第4話

 拘束されることを決めて三日。

 意外にも私は自由の身になることを許された。

 もっと長くなるものだと思っていたが、私が無害な存在だと口にする人物でも現れたのか。

 一瞬赤髪の少年が脳裏に移るが、ないなと首を横に振った。擁護しただろうが、相手が真面に取り合わない可能性の方が高い。

 ジョクラトルと男のやり取りを思い出してそんなことを考える。

 では、私はどうして自由が許されたのか。


 見張りをしていた男に付いて行く。

 洞窟の外は相も変わらずの吹雪だ。寒さに身を震わせるが、周囲にいる人物たちは気にせずに剣や斧を研いだりと作業をしていた。


「こっちだ」


 見張りの男に天幕へと案内される。

 私が捕まる前に入っていた天幕だ。中に入ると変わらない場所に見知った顔がいた。


「戦士団総隊長フォルテム殿、捕虜を連れて参りました」


「ご苦労だった。退出してくれ」


「ハ——」


 天幕の中で私を待っていたのは、私を捕まえた張本人の男だ。

 肩書が戦士団総隊長だったとは、そんなに身分の高い者だとは思わなかった。それにしても、あまり元気がないように見える。何かあったのか。


「よう、どうした。座れよ」


「……失礼する」


 足で指し出された椅子に腰を下ろす。


「それで、私が自由の身になったということは、あなたたちに危害を加える存在ではないと判断してくれたからか?」


「そうだな。お前はこの三日間怪しい動きは見えなかったからな」


「そうか。では、私はどうすれば良い?」


 そう口にして男——フォルテムは斧を手の中で遊ばせる。

 陰鬱な雰囲気だ。私の問いが耳に入っていないのか答える様子はない。

 思わず口を開く。


「フォルテム、私はどうすれば良いんだ? ここから出ても大丈夫なのか?」


「ん、あぁ……いや、違う。お前はまだ俺たちの監視下にいて貰う。それから幾つかの仕事も熟して貰おう。報酬として、ヒュリア大陸まで無料で運んでやる」


「それは嬉しいが……」


 ヒュリア大陸まで無料で運んでくれるのは嬉しいが、素直に喜べない。

 前も気怠げな様子はあったが、今はそれが輪にかけて酷い。


「何かあったのか?」


「何でもねえよ。少し、いやかなり面倒なことになっただけだ」


「それは何でもないの領域を超えていると思うが……」


「うるせぇ、お前には関係の無いことだ」


「関係の無い者だからこそ、話せることはあると思うぞ?」


「部外者に情報を渡すかよ。それとも何だ。警戒を解かせて情報を抜き取ろうとしてんのか? あ?」


「そう言うつもりではないが……ん?」


「チッ」


 親切心で寄り添おうとするが、逆効果だと判断して下がる。が、入り口とは逆方向から入って来た風が私の意識をそちらに傾けさせた。

 冷気の対策がしっかり取られているこの天幕で冷たい風を感じる。というのに違和感を持ったのだ。

 風の出入りがあるのは、入り口の幕が開かれる時ぐらいだ。この天幕に入口は一つ。私が入ってから幕はしっかりと閉じられており、他の場所も風で幕が巻き上がらないように杭を打たれている。

 風を感じた方に視線を向ければ、杭が一つ抜けており、幕が風でひらひらと揺れている。近くにある荷物の影からは金髪がチラリと見ていた。


「姫! こんな所で何をしている!!」


「ピェッ!?」


 フォルテムが怒声を上げれば、甲高い声が物陰から聞こえる。

 少し時間が経つと巣穴から顔を出す小動物のようにゆっくりと少女が姿を現した。


「金髪、ということは只人族の王族か」


「何やってんだ。ここは姫が来る所じゃねぇぞ」


「で、でも……」


「でもも何もあるか。今大臣たちが作戦立ててるはずだろうが。姫もそこに居なきゃ駄目だろう」


「いいわよ。どうせ私なんてお飾りだし。それより、あの人は誰?」


 少女の視線が私を捉える。

 警戒したように近づき、私の隣をするりと抜けてフォルテムの傍に近寄ると彼の腕に引っ付いた。

 まるで、私に見せつけるかのように。

 もしかして、そういう関係なのかな?


