第3話

伯爵様から留守を任されていた私は、ひとりで仕事をこなしながらただじっと伯爵様の帰りを待っていた。

私は彼の婚約者なのだから、思いを抱いてその帰りを待つことは当然の事。

…けれど、心の中ではもうすでに分かっている。

今こうしている間にも、伯爵様とエリナの二人は互いの愛を深めあっているのであろうことを。


――――


「伯爵様がお戻りになられました」


伯爵様の帰りを知らせる使用人の言葉が私の耳に届けられたのは、やはり翌日の朝だった。

ディナーだけの約束だと言っておきながらも、自分は親しくしている幼馴染と朝帰り。

婚約者を待たせている人のやることでは絶対にない。


「やれやれ、まさかエリナがあそこまで情熱的に僕の事を求めてくれるとは…。まぁ僕としては、ああいう雰囲気のエリナはいつも以上に魅力的に思えたけれど…♪」


伯爵様は火照ったような表情を浮かべつつ、そう言葉をつぶやいた。

それも、わざと私の耳に届くかのような声で。


「ユリア、留守番ごくろうだったね。他の貴族家からの連絡などはなかったかな?」

「はい、ありませんでしたよ」

「そうか、それは結構」


変わらずうれしそうな表情を浮かべたままの伯爵様。

すると彼はその後、私の顔を見つめながらこう言葉を続けた。


「あぁそうだ。ユリア、ちょっと君に話しておきたいことがある。僕らの今後に関わる重要な話だから、覚悟をもって聞いてほしい」

「……」


私はその時、本能的にこれから告げられるであろう言葉を察した。

だって、このタイミングから考えて私にとっていい知らせを告げられるはずがない。であるならそれは、私にとってマイナスなことであり、彼とエリナにとってプラスな事であるに他ならない。

…具体的な言葉こそ出さないけれど…。


――――


伯爵様に導かれるままに、彼の部屋を訪れた私。

すると開口一番に、彼は私に向かってこう言った。


「ユリア、君との婚約は今日をもって終わりにすることに決めたよ」

「……」


私にとっては予想外でも何でもないその言葉。

おそらくそうなのではないかと、どこか確信めいた自信さえあった

その言葉。

それは、決して私の方に非があるものではなく…。


「実は昨日、ユリアから思いを告げられてしまったんだよ。僕とユリアはかねてから愛し合う仲でね…。君には黙っていたから全く気付いていなかっただろうが、僕たちはもうすでに真実の愛というものを感じる段階にあるんだ…」


この人は、本当に私に気づかれていないとでも思っているのだろうか?

それとも、私の心を攻撃したいからわざとそんなことを言っているのだろうか?

どちらにしても、まともな考えを持つ人ではない事はよくわかった。


「だからユリア、隠していたことはすまないと思っている。だが、気づかなかった君も君じゃないか。それに気づかなかったという事は、君だってそれほど僕の事を見ていなかったという事じゃないか。夢中になって僕の言葉を信じてくれたことは嬉しく思っているけれど、僕たちの間にはそんな小さな気づきさえ最初からなかったのなら、もう婚約関係を続ける理由はないだろう?」


たぶん、この人は思っていることを正直に言っているのだと思う。

だから、こんな支離滅裂な言葉を平気で連ねることが出来るのだろう。


「この話はもうすでにエリナにもしてあるんだ。だから、すぐに次なる婚約式典の日程と内容の協議にうつらなければならない。そこでユリア、君にお願いがある」


この期に及んで私にお願いとは、一体何を言ってくるつもりなのだろうか。

どこまでも図々しくふるまう伯爵様を前にして、私は呆れて考えることをやめてしまっていた。


「はぁ…。なんでしょうか…」

「次なる婚約式典、君も来てくれるよね?僕たちの関係を祝ってくれるよね?」

「…はい?」


聞き間違いだろうか?

今伯爵様はとんでもない言葉を口にしたような気がしたのだけれど…。


「だから、君にも祝ってほしいんだよ。僕とユリアがここまで愛情を深めあうことが出来たのは、君というかりそめの婚約者がいたからこそだ。それはつまり、君こそ僕とユリアをつないでくれた恋のキューピッドだったという事になる。だから、君には一番の感謝をしなければならないし、君に一番祝ってもらいたい」

「……」


どうやら聞き間違いではなかったみたい。

伯爵様は本気でそう言葉を口にしている。


「エリナも全く同じことを言っていたんだ。君にこそ見届けてもらいたいとね。ユリア、受け入れてもらえるだろう?」


エリナが言っているのは間違いなく、私に対して略奪婚が成功したことを見せつけたいだけだと思いますよ?

そこに祝われたいという気持ちなどかけらもないと思いますよ?


「よし、決まりだ!君が来てくれるからには婚約式典は盛大に盛り上げなければな!みんなにもよろしく言っておいてくれ!」

「……」


もうすでにその気になってしまっているのか、非常に軽い口調でそう言葉を発する伯爵様。

私がどうするかは、まだ言っていないですが…?

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