第6話
触れたら簡単に壊れてしまいそう。
最初にその女を見た時、俺はそんなことを思った。
誰が連れて来たのか分からないが、当たり前のように戦士団に加わっていたクソガキが連れて来た森人の女。
ロンディウムの大森林という場所に住んでいるのに、何故わざわざこんな氷の大陸に来たのか疑問だった。
移り住みに来たという風でもない。そもそも移り住みならもっとマシな場所がある。たった一人しかいないというのも疑いに拍車がかけた。
怪しさ満点。追い詰められていることもあって、魔人族の手先かとも思った。
こんな怪しい奴を何で連れて来たんだとクソガキをぶん殴りたくなったが、隠れ場所の近くに連れてきてしまった時点で帰す訳にもいかない。
だから、目の届く範囲に置いておこうと考えて、様子を見た。
万が一、暴れても取り押さえられる自信はあった。
剣を持っていたが、森人は肉体が弱いと聞くし、魔術を使って来ようとしても懐に入れば問題ないと思ったから。
拘束している三日の間に部隊が魔人族に襲われたり、他の隠れ場所が襲われたりしたが、森人は大人しく捕まっているのみ。
無駄にする人員も時間もないため、上はそこで森人は少なくとも魔人族に与するものではないと判断し、俺に身柄を預けて来た。
曰く、お前が連れて来たんだから面倒見ろよ、とのことだ。
ハッキリ言って迷惑としか言いようがない。そもそも連れて来たのは森人の容姿に鼻の下を伸ばしたジョクラトルだ。
上で処分しろ。俺はそれどころじゃないんだ。そう文句を口にしたくなったが、俺には決定権などなく、従うしかない。
放置すれば森人は勝手に何処かに行くだろう。
上は魔人族と森人は手先ではないと判断したが、俺からすればまだこの森人は怪しい。
三日間の間、他の場所に情報が洩れ、部隊や隠れ場所が襲撃されたが、森人は動いていないと言ってもそれは絶対的な証拠ではない。
だから、急遽人員を補充した若手の戦士たちと一緒に行く予定だった怪物狩りに参加させ、様子を見ることにした。
一人で来たのなら、腕も立つはず。逆に直ぐにやられるようであれば、ここに一人で来たという言葉に信憑性はなくなるし、先日なったばかりとは言え、戦士団総隊長である俺自身を囮にすれば、森人が魔人族の手先だった場合何かしらの動きがあるはずだ。
そこで必ず正体を見破ってやる。
そう——考えていた。
「何だよ、これ……」
目の前に繰り広げられる戦いに唖然とする。
毒々しい胃酸を吐き、暴れ回るハルピュイアの女王種。女王種に操られて森人と俺を狙う戦士たち。そんな連中を相手に戦士を誰一人傷つけず、女王種を翻弄する森人。
群がる戦士の手は森人の髪の一本にすら触れることができず、空を掴むばかり。
まるで風のようだ。
初対面の時の印象は既に吹き飛んでいた。
ハルピュイアの通常種の強さは
戦士たちの中にも
こんな人物を俺はいつでも取り押さえられると思い込んでいたとは。何て思い上がっていたのだと過去の自分に嘲笑う。
同時に森人に対する疑いも晴れていく。
こんな強さを持っているのなら、俺たちを最初から殺すことだってできたのに、彼女は大人しく捕まった。
あれは恐らく俺たちのことを配慮したのだろう。
あぁ、本当に全く馬鹿なことを考えていた。
彼女が敵対行動をしなかったことに心の底から感謝をする。
「どうやって今のあいつの立場を上げるか考えておくか」
ボソリと呟き、何とか森人が気に入るであろう報酬を考える。
あの力がこちらに向くことなど想像もしたくなかった。
群がる手を掻い潜り、女王種へと剣を突き立てる。
暴れ回る女王種だが、私の目には止まって見えた。飛んでくる胃酸を当たらなければ脅威足りえない。
唯一気を付けなければいけないのは、周囲にいる戦士たちへの配慮だろう。
暴れ回る女王種は、私が戦士たちを巻き込まないように戦っていることに気付き、敢えて攻撃に巻き込もうとしている。
「はぁ、力仕事は苦手なんだよなぁ」
全員を生きて帰らせる。そう豪語したからには誰一人として死なせるつもりはない。
女王種が戦士たちを撒き込もうとする度に攻撃の範囲から蹴り出し、あるいは掴んで放り出す。
「妖精剣術『無窮三射』」
戦士たちを逃がした後、嘴を大きく開けて頭を食いちぎろうとしてきた女王種に細剣を三連続叩き込む。
感触からして翼竜のような鱗の強度はない、か。
確かこの女王種の等級は翼竜と同じ茈級だったはず。
これは生物としての肉体の強さが反映されたのではなく、厄介な異性を声で操るという異能が評価されて茈級となったのかもしれないな。
