第2話


 美少女から放たれたドロリとした感情を前に、勝手に気まずくなった俺は、結局砂漠を抜けて街が見えてくるまでろくに言葉を見つけられなかった。

 ミラちゃんもミラちゃんで、そんな俺の様子を見て察したのだろう。運転に集中するからと、口を開かぬまま時間が過ぎていった。


 ダメだダメだ、こんなの失礼だろ。

 意を決して、多少強引にでも言葉を捻り出す。


「なぁ」

「ん」

「ガウ?」

「その、リビングデッドって言ったか。そいつらは一体何者なんだい?」

「……ん、後で話す。もう街に着くから、先に宿屋で休んでて。私は修理工房のメカニックさんにハンタブを見てもらってくる」

「あ、はい」

「モア。ハンゾーくんを案内してあげて」

「ガウゥ?」

「嫌そうな顔しないの。おやつ抜きね」

「ガウッ!?」


 えぇ? なんで俺が……と言いたげな顔をしたアンゴルモア三世だったが、飼い主のあまりにも無情な宣告に絶望の声を上げた。

 ちょくちょく思ってたけど、ミラちゃんって躾に厳しいよね。

 レンタルしたという車を停めて、一息ついたところで聞いてみる。


「もうちょっと優しくしてあげてもいいんじゃない?」

「だめ。モアはお調子者だから厳しくしないとすぐに付け上がる。それに、酒場のマスターに売って生活費にするはずだったネタを盗み食いしたから」

「ガ、ガウ……」

「自業自得じゃねえかよバカ犬。同情して損した」

「ガウ!?」


 ネタ? 寿司のネタか……?

 ……砂漠の近くにある街だしそんなわけないよな。

 それはそれとして、生活費の足しにするはずだったモノを盗み食いするのは普通にアウトだろ。そりゃ厳しくもなるわ。


「ところでネタってなんだい?」

「…………全部が全部そうってわけじゃないけど、モンスターを綺麗に倒すと身体の一部が残る。それがネタ。私みたいなハンターが酒場のマスターにネタを売って、マスターがそれを調理して皆に提供する。そうしてこの街は回ってる。たぶん他のところもそう」

「あ、なるほど。ミラちゃんはそうして金を稼いでるってわけか」

「うん。それじゃ、行ってくるから後はよろしくね」

「はいよ、道中気をつけて」

「ん、あなたも。ついでにモアも」

「ガウ……」


 ついで扱いされたアンゴルモア三世が悲しみに満ちた声を上げるが、俺もミラちゃんも無視した。

 ……ネタを売って金を稼ぐ、か。

 そりゃあそうだよな、まさかゲームみたいにモンスターが金を落とすわけもないし。

 現実に落とし込めばそういうシステムになるのは自然な事だ。


 そうして、俺とバカ犬は一旦ミラちゃんと別れた。


「っし、そんじゃ行くか。しっかり案内してくれよ?」

「……ガウ」

「露骨に面倒くさそうな顔をするなよ。ミラちゃんにチクるぞ」

「ガウ!!」


 ミラちゃんの名前を出した途端、嘘のように張り切り出すアンゴルモア三世。

 わっかりやすい奴だなぁお前……。

 まあ、躾がきっちり行き届いているようで何よりだけど。


 そんな感じで、駆け出すアンゴルモア三世を見失わないよう注意しながら、ちらちらと街の様子を観察しておく。

 何せ異世界で初めての街だ、正直言って興味が尽きない。


 見た感じ、街!! って程の規模じゃないというのがぶっちゃけたところだが。

 建物もやけにボロいというか古めかしい物ばかりだし、前世の基準に照らし合わせれば街というよりも村と表現した方が正しいのではないだろうか。

 行き交う人の数も、日本の街とは比べ物にならないぐらいに少ない。


「ガウガウッ!!」

「はいはい、そう急かすなよ。ちゃんとついていきますって」


 何のんびりしてんだコラ! とでも言いたげに吠えるアンゴルモア三世に苦笑いし、街の観光を一旦打ち切る。

 どうせならミラちゃんに色々と教えて貰いながらゆっくりと見て回りたいしな。


 ん、ちょっと待てよ?

 宿屋で休むにしても、俺、金なんて持ってないんだが。


「あ、待ってアンゴルモア三世さん! 引っ張らないで!! 引っ張るなつってんだろバカ犬!!」

「ガウ!! ガウガウ!!」

「イテッ!? か、噛んだなお前!! バッ、ケツはやめ……アッーーーー!!」


 衝撃の事実に気付き二の足を踏む俺を見かねたのか、アンゴルモア三世が無理やり引っ張り、挙句に人の尻をガブッと一噛みしてきやがった!!


 マ、ママミラに言いつけてやる!



 ちなみに。

 宿屋の主人はミラちゃんと顔馴染みのようで、アンゴルモア三世を見るとすぐに俺が彼女の連れだと理解したらしい。

 何やら感慨深そうに「あのミラちゃんが遂に男を……」なんて呟いて下品なジェスチャーとニヤケ顔をお供に部屋へと通してくれた。



 はぁ、疲れた。

 バカ犬は部屋に入るなり真っ先に丸まって眠り始めたし、ミラちゃんが戻ってくるまで俺も一眠りするとしよう。



 そして──。



「──きて。起きて」

「う、んん……」

「起きて、ハンゾーくん」

「ん? あぁ、そうか。やっぱり夢じゃなかったか」

「ん? うん。私はここにいるよ」



 これまでの非常識な出来事が実は全て夢だった、なんて事は無く。

 無事に俺は、ボロっちい宿の一室で目を覚ました。

 そして視界に広がる美少女フェイス。

 ミラちゃんだ。


 ンン、実にビューティフォー!


