第4話
――それから1か月後の事――
私はトライ伯爵から告げられた通りに、そのまま婚約破棄をされたうえで屋敷から出ていくことになった。
けれど、その時にはもう心残りもなく、悔しさなどもなかった。
いらないと言われたのだから出ていってあげる、それだけの事だったのだから。
「ユリア様、伯爵様からお手紙が届けられておりますが…。いかがいたしますか?」
様子をうかがうかのようにそう言葉を発するのは、私の召し使いであるターナーだ。
伯爵家を去った私は元いた家に戻っており、彼と婚約する前の時間に巻き戻されていた。
「伯爵様からお手紙?間違いないのですか?」
彼から手紙を送られるような心当たりは何もない私は、思わずターナーに聞き返してしまう。
今更話をすることなんて何もないし、当然なにか約束をしているわけでもない。
「ええ、間違いないですが…。開封しますか?それともこのまま処分してしまいますか?」
普通なら、伯爵様から送られてきた手紙を捨てるだなんて絶対に考えられないことだろう。
しかしターナーは私に気を遣ってくれているのか、私が中身を知らずにすむ選択肢も準備してくれている。
私はそんな彼の心遣いをうれしく思いつつ、こう言葉を返した。
「いえ、私が見ましょう。伯爵様は私に送ってきたのですから」
「分かりました、では…こちらになります」
ターナーはそう言いながら、丁寧な振る舞いで私に向けて手紙を差し出してくる。
私は差しだされた手紙をそっと受け取ると、その動きの中で自然に手紙を開封し、その内容を改める。
『ユリア、元気にしているだろうか。君と一緒に生活を送っていた日々が、まるで昨日のことのように思い出される。僕にとって君との時間は、それほどまでに大切で意味のあるものだったのだと痛感させられているよ。聞いた話によると、君は今はまだ誰とも関係を築いていないのだろう?ならばどうだろう、僕は今本当に君との関係を欲しているんだ。それは君だっておなじではないだろうか?君の中に置ける僕の存在は、君が簡単に諦められるほど軽い存在ではないはずだ。今ならまだやり直せる、どうかその思いの限りを僕にぶつけてほしい。僕のもとに、帰ってきてほしい。それがなによりの僕の本心からの言葉だ。良い返事を待っているよ、僕の愛するユリアへ』
「……」
その手紙を読み上げた時、私はなにがなんだか理解できなかった。
ついこの間私の事を、もういらないといって婚約破棄してきた旦那様が、いきなり考えを改め、私に戻ってきてほしいと懇願しているのだ。
…しかも、この雰囲気は決してなにかの冗談で書かれているものではない。
彼は間違いなくこの事を本気で思っている。
「はぁ…。これってもしかして、あのうわさに関係があるのかしら…」
伯爵様がこのような心情になってしまった理由に、私は少し心当たりがあった。
それは、私が伯爵様から婚約破棄を受けて数日後のことだったらしい。
――――
「ど、どういうことだエリナ…。この僕との婚約をあんなに心待ちにしていてくれたと言ったじゃないか…」
「ですから、何度も言っているでしょう。伯爵様は保険で、私の本命は第一王子様だったのです。伯爵様のおかげで彼と仲良くなることができて、そのまま関係を築くことができました。その意味では心から感謝しています」
「か、感謝って…。それじゃあ僕との婚約は…」
「そんなもの、もう終わったことですよ?だって私にはもう素敵な旦那様がいらっしゃいますので。あぁ、伯爵様ではありませんよ?」
「……」
――――
そこに至るまでの詳しい原因などは知らないけれど、少なくとも二人の間ではそんな会話があったらしい。
現にエリナは王宮第一王子様と急接近しているという話が持ち上がっているし、伯爵様が婚約者に逃げられてしまったという話もまた広まりつつある。
そのふたつの話を現実的に結びつけるとすれば、その裏にある背景はきっとそのようなものだったのだろう。
…それなら、伯爵様がいきなりこんな手紙を送ってきたことにも説明がつくというもの。
「はぁ…。結局は、後悔しているのはあなたの方みたいですね、伯爵様…」
みからでたさび、という言葉がある。
今のあなたほどその言葉が似あう人もいない事でしょうね。
しかも、あなたはいまだに自分の立場というものを全く理解しておられないご様子。
少し甘い言葉をかければ、私が戻ってくるとでも思っておられるのでしょうか?
それとも、実は今だにエリナの事を思い続けていて、そのつなぎとして私の事をもう一度利用したいとでも考えているのだろうか?
どちらにしても、今更こんな言葉をかけられたところで私がそれに応じるはずもない。
伯爵様にはきちんと自分の現実を理解してもらわないといけないですね。
「伯爵様にはなんとお返事をしようかしら…。このままスルーしてもいいところだけれど、それじゃあなんだか面白みがなさそうだし…」
しばらく頭を巡らせた後、私は最終的な結論を出した。
伯爵様の事なんて何とも思っていないということをストレートに伝えられる、一番の方法を。
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