「失礼した。私は森人族ヴィネディクティアの娘、リボルヴィア。只人族の姫君、安心なされよ。あなたの想い人と逢引きなどしていない」


「んな——ッ!!?」


 分かりやすく少女が反応する。

 顔を真っ赤にし、口をパクパクと魚の様に閉じたり開いたり、見ていてかなり面白い。


「やめろ。姫が俺にそんな感情を抱くわけねえだろ」


「あなたも分かりきっている癖に」


「黙れ、それ以上口を開くならジョクラトルに森人がお前に会いたがっていると伝える」


「分かった。もう何も言わない」


 直ぐに口を閉ざす。

 そんなことをジョクラトルに伝えられたら、更に変な誤解をして付き纏ってくるかもしれない。それは嫌だ。


「——ったく、付いて来い」


 溜息を付き、天幕を出ようとするフォルテムに付いて行く——只人族の姫が。


「お前は違うだろっ。会議に戻れ!!」


「あうっ」


 お前呼びになったな。

 気安い態度だが、配慮も忘れていない。

 衣服をしっかりと着ていることを確認し、戦士を呼んで少女を送り届けるように命令している。


「はぁ、全く疲れるぜ」


「かなりお転婆なのだな。あの姫君」


「お転婆っつうかあれは自分のやれることを——ってお前に言うことでもねぇな。取り敢えず付いて来い」


「少しぐらい私と会話してくれても良いのではないか?」


「黙れ、お前はここじゃ余所者だってことを忘れるな。こちらの事情を教えるつもりはない」


「残念だ。なら、何処に行こうとしているかぐらいは教えて貰っても良いか?」


「怪物狩りだよ。俺の部隊を襲いやがったクソ野郎をぶっ殺す。そこでお前の腕も見せてみろ」


「承知した」


 フォルテムが細剣と鎧を投げて来る。

 それを受け取って私は笑みを浮かべた。腕を見せろと言われたのだ。ならば、度肝を抜いてやろうじゃないか。


 怪鳥ハルピュイア

 女の顔を持ち、その容姿で男を誘惑し、喰らう怪物。

 フォルテムの部隊が襲った怪物であり、今回の討伐の対象だ。


「奴等はここから山頂の洞窟を根城にしているみたいでさぁ。斥候が二体いるのを確認しやした」


「そうか。おう、お前等! 尻の穴しっかり引き締めろよ。奴等の誘惑なんざ気合で弾き飛ばせ。女に飢えた面しやがったら俺がお前等の汚ねぇ尻を蹴っ飛ばすからな!」


 言葉が汚いなぁ。

 そんなことを思いながら、気合を入れる戦士団を見詰める。

 がっしりとした肉体を持つ男たち、その後ろには線の細い男たちがいる。前者の男たちはいかにも戦士の風貌ではあるが、後者の男たちは戦士になりたてなのか、戸惑う様子も見られる。


「隊長。少し質問が、何で今回坊主共を連れて来たんですかい? それに、あそこにいる女は?」


「今回は坊主共と女の実力を見る機会でもある。怪鳥は誘惑に耐え切ればそれほど危険な怪物じゃねぇ。俺たちには時間もねぇし、戦力も。急遽、人を集めたは良いが、戦力の確認もできねぇまま決戦って訳にもいかねぇだろ」


「うす、承知しました」


「それじゃあ、行くぞ」


 戦士の一人への質問を終わると早速フォルテムは山頂へと登っていく。

 まさか私以外にも実力を見る予定の戦士がいたとは思わなかった。

 いるならいると言って欲しかったな。てっきり一人で戦うものだと思っていたのに。


 山頂にある洞窟へと辿り着き、中を確認する。

 中は至って静か、本当に怪物がいるのかと思う程音がしない。しかし、それが逆に不気味な雰囲気を醸し出している。

 フォルテムは後ろを僅かに振り返る。


「良いか、ここに来る前に伝えた五人組で戦え。坊主共と女は危なかったら守ってやれよ」


 言葉を口にすることなく、男たちが全員頷く。

 私も文句はない。ここで和を乱しても仕方がない。だけど、一つだけ言わせて欲しかった。


「そんなに怖がらなくて大丈夫だよ。僕の後ろにいれば良い。必ず守ってみせるさ」


 何でこいつがここにいるんだろう。

 しかも、私と組むことになっているんだろう。


「突撃ィ!!」


 戦いの号令が告げられる。

 血沸き立つ戦いが始まると言うのに私は面倒くさいのに絡まれて酷く気分が沈んでいた。

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