第7話

 ハルピュイアの討伐後——フォルテムは言葉の通り私の待遇を良くしてくれた。

 しっかりとした一人用の天幕に、木材と獣の皮で作られた簡易的な寝台、若干凍った甘味。そして、口うるさい者たちへの対処。

 うん、充実している。

 特急で作ってくれたからか隙間風が酷いけど、彼等も故郷を追われ、それを取り戻すための戦いの真っ最中。これ以上贅沢は言えない。

 ちなみに、私以外で個人的な天幕を用意されているのは一部の特権階級の者や王族だけだったりする。私への批判が凄いことになっていそうだ。

 静かにフォルテムに黙祷を捧げる。


 天幕の中で細剣レイピアの手入れをする。

 綺麗に怪物の血肉を落としておかなければ切れ味は落ち、戦いの際で万が一が起こるかもしれない。

 ベリスやブリュド大陸に生息する怪物とは違い、ここ氷結大陸では寒さを凌ぐために脂肪の厚い怪物が多かった。昨日のハルピュイアの女王種もそうだ。

 いつも以上に念入りに手入れをしておかないと直ぐに切れ味が落ちてしまいそうだ。


「……戦いが長引いている時に切れ味が落ちてくるかもしれないな。予備の剣を持っていた方が良いか?」


 そんなことを考える。

 思い出せば、他の戦士やフォルテムも腰には本来使用するものとは別の剣や手斧などを持っていたな。

 しかし、そんなことをしたら私の速さを殺すことにならないだろうか。う~ん、悩みどころだな。取り敢えず、武器だけは見てみよう。

 結局ジョクラトルが持っている剣についても聞けなかったが、その際に聞くことができるかもしれない。何なら、あの珍しい剣のようなものが見つかるかもしれない。

 良いものがないかフォルテムに聞いて見ようと考える。


 フォルテムと言えば、結局姫君との関係を喋ってはくれなかったな。

 話を逸らすためか私が三日で解放された理由やハルピュイアの討伐に急遽駆り出された本当の理由を聞かされたが、私にとっては既に過ぎたこと。

 疑いを持たれていたことは不満だったが、そこは謝ってくれたし、他の者たちへの対処もしてくれている。もう怒りはない。

 だけど——。


「もう少し揶揄いたかったな」


 遊ぶ、とまではいかないが、只人族の姫君との関係を突けば面白いぐらいに反応があるのだ。

 あの反応を見るためにももう一度話題に出したいぐらいだ。

 だが、それを警戒してかフォルテムは私から距離を取っている。ちくしょうめ。


「リボルヴィア! ここにいるかい!?」


「…………」


 外から聞こえて来た声にげんなりとした表情を作る。

 聞き間違えるはずがない、ジョクラトルの声だ。


「こんな場所に一人で可哀想に。クソッフォルテムの奴め。俺と君を引き離すためにこんな手段に出る何て。だけど、もう大丈夫だ。こんな寂しい所に一人でいる必要はない。僕の天幕に来たら良い。大丈夫、問題は全て僕が片付ける」


 お前そのものが問題だ馬鹿野郎。

 思わずため息が出る。

 彼の頭の中で私はどういう立場なのだろうか。悲劇に見舞われたヒロインか?だとしたら残念だな。私は叔母曰く魔王らしいぞ。


「聞こえているかいリボルヴィア? まさか、縛られているのかい? クソッフォルテムの野郎許せない!」


 そんな訳ないだろ。

 馬鹿馬鹿しい妄想に頭が痛くなる。だが、このままではいけない。あのジョクラトルのことだ。助けるためとか言って天幕の中に侵入してくることは十分考えられる。

 個人の天幕と言っても、一人用の天幕。立っている時も腰を曲げなければ頭をぶつけるような大きさの天幕だ。

 そこに妄想少年と閉じ込められるなんて真っ平御免だ。

 手入れしていた細剣を装備して入口とは逆の方向から脱出する。そして、ジョクラトルに気付かれない様にそっとその場を離れる。

 案の定、ジョクラトルは助けるためと言って天幕の中に入り、私の姿がないことに驚いていた。


「全く、フォルテムに文句を言っておかなくては」


 私が一番近づいて欲しくない人が天幕に来たぞ。そうフォルテムに伝えに行こうとフォルテムの天幕に足を向ける。

 彼もまた個人の天幕を持っている者の一人だ。(貰ったのは最近だったらしい)

 場所は以前教えて貰った。


「確か、こっちだったかな——!?」


「きゃ!?」


 のんびりとしながら歩いていたこともあってか、天幕の影から飛び出して来た人物とぶつかる。

 戦いの場ではないからこその油断。

 脆弱な森人の肉体では人一人の体当たりに耐え切れず、押し倒される。


「——ったいな!」


「ご、ごめんなさいってあなたは——」


「ん?」


 いきなりぶつかって来た人物を見上げ、驚く。

 私にぶつかって来たのは、只人族の姫君だった。

 息がかかるほどの近い距離。思わず、互いに視線を絡め合わせ——って何を考えているんだ私は。


「取り合えず、どいてくれるか?」


「え、あ、申し訳ございませんっ」


 立ち上がり、外套に付いた雪と土を払う。


「そんなに慌てて何処へ行くのだ? 只人族の姫君」


「わ、私はその……」


「姫ぇ!!」


 まるで何かから逃げるかのように落ち着きの無い姫君を見て、問いかける。

 言い淀む姫君だったが、遠くからフォルテムの怒声が聞こえてきたことでビクリと体を震わせた。

 なるほど。本当に逃げているようだ。


「フォルテムから逃げているのか?」


「うぅ……だって、無理やり会議に参加させようとするんだもん。私には他にやることがあるのに……」


「やること?」


「えぇ、剣の修業をするの」


 そう口にして姫君は手に持っていた剣を見せて来る。

 これ、姫君の腕で振り回すのは無理じゃないか。かなり重量があるぞ。


「姫ぇ!! 何処にいる!?」


「不味い、ちょっと通して!」


 近づいてくるフォルテムの声。

 慌てて姫君が剣を抱えて隣を通り過ぎていく。私はそれを見届け、少し考える。


「フォルテムには悪いけど、こっちの方が気になるな」


 あの姫君がどういった理由で剣の修業をしようとしているのかが気になり、剣を抱えて岩陰へと消えた姫君を追う。

 切り立った崖の上に造られたこの隠れ場所に人目を避けられる場所は少ない。一体何処に行ったのか。

 足跡を辿ると壁に張り付いて通らなければならないほど細い足場へと足跡が続いている。嘘でしょ。あの姫君中々アグレッシブだな。

 見た所、足場は下へと続くようになっている。もしかしたらここは強襲を受けた際の逃げ道なのかもしれない。

 軽く足場を蹴る。数秒の浮遊感を味わい、下に降りると案の定、姫君がいた。

 上から人が降って来るとは思っていなかったのか、ポカンと間抜けな表情をしていた。

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