第5話
フォルテムの号令に合わせて洞窟の中に足を踏み入れる。
中の構造、ハルピュイアの数、位置は予め斥候が確認済みだ。どれを倒すのかも役割は分断されている。
中に入った瞬間、各々が自分たちに割り当てられた場所にいるハルピュイアを殺すために散った。
洞窟の中に入った瞬間にハルピュイアも敵の存在に気付き、襲って来る。それを熟練の戦士と新米の戦士を組み合わせた五人一組迎え撃つ。
「剣よ、燃え盛れ!」
私の横では当然のようにジョクラトルが並んで戦っている。
個人的には別の場所で戦って欲しい。何故なら、彼の横で戦うのはかなり危ないからだ。
ジョクラトルの言葉で剣に刻まれた文字が輝き、剣が炎を纏い、ハルピュイアを焼き斬る。見事、と言うしかない。その炎の斬撃がとなりにいる私に直撃しそうになることを除けば……。
「フン! セイ! ハ!!」
目の前でハルピュイアを三匹相手にするジョクラトルを観察する。
剣の基礎は教わっているようだが、その剣筋は未熟と言って良い。
それでもハルピュイアを纏めて三匹ほど相手できているのは、剣の能力のおかげだろう。彼の家の宝刀か何かだろうか。
上空から襲ってきたハルピュイアの顔面に穴を開けながらも観察は続ける。
興味深い剣だ。初めて見る。
「あれは輝術でも剣に仕込んでいるのか?」
「あ? 何余裕ぶって喋ってんだ。サボってないで手を動かせこのド素人が!!」
一緒に同行している戦士にジョクラトルの持つ剣について尋ねる。しかし、戦いの際中にそんな質問をして相手が律儀に答えを返してくれるはずが無かった。他の戦士からも冷たい視線を向けられる。
剣については気になるが、今は諦め、ジョクラトルの背後に回り込もうとするハルピュイアを撃ち抜いていく。
ジョクラトルは兎も角、一緒になった戦士三人組は優秀だった。
ハルピュイアへの対処だけでなく、私たちが失敗をしても良いようにいつでも手を貸せる距離を保ち、使えるかどうかを観察している。最も、私の動きは速すぎて見えていないようだが……。
「もうすぐ終わるな」
周囲を見渡し、そう判断する。
百匹近くいたハルピュイアは既に残り両手の指で数えられる程度まで減っている。こちらは負傷者はいるものの死傷者はいない。
「ふん、お前は役に立たなかったな森人の女」
「戦場は男が主役、遊び気分で来るのが間違いだと分かったか?」
観察をしていると戦士たちが私を睨み付けているのに気付く。
やはり、私の動きを捉えきれていなかったか。
成り行きで彼等に力を貸すことを決めたけど、これで私戦いに参加できずにやっぱりヒュリア大陸に行かせねぇ、何てことにならないよな。
いつの間にか私の持っていたコルヌの角も無くなっていたし、路銀確保に時間が掛かったらどうしよう。
「やれやれ、弱い者虐めは感心しないぜ?」
「若造が、黙っていろ」
「はぁ、全く……頭の固い連中はこれだから。彼女は一生懸命頑張っていた。それで良いだろう」
戦士たちの言葉を聞いていたのか、ジョクラトルが私の前に立つ。彼は何故か私が守られる立場の人間だと考えているらしい。
しかも、何故か上から目線で私を擁護している。私、あなたより実力上だからね?