「パンツ、見せてもらってもよろしいですか?」

「は?」

「ごめんなさい、何でもないです」


 当たり前だが渾身のボケは通じなかった。

 ひぃん……「は?」の声が低すぎるよぅ……。

 やっぱり、ここは異世界なんだなぁ。


 とりあえずオフトゥンから起き上がり、俺と同じく寝ぼけ眼なアンゴルモア三世と共にテーブルにつく。


「とりあえず、ハンタブに異常は無いみたい。でも、なんでソラ砂漠の一部しかマッピングされてなかったのかはメカニックさんにも原因が分からないって」

「そっかぁ」


 まあ、せやろなぁ。

 馬鹿正直に「実は俺、転生者なんだ……」とか言ってもアホを見る目になるだけだし、それで見捨てられたら余裕で死ねるのでわざわざ言う必要もないだろう。

 俺の秘密は、文字通り墓場まで持っていくぜ。


「それで、ハンゾーくんが知りたがってたリビングデッドについてだけど──」

「あ。言いにくい事だったら無理に話さなくてもいいからね? 俺から聞いておいてなんだけどさ」

「……ううん、大丈夫。気を使ってくれてありがとう。やっぱりあなたはいい人だね」

「そ、そうかい? よせやい、照れるべ」

「ふふっ。変な顔」


 今ボソッと変な顔って言いました?

 やっぱりアンゴルモア三世への厳しさといい、今回といい、地味にイイ性格してるよなこの子……。

 でも、可愛くてえっちなのでOKです!



 さて。

 真面目な話になるだろうし、頭を切りかえて姿勢も正さにゃな。


「えっと、ね。リビングデッドっていうのはいわゆる無法者の集団で、どこで手に入れたのかも分からない高度な……きっと、旧世界の技術を持っている連中なの」

「旧世界……?」

「うん。私たちが生まれるよりもずっとずっと前は、人類の数はすんごく多くて、空に届くような高い塔を幾つも建てられる程に技術が発達していたと言われているの。さすがに信じられないけど、お空よりももっと高い、宇宙っていう場所にまで進出していたんだって」

「……なるほど、それが旧世界か」

「ん」


 もしかして、異世界じゃなくて前世の遙か未来の世界が、ここだったりするのか?

 いや、でもあんな意味不明なモンスターたちなんていなかったし……。

 ま、ええか。


「繁栄を極めた旧世界は、だけどある日突然滅亡した」

「それは、どうして?」

「よく分かんないけど、お義父さんは“超高度演算AI ZEUSゼウスの暴走”のせいだって言ってた。今も世界中に居る、自我を持つ戦車や殺人ロボは、そのゼウスって奴が造ったんだって」

「……なるほどなるほど」


 あーね。

 ポストアポカリプスあるあるやね。

 大方、そのゼウスっていうシステムは環境を破壊し続ける人類の抹殺こそが世界平和を実現する唯一の手段だ、とでも結論を出したとかそんなところだろう。

 つーかそんな事情を知ってるあたり、ミラちゃんパパは只者じゃなかったっぽいな。

 だからこそ、リビングデッドとかいう奴らに狙われたのかもしれない。


「でも、旧世界の痕跡は完全に途絶えたわけじゃなくて。今でも時折、旧世界の技術が眠る遺跡が見つかる事があるの」

「なるほど、つまり──」

「ん。リビングデッドの連中は、そういうのを真っ先に狙って確保したんだと思う。だから技術力が段違いで、ただの雑兵でも一般人じゃ歯が立たないぐらいに強いし、武装も充実してる」

「ふんふむ」


 ただのヒャッハー集団じゃなく、頭の回るマッドな連中を抱えた組織ってわけか。

 こいつは一筋縄ではいかなそうだ。


「それに、何故かは分からないけど奴らは各地の街を襲っては民間人をさらって、どこかへと連れて行く。当然、それに逆らう者は皆殺し……私の両親は幼い頃に殺されちゃったし、育ててくれたお義父さんも……」

「とんでもない奴らだな……聞いてるだけでも、野放しにしちゃいけないって分かる」

「うん。でも、まずは力をつけないと。いろんなところを回って、できれば旧世界の遺跡を見つけて……そのためには自分の戦車クルマが必要不可欠。だから、ソラ砂漠に眠ってるっていう戦車クルマを見つけ出さなきゃ」

「OK、話は分かった。腹ごしらえを済ませたら、早速出発しよう。あ、ミラちゃんは休まなくても大丈夫かい?」

「ん、大丈夫。食べる物も買ってきてあるから、一緒に食べよ?」

「ガウッ!!」

「飯と聞くや否や、喜び勇んでテンション爆上げだなこいつ。さっきまで退屈そうにしてたくせに」

「モアのおやつはないからね。エサだけで我慢しなさい」

「ガウ……」



 あからさまにしょんぼりしたアンゴルモア三世を笑っていた俺だったが、ミラちゃんが用意したブツを前にして笑えなくなった。


 酒場のマスターが作ってくれたらしいんだけどさ、明らかにゲテモノなんだもの。

 なんか、ドロっとしてるし、目玉みたいなの見えてるし……。

 そういえばモンスターの一部をネタとして売って……じゃあこれも……うえぇ……。



 まさか、こんなのが今後の主食になるのか……?

 な、慣れるまで大変そうだぁ……。



 あ、でも意外とイケる。

 なんだろう、卵焼きが一番近いかな?

 ただ目玉はちょっと、アンゴルモア三世に譲ってあげよう。


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