岩をも溶かす胃酸、異性を魅了し、操る声、鋼のような鉤爪。脅威となるのはこれぐらいか。
「前までなら苦戦したんだろうけど、今はもう物足りないな」
これまで出会った怪物は精々橙級。久しぶりの茈級の怪物との戦いに胸躍ったが、全力を出せずして勝てることが分かってしまい、少しばかりの物足りなさを感じる。
まるで
「これ以上時間を掛ける必要ないか。私の実力を確かめる試金石にもなりはしない」
女王種の一撃を躱し、氷柱のなる天井に足を付ける。
そして、短く息を吐いた。
「妖精武術『無剣』」
派手な音も衝撃もない。
風が吹いたように女王種の鳥の方の頭へと肉薄し、掌底を叩き付ける。
脆弱な肉体で掌底を放てば、逆に私がやられるだろう。だが、無剣は戦人流『闘人鎧』を纏ったまま掌底を相手に叩き付ける新技。
そのおかげで私には傷一つない。逆に女王種は頭部を潰され、悲鳴を上げるまでもなく絶命した。
「どうだ? 誰一人死なせずに終わらせたぞ」
戦いを終えた後、改めて周囲の安全を確認してから私はフォルテムと腰を下ろして向かい合っていた。
これまで下に見られていたこともあってか、見返してやろうと自慢げに手を広げて眠っている戦士たちを見渡す。
「あぁ、見事と言うしかなかったよ」
「だとしたら、もう少し私に配慮して貰いたいな」
「真剣に考えておくよ。お前ほどの実力者に無礼なことはできないからな」
配慮、というのはこれまでの勘違いへの訂正についてだ。
戦士たちは戦いを見ていない以上、私への評価は役立たずのままだろう。私が何を言っても言い訳にしか聞こえないだろうから、そこはフォルテムが頑張って欲しい。
フォルテムが承諾してくれたので、安心する。正当な評価と言うのは嬉しいものだ。
「他に要求はあるか?」
「ん、そうだな。それなら一人用の天幕が欲しい」
「その程度なら俺の権限で用意できる。他は?」
「え、な、なら……甘味はあるか?」
「氷漬けにはなっているが、後で溶かして持って行かせよう。他は?」
「え、えっと……どうしたんだいきなり。欲しいものなんて聞いてきて。さっきまで私を優遇するなんてありえなかっただろう」
急に親身になって来たフォルテムに気味悪さを覚える。
上手い話には裏がある。私に何をさせるつもりなのだろうか。
警戒する私を見てフォルテムは頭を掻いた。
「さっき言っただろ。お前程の実力者を無礼はできないってな。だから、今までの無礼を清算するためにできることはするつもりなんだよ。警戒しないでくれ」
「……まぁ、それなら良いか」
フォルテムの目を見詰める。
嘘か本当かなど見極めは付けられない。私にそう言った技能はない。ない以上、騙された時ぐらいの報復しか方法はない。
なら、そうなった場合に分からせようと考え、今は納得した。
「あ、そうだ。私の要求は全て叶えてくれるんだよな?」
そして、それはそれとして要求を叶えてくれるのならばと更に我儘を突き付けてみる。
「全ては無理だ。俺にできることしか約束できねぇよ」
「なら大丈夫だ。あなたでも答えられる」
「あ?」
ニヤリと笑みを浮かべてフォルテムを見る。
私が欲しいのは物ではない。情報だ。と言っても、戦争だとかそんな物騒な情報ではないが……。
ずっと気になってきたことだ。要求を叶えてくれるのならば、この際だ。全て聞いてしまおう。
「ズバリ、あの姫君との関係は?」
「面倒くさいこと聞きやがるな!? もっと聞くことあるだろう!!」
「何だと。良いじゃないか別に。ずっと気になっているんだ。これ以外に聞くことがあるか?」
「あるだろうがッ。何でお前が戦いに強制参加されることになったこととか、急に解放されることになったのは何故なのかとか、俺が落ち込んでいたのは何があったんだとか!!」
「分かった分かった。後で聞いてやる。その前に姫君との関係をだな」
「絶対に教えねぇ!!」
真っ赤な表情をして照れるフォルテム。
その顔はとても面白く、弄りがいがある。
この反応、フォルテムも姫君に対してただならぬ想いを抱いていそうだ。
恋愛、というものは良く分からない。だが、最近そういうものが羨ましいと思うようになってきた。
恐らくは外の世界で結婚して、子を成し、幸せそうにしている叔母の姿を見たのが原因だろう。
戦士団総隊長ともあろう人間が慌てふためいている姿を見て、弄り倒してやろうと揶揄う言葉をかけ続ける。
そんなやり取りは戦士たちが目を覚ます時まで続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます