第12話

 城壁の外で魔人族の目を引き付けていると大きな爆発音が立て続けに響く。

 それを聞いて最も早く行動したのはフォルテムだった。


「全軍、突撃準備!!」


 軍の大部分を後方に待機させていたが、それすらも突撃の準備をさせてフォルテムは部隊の中央へと移る。そして、私の名を呼んだ。


「リボルヴィア!!」


「了解っと!」


 皮袋を投げ捨てフォルテムの元へと走る。

 私がフォルテムの元に辿り着く頃には固く閉ざされていた城壁の門が開きかけていた。魔人族は何が起こっているのか未だに把握しておらず、戸惑っている。好機だ。


「私が前にいなくて大丈夫か? 一番前は強い奴の方が良いだろう?」


「問題ねぇよ。前にはジョクラトルを配置してる」


「え?」


 その言葉を聞いて一気に心配になる。

 ジョクラトル、悪い奴ではないが鬱陶しい少年だ。剣術も中の下。一番激しく敵とぶつかり合う前衛が務まるとは思えないが……。


偽剣ぎけんがあっても難しいと思うが……」


「偽剣? 何だそりゃ」


 独り言にフォルテムが反応する。

 偽剣とは、フォルテムの持っている魔剣の劣化品のことだ。毎回魔剣の劣化品と言うのも長いので簡潔に偽剣と私が勝手に言っている。


「あの偽の魔剣のことだ。姫君から聞いた。あれは魔剣を元に造られた劣化品だとな。だから勝手に偽剣と呼んでいるだけだ」


「へぇ、なるほど。偽剣ねぇ。あれ自体が珍しいから名称なんてものはなかったが、良いじゃねぇか。俺もそう呼ばせて貰おう」


 勝手に偽剣という呼び名が広まった。まぁ、別に良いんだけど。


「それは兎も角、良いのか。ジョクラトルで」


「ふん、問題ねぇよ。偽剣もあるんだ。そう簡単には死なねぇよ。雑魚は簡単に蹴散らしてくれるはずだ」


「だが、それ以上の敵が出てきたらやられるぞ。間違いなく」


「それで良いんだよ。強い奴が釣れるなら、こっちの狙い通りだ」


 そう口にしてフォルテムがほくそ笑む。

 なるほど、そういうことか。


「つまり——ジョクラトルは餌か」


「その通り。精々派手に立ち回って貰おうぜ」


 派手な技を繰り出すジョクラトルが前衛で、そこに直ぐに辿り着ける距離には強部隊がいる。

 つまり、ジョクラトルに釣られて出て来た敵を討ち取っていくという作戦か。納得した。


「フォルテム」


「何だ?」


「ジョクラトルを囮にすることは理解した。理解した——が」


 そう口にしつつ、私は後ろを振り返る。


「何故、ここに姫君がいるんだ?」


「…………」


 そこにはさも当然と言った様子でラウルスティアがいた。背中には矢の入った矢筒、手には弓がある。

 フォルテムが目元を抑える。


「いつの間にかいたんだよ。危険だって言っても帰らねぇ。どうにかしてくれ」


 どうにかしてくれって。私がどうにかできる訳ないだろう。付き合い何て数週間程度だぞ。仲は良いとは思うけど。


「姫君」


「はい、何でしょうかリボルヴィア殿?」


「何故こんな所にいるのだ? 私たちは今から交戦するんだ。離れていた方が良い。戦いが終われば、呼ぶ。それまでは護衛と共に隠れているんだ」


「それはできません」


 フォルテムが言わないのならばと警告するが、キッパリと断られる。

 ふざけているようならば怒ることも必要だと思っていたが、ラウルスティアはふざけている様子ない。

 笑顔から一転して硬い表情を作る。


「兄は戦場で生きたまま引き摺られて死にました。父は無理やり首を引き千切られ、母は男共に慰みものにされた後、嬲られ、弟は黒い矢で射抜かれ、私の腕の中で死にました。それもこれも全ては魔人族のせい。。どうか、連れて行って貰えないでしょうか? そうでなければ、私は一生あの夜から抜け出せなくなる」


 怒りがあった。憎悪があった。そして、決意があった。

 まだ、彼女は国を失った失意から抜け出せていないのだ。

 街をただ取り戻すだけではだめだ。全てを奪った魔人族を、そしてその首魁の死を見届けて。そこでようやくラウルスティアは動き出すことができる。

 これは無理だと悟る。


「それに、万が一の場合はこれで私も戦います。こんなこともあろうかと矢に猛毒を塗って来たんです。0.1gで大型怪物が動けなくなるような代物ですよ!」


「分かった。フォルテムの傍を離れるなよ」


「あら、リボルヴィア殿は守ってくれないのですか?」


「私の剣は守る剣じゃないからな。敵を殺すことしかできない」


 フォルテムが小さく舌打ちをする。

 そんなに危険な場所に連れて行くのが嫌なら無理やり拘束しておけばいいのに……それをすると不敬罪か。


「門が開いたぞォ!!」


 門が開いた瞬間、ジョクラトルの偽剣の炎が上がったのが目に入る。

 戦士の雄叫びが空気を震わす。

 門から中へと一気に雪崩れ込んだ戦士たちと魔人族の剣戟の音が上がり始める。


 ジョクラトルの偽剣の力もあってか、進む速度は落ちていない。

 魔人族がその体で壁を作ろうとも偽剣の力で突破される。

 良い流れだ。

 戦力差のある相手と戦う場合、時間を掛けるのは悪手。最速で敵の頭を奪るのが正しい。


「さぁ、皆僕に付いて来い!! こっちだ!!」


「んな訳ねぇだろ。こっちだこの馬鹿!」


 ジョクラトルが先頭で剣を掲げ、間違った方向へと導こうとしている。

 周囲にいるのはフォルテムと同じく歴戦の戦士たちなので、鼓舞の意味はない。何より間違った方向へ行こうとしているので全員が冷たい視線を向けている。

 だが、フォルテムの作戦通りちゃんと囮としては機能している。

 偽剣の炎が目立つのだろう。

 魔人族は真っ先にジョクラトルを狙おうとする。しかし、ジョクラトルを意識しすぎて横っ腹を開けすぎている。その隙を他の部隊が横から食い破り、ジョクラトルを守る。

 結果として進軍は止まることなく、進み続けることができていた。


「この慮外者共め!! 正々堂々と戦うこともできぬ卑怯者がッ。この俺が歌姫に変わり成敗してくれるわッ!!」


 ジョクラトルの進む先に一人と魔人族が姿を現す。

 手には戦斧を持ち、慌てて出てきたのか鎧も身に着けていない。それどころか半裸の状態だ。


「ッ何が、正々堂々だ——聞いたかニクスの民たちよ!」


 男の言葉を聞いて真っ先にラウルスティアが反応する。


「今、彼奴が卑怯と我らを罵ったぞ! 闇に乗じて来たのは誰だ。真っ向から闘おうとしなかったのは誰だ。戦士ですらない者まで巻き込んで戦ったのは誰だ!!」


 戦士たちが発する熱気が高まる。

 何を考えているのか、怒りに満ちた表情を見れば簡単に予想できた。


「言うまでもない。目の前の奴等だ。戦士たちよ。答えよ。そんな奴等を何と呼ぶ!!」


「「「「「卑怯者だ!!!!」」」」」


「そうだ。その通りだ。己を棚に上げて我らを卑怯と罵る。そんな厚顔無恥共に情けを掛ける必要はない。戦士たちよ! 本当の戦いというものを真の卑怯者に見せてやれ!! お前たちは強者に刃を向けたのだと鋼を以てその身に刻んでやれ!!」


 より一層大きくなった戦士たちの雄叫びが大気を震わせる。

 ラウルスティアの鼓舞に力を漲らせた戦士たちが魔人族を蹴散らす。


「鼓舞までできるようになっているとは、姫君には驚かされる」


「怒りのままに叫んだだけです」


 ラウルスティアが謙遜する。

 怒りを抑えようとしているのか、鼻息は荒い。


「俺はそんなことやって欲しくなかったがな。急に台に飛び乗った時は何をするのかと思った」


「うぐッ」


「それは確かに私も思った。矢で射られていたら、もうそこで私たちは終わっていたぞ」


「うぅっリボルヴィア殿まで……」


 私とフォルテムの指摘にラウルスティアが項垂れる。

 確かに鼓舞は良かった。だが、一人目立つようなことはしないで欲しい。

 ラウルスティアは象徴なのだ。

 弓兵がいなかったから良かったものの、狙われて死んだらこの戦いそのものに決着が付いてしまう。


「リボルヴィア……俺たちはこれから港を占拠する」


「港? 城ではないのか?」


 目的地が城ではなく、港と聞いて首を傾げる。


「あぁ、俺たちの戦力では敵の大将には勝てないからな。だから、最初から港を占拠して船を奪取、バリスタによる街の破壊。もしくは船を使えなくすることだけを考えていた。殺せなくてもあいつらの妨害をするためにな」


「考えていた、ということは今は違うんだな」


「あぁ、欲をかかせて貰う」


 一呼吸置いてフォルテムが口を開く。


「城にいる敵の大将をお前が討ち取って来て欲しい」


「問題ない。了解した」


 少数で敵大将を討ち取って来い。

 その要望に私は笑みを浮かべて返した。

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