それを許してしまったことを謝罪すると口にして。
これには戦士団も驚いた。だが、自分たちのために姫が動いてくれたこと、戦士の誇りを守ってくれたことに好意を示し、多くの者が忠義を貫くと誓いを立てたようだ。
一方、その場で忠義の誓いをすることを戸惑った者の一人であるフォルテムは、ここで初めてラウルスティアの変化に気付き、二人っきりで話をすることに。
ただ忙しいと言うので日を改め、待っていると言われた天幕に行くとそこには大臣に悪い笑顔で詰め寄るラウルスティア。
お前に何があったんだと強気に責めれば、そこで私がラウルスティアを変えたとの発言があり、今に至ると言う。
「…………」
「どうしましたか。リボルヴィア殿?」
どうしたかじゃない。何でそうなった。
私のせいなのだろうか。私があんなこと言ったからこの姫君がこうなったのか。
でも、こんなの誰が予想できる。最初に見た時は兎のような小動物だったのに、それが竜に化ける何て思わないじゃないか。
「私、大臣を潰すの協力してないけど?」
現実逃避しているからか、口から出たのは咎める言葉でも、賞賛する言葉でもなく、質問だった。
「問題ありません。これからリボルヴィア殿には
ふんすっと両拳を胸の所で握り締めるラウルスティア。
前回あった時とすっかり変わって肉食系になってしまった姫君を見て、フォルテムにどう説明しようと頭を抱える。
「フォルテムに何て言おうか」
「フォルテムにですか? あぁ、私の変わりようですね。そんなに気にしなくて良いと思いますけど。だって悪いことじゃありませんし」
「それでもフォルテムは説明されない何て許さないだろうな。あなたのことを大事に思っているから」
「そうですね。それなら、こんな時に使える言葉を知っているので、お教えいたしますよ。少し、御耳を拝借……」
「ん、何々?」
静かに近寄って来るラウルスティア。
耳に息がかかってくすぐったい。
え、そんなことで良いのか?
「おい! 何時まで話しているつもりだ!?」
突如として中からフォルテムが飛び出して来る。
外で長く話し続ける私たちを待つのに我慢ができなくなったようだ。
顔を真っ赤にして私を睨み付けて来る。
諸悪の根源を見つけたような視線は止めてくれないかな。私も予想外のことだったんだ。
「話は終わったな。それじゃあ今度こそ説明して貰うぞ。お前は一体どうしちまったんだ。姫に何を言った。これからどうするつもりなんだ!?」
混乱もしているのか、私への質問とラウルスティアへの質問がごちゃ混ぜになっている。
ラウルスティアと視線が混じり合う。
今こそあの言葉を使う時です!そんなことを言っている気がした。
小首を傾げ、心の底から分からないと言った表情を作る。
「「私、何かやっちゃいました?」」
「張り倒すぞ貴様等」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます