第2話

――トライ伯爵視点――


ユリアからの追撃をかるーく交わした僕は、その足でエリナと約束した場所に向かって馬車で駆けている。

これから体感できるであろう素晴らしい時間を想像すると、弾む胸を押さえるのに必死になって仕方がない。


「まったく、ユリアも単純だよなぁ。あんな簡単な言葉で僕の事を信じて送り出してくれるなんて…♪」


僕の見立てでは、ユリアは僕がエリナの事を本気で愛していることに全く気付いていない。

きっと自分の事を一番に愛してくれているものだと確信しているのだろう。

だからこそ、僕はその気持ちにのっかって好き勝手なことができるというものだ。


「ユリア、もう少し感性をするどくさせるべきだなぁ。だって、そんな体たらくな事をしていてはいずれ誰も君の元からいなくなってしまうぞ?」


彼女は僕が浮気をしていることにさえ気づいていないんだろう。

まったく、頭の中がお花畑の人間は幸せそうでうらやましいな。

まぁ、かくいう僕も今はかなり頭の中がお花畑になってしまっているわけだが。


「はぁ…。これからエリナに会えると思うと、なんだか緊張してくるな…。もう何度も何度もあっているというのに、まだ心が大きく弾んでしまう…。エリナ、君は僕の事をどこまで想って…」


そこから先は、僕は考えるのをやめた。

だって僕は、一番好きな食べ物は最後に食べるタイプなのだから。


――――


「伯爵様、来てくださったのですね」

「当然だとも。君から誘われて断るなんて、それこそ愚かな人間のやることだ」


僕の顔を見たとたん、エリナは心から嬉しそうな表情を浮かべてくれる。

だからこそ僕は、彼女との時間を過ごしたくて仕方がなかったのだ。

これほどまでに素直な思いを、僕にぶつけてくれるのだから。


「でも今日は、婚約者様とのご予定があったのではなかったですか?本当に大丈夫だったのですか?」

「なぁに、心配はいらないとも。ユリアは物分かりのいい女だからね。僕が君に会いに行くということなら何とも思ったりはしないさ。現に今日だって、特に不服そうな表情は浮かべていなかったぞ?」

「そうなのですね、さすが伯爵様。婚約者様の心のケアまで間違わないということでしょうか」

「はっはっは、そんなに褒められてもはずかしいな。エリナ、君と僕の仲じゃないか」


僕はそう言葉を発すると、早速エリナの肩に手をかけてスキンシップを図る。

これがやりたくてここまで来ているのだから、我慢なんてする理由がない。


「もぅ…。それで、伯爵様は決めてくださったのですか?」

「決めた?なにを?」

「まぁ、前に私に言ってくださった言葉をお忘れなのですか?」

「…?」


…僕は前にあった時、エリナに何か大事な言葉をかけたらしい。

しかし、僕自身には全く思い当たるものがない。

エリナに対してかけた言葉であるなら、忘れるはずがないのだが…。


「でも確かに、あの時伯爵様はかなり酔っておられましたから…。覚えておられないのも無理ないかも…」

「その時、僕は何と言ったんだ?」

「……」


どこかもじもじした様子を見せながら、エリナはなにか言葉を選んでいる様子。

僕はそんな彼女の一挙手一投足に心を動かされながら、心地の良い時間の中で彼女の言葉を待った。


「…伯爵様は、私の事をただ一人の婚約者にしてくださると言ってくださったのです」

「!?!?」


…その言葉に、僕は強烈な衝撃を受ける。

酔った勢いに任せて、僕はそんなことを口にしていたのか…?


「自分が本当に愛しているのは、君だからと。ユリアとの関係はかざりにすぎないものだから、いつでも婚約破棄することができるのだと…。そしたらその後には、すぐにでも君の事を婚約者にすると…」

「!?!?!?」

「で、でもそのご様子ですと覚えておられないのですね…。私はその言葉を聞いた時本当にうれしかったのですが、伯爵様が覚えておられないのでしたら無理はありません…。本当に残念ですが、あの時の言葉は私の胸の中だけにとどめて…」

「!!!!!!!!!」


もう、我慢なんてできなかった。

反射的に体がユリアのもとまで動いてき、気づいた時には彼女の体の上に自分の体を重ねていた。


「…ユリア、その約束を僕は果たそう。僕は貴族なのだから、決して約束を違えたりはしない。なにより、それを今の僕が心から望んでいるんだ。君と二人で、一緒になることを…」

「伯爵様…!!」


僕たちはお互いの視線を熱く絡みあわせ、次第に逃れられなくなっていく。

最初からこうなることを期待こそしていたけれど、本当にこうなった時には人間は覚悟を一瞬のうちに決めてしまうようだ。

僕は心の中でずっと思っていた思いに正直になり、ユリアを捨ててエリナとの未来を歩むことに決めた。

…もともとは二人とも王宮に招き入れようかとも思っていたけれど、彼女がここまでストレートに僕の事を思ってくれているのなら、僕がそれを拒否する理由などどこにもない。

僕はただ、真実の愛というものにたどりついただけなのだから。

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