幼馴染を優先したいのでしたらどうぞご自由に!
大舟
第1話
「すまないユリア、この後君と一緒に食事会の予定だったが、急な用事が入ってしまってな。一緒することができなくなってしまった」
申し訳なさそうな表情で、それでいてどこか嬉しそうな口調でそう言葉を発するのは、私の婚約者であるトライ伯爵。
彼がどうして急にそんなことを言い出したのか、私にはある心当たりがあった。
「またエリナ、ですか…?」
「よくわかったな。そうだともエリナからディナーに誘われてしまってな。彼女から誘われてしまったなら、断るわけにもいかないだろう?」
それが、伯爵様がいつも私に口にする決まり文句。
エリナと伯爵様は幼馴染の関係にあり、共通の話題も多いみたいでかなり親しい関係を続けている。
そんな中で、伯爵様はエリナからの誘いを断れないある理由があるのだという。
「君にはもう何度も話しているだろう?エリナは僕にとって命の恩人なんだよ。僕がまだ小さな時、いろいろと苦しい思いを抱えていたあの頃の僕を助けてくれたのは他でもない、彼女なのだ。だからこそ、彼女の思いにはずっとずっとこたえていきたいのだよ。人への礼を忘れないというのは、貴族たるものとして当然のことだろう?」
伯爵様はいつもそう言う。
エリナは自分の命の恩人なのだから、彼女との予定を優先するのは貴族たる男として当然のことであると。
「勘違いしないでくれよ??僕だってなにも好んでエリナとの関係を優先しているわけじゃない。最も大切に思っているのはもちろん、婚約者である君だとも。だが、僕の中ではずっと大切にしている物もあるんだ。それを曲げることはできないんでね」
エリナの事を優先するのは自分が好きでそうしているからではなく、あくまでお世話になった気持ちに報いるためだという主張を変えない伯爵様。
しかしそういう割には、彼女との予定が決まったその表情はどこかうれしそうなものだった。
「…分かりました。伯爵様がそう言われるのでしたらそれでいいのではないでしょうか」
ここで私がなんと返事をしたところで、決まった予定を変えられるはずもない。
だって伯爵様は、私よりもエリナの事を思っているのだから。
「ユリア、何度も言うが僕が一番愛しているのは君だからな?エリナとの関係を変な意味でとらえないでくれよ?」
「変な意味、といいますと?」
「そ、それは……」
そこまで言っておいて、その先の言葉をすこし躊躇する伯爵様。
もともとあなたがやりはじめた事なのに、どうしてそんな焦りの雰囲気を見せるのか私にはわからない。
「もしかして伯爵様は、本当は彼女の事を…」
「それは違う!!貴族であるこの僕が不貞行為などするはずがない!君は僕の事を信じていないのか!?」
信じさせてくれないのはどっちだろうか。
伯爵様はいつもいつも私の事よりもエリナの事を優先し、その度に毎回同じ言い訳を私に繰り出してくる。
一番愛しているのは君だけれど、エリナからの思いを無下にするわけにはいかない、分かってほしい、と。
それだけならまだしも、私にははっきりと分かっている。
伯爵様とエリナが、ただの幼馴染の友人にとどまらない関係を結んでいるということを…。
「エリナとのディナーの後は、夜の街の景色を見に行こうと話をしているから…。帰りは明日になるかもしれないな…。ユリア、僕が留守にしている間はこの屋敷のことを頼むよ。あぁ、間違ってもどこかの男を招き入れようなどと思うんじゃないぞ?浮気なんて下劣な人間のやることなんだからな」
それをやっている人が、たった今私の目の前にいると思うのだけれど。
でも伯爵様は、自分にだけはそんな言葉は関係ないとでも言わんばかりの様子。
そもそも、ディナーの約束を入れてきた時点で二人には浮気の心があるに決まっている。
それを本気で隠すつもりがないのなら、これはもう私に対する攻撃なのではないだろうか…。
もっとも、伯爵様の方にどこまでその思いがあるのかはわからないけれど…。
「というわけで、僕はこれからエリナのもとに向かう準備にとりかかるとするよ。前に彼女にあったのはかなり前だったから、積もる話もありそうだ。ユリア、君の話もしておいてあげるとも。君がどれだけこの僕の婚約者として相応しいかどうかもね」
心からうれしそうな表情でそう言葉を発する伯爵様。
前にあったのはいつだろうと言っているけれど、私にはついこの間だったと思いますが?
あなたの中ではほんの数日会わなかっただけで、もうしばらく会っていないということになるのでしょうね。
それに、私が婚約者として相応しいかどうかなんて話をする時点で、私に対する愛情がそれほどないものだって自分で言っているとは思わないのでしょうか…?
だって、本当に愛し合っている理想的な婚約関係なら、そんな話をすること自体が意味のない事なのだから…。
「心配はいらない、きちんと君の事を思っているよ。それじゃあ、僕はこれから準備に移るから」
伯爵様は軽い口調でそう言葉を発すると、そのまま私の前から姿を消していったのでした。
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