「何が一生懸命だ。お前等が次に参戦する戦いは一生懸命だったなんていい訳ができないんだよ。未熟者は戦いに参戦するべきではないのだ」
「何を言っているんだか。彼女を無理やり戦いに徴収したのはフォルテムだと聞いたぞ。それなのに参戦したら文句を言う何て、恥を知れ」
「その女が使えないのが悪いんだよ」
「確かに、彼女は戦いに消極的だ。怪物の前に立つのが怖いのだろう。だが、それは頼れる仲間がいれば克服できることだ」
それって私のことなのだろうか。
勝手に会話が進んでいるが、ハッキリ言って物申したい気持ちで一杯だ。だけど、誰も私の戦いを見ていなかった以上、私の評価が変わることはないだろう。
異様に疲れた私は溜息を付き、肩を落とす。
その時だった。
「全員警戒態勢!!」
そんなことを考えているとフォルテムの声が洞窟内に響く。
同時に男の悲鳴が木霊した。
戦士たちが一斉に武器を手に取る。
「ハルピュイアの女王種だと!? クソ、洞窟の奥に隠れていやがったのか!!」
巨大な黄色い鳥の上に黒い髪をした女の姿がある怪物。
鳥の姿に人間の顔だけの通常のハルピュイアと違う、ハルピュイアの女王種がそこにいた。
斥候が入れない洞窟の奥にどうやら隠れていたらしい。配下の危機を察知して出て来たのか。
「弓兵、女を狙え!!」
鳥にまるで跨っているかのような女が大きく息を吸い込み、口を開こうとするのを目にしてフォルテムが叫ぶ。
ハルピュイアの持つ力を警戒したが故の行動だ。
ハルピュイアの持つ力。それは、人を惑わす声だ。
その声は異性を魅了し、夢へと誘うとも言われている。
歴戦の戦士はその指示に迅速に従った。
射られた矢が女に突き刺さる。あれでは声は出せないだろう。私の場所からでは遠いから助かった。
フォルテムがホッとするが、その表情はすぐに固まることになる。
女が二人、増えたのだ。
「な——!?」
矢を射られた女とは別に二人。
鳥の胴体から生え、にんまりと私たちを見渡した。
フォルテムが続けて矢を射る様に命じる。しかし、女王種の方が早い。
命のやり取りを行う場に似つかわしくない美声が響き渡る。
脳を震わせ、体の芯を溶かすかのような甘い美声が、男たちを虜にする。
男たちは鼻の下を伸ばし、酒に酔っているかのような足取りで女王種の方へと集っていく。完全に操られていた。
唯一操られていないのは、女王種が美声を発する前に掌に剣を突き刺し、痛みで意識を保ったフォルテムだけだ。
「クソ——残ったのは俺だけかよ」
「いいや、私もいるさ」
悲観的な表情を浮かべるフォルテムに後ろから話しかける。
声を掛けた瞬間、フォルテムは驚いて私を見て来た。
「お前、何で操られてないんだよ……」
「私も不思議に思った。けど、うん、少し考えたら当然だった。なんせ、私は女なのだから」
私も最初はもう操られたと思った。しかし、周囲と違って私に意識はハッキリとしていた。何故、操られることが無かったのか。
少し考えれば分かった。というか忘れていた。ハルピュイアの声が通じるのは異性のみだと言うことを。
あそこに生えているのが男であったら私にも通じただろうが、今あそこに生えているのは女だ。
私に通じるはずが無かった。
「そう、か。そうだったな」
フォルテムもそのことをすっかり忘れていたのか、目を丸くする。
「だったら、丁度良い。今からお前は一人でも多く捕まえて外へ逃がせ。蹴とばしても構わねぇ」
だが、それも一瞬のこと。
頭を振り払い、フォルテムは腰に装備していた手斧を掴んで女王種を睨み付ける。
「一人で戦うつもりなのか?」
「当たり前だ。お前と俺、どっちが残るかなんて考えるまでもねぇ。さっさと行け、数十分程度は時間を稼いでやる」
倒す、ではなく時間を稼ぐか。
フォルテムはここで死ぬことを決めたのか。同時に一人でも多くの者を救おうと足掻くつもりか。
自分が残ることを選択したのは、私がこの国の出身ではないからか。そんなことを考えて、ないなと首を横に振る。
国のいざこざに余所者を巻き込んでしまって申し訳ない何てフォルテムが考えるのは予想できない。むしろ、徹底的に巻き込んで利用してきそうだ。
自分が残ることを決めたのは、自分の方が強いと判断したからだろう。
つまり、私ではあのハルピュイアの女王種に敵わないと思い込んでいる。
「さっさと行け! それと、姫には悪かったと伝えてくれ」
「断る。それは自分が伝えると良い」
ここに来てからジョクラトルといい、フォルテムといい私を無視し過ぎている。
いい加減、我慢の限界だ。
「は!? 何言っていやがるこの馬鹿! お前、まさか戦うつもりか!!?」
前に出た私を見てフォルテムが目を見開く。
「当たり前だろ。今のあなたは大剣を握れない。精々小さな手斧を使うことしかできないだろ」
「お前よりはマシだ! 何だその今にも折れそうな剣は!! 良いから俺の言う通りにしろ。死にてぇのか!?」
「死ぬつもりなど毛頭ないさ」
「だったら何でそんな自殺みたいなことしやがるッ。お前が何人か一緒に連れて行ってくれたら全滅することはない。だが、お前が死んだらこの場にいる全員が死ぬことになるんだ。状況を見極めろ!」
「やっぱり私の実力を見誤っているんだな。まぁ、実際に弱そうに見えるのは事実だが……安心しろ、フォルテム。数人程度ではなく、全員生きて帰らせてやる」
「はぁ? 何を、言っていやがる?」
顔を顰め、訳が分からないとフォルテムは放心する。
その表情が少しおかしくて、私はクスリと笑みを浮かべてしまった。
「私はそれなりに強いってことだよ」
腰にある
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