第5話
――トライ伯爵視点――
「う、嘘だと言ってくれエリナ…。僕との関係が偽りのものだったなんて、そんなの冗談に決まって…」
「冗談じゃないと何度も言っているでしょう伯爵様。私はあなたがやったことと同じことをやっているだけですよ?」
「お、同じこと…?」
「そうでしょう?伯爵様だってユリアの事を一方的に婚約破棄されたじゃないですか。だから、私もそれと同じことをやっているだけです。私は伯爵様との婚約関係を、破棄させていただきます」
「そ、そんな…ことが…」
僕はなにもかもが信じられず、目の前に広がる現実世界を呪わずにはいられない…。
だって僕は、もともと有していたユリアとの関係をエリナのために切り捨てたんだぞ…?
君が喜ぶものだから、君の事をなによりも優先していたのだぞ…?
だというのに、その結果がこれだというのか…?
「もう言ったでしょう?私は王宮にいらっしゃる第一王子様と結ばれる運命に近づきつつあるのです。しかし、その前に私が伯爵様と関係を持っていたなんてことが王子様の耳に入ったら、印象を悪くされることは決まっています。伯爵様だって、知られたくないご自身の秘密を第一王子様に知られたらいやでしょう?だからここはお互い黙っているしかないと思いますけど?」
「そ、そんな…」
一言で言うなら、エリナのやり方はあくどいの一言だ…。
僕の事を踏み台にし、自分は王宮に入るべく野心を立てて動いていた…。
僕の思いを、もてあそんでいたのだ…。
「では伯爵様、もうこれ以上話をすることもないでしょう?お互い新しい人生を目指して進み始めようではありませんか。私は私の道に行かせていただきますので。お元気で」
「……」
僕への挨拶もそこそこに、その勢いのままに僕の元から去っていってしまうエリナ…。
そこにどんな思いがあるのか、それとも全くないのか、そんなもの僕にわかるはずもなかった…。
――――
「これはどうすればいい…。ついこの間まですべてうまくいっていたというのに、急にすべてを失ってしまった…」
隣にユリアが立っていて、その裏でエリナとの関係を進めていく。
あれほど満ち足りた時間は今までの僕が体感したことのないものであり、決して失ってはならない時間だった…。
それが今や、その両方を失ってしまうことに…。
このままでは、僕は押しつぶされてしまう…。
「…そうか、今からでも打てる手があるじゃないか…!」
しかし、その解決策はすぐに頭の中に浮かび上がってきた。
完全に八方塞がりというわけではないのだ、今からでも声をかけられる相手がいるではないか。
「なんだ、簡単な話じゃないか…。今からユリアを呼び戻せばいいだけの事。きっと僕から急に婚約破棄を告げられたから、その心には大きなダメージを追ってしまっているはず。そんな今だからこそ、僕からの声掛けはうれしくてたまらないはず…!」
そうだ、どこの世界に伯爵から婚約破棄を受けて悲しまない女がいるものか。
ユリアとて絶対に例外ではない、間違いなく僕との関係をやり直したいとその心の中に願っているに決まっている。
「そうと決まれば、あとは行動に移すだけの事…!手紙に僕の思いをしたためればすべて解決だ!きっと、少し甘い言葉をかけるだけで飛んで喜ぶはず!」
ユリアの気持ちを取り戻すことは、決して難しい事ではない。
問題はその先の話であり、究極的にはエリナの思いを僕のもとに復活させることにあるわけだが、今はそのつなぎとしてひとまずユリアとの関係で我慢しておくことにしよう。
大丈夫、いずれはすべてが僕の名の下に元通りとなるのだ。これくらいの障壁でへこたれる僕ではない。
「よし、手紙の内容はこんなものでいいだろう…。後は彼女がどう返事をしてくるかだが…」
僕からの手紙を受け取って、うれしい気持ちを抱くのは当然の事。
しかしそれをストレートに伝えてくれるかどうかがわからない。
「場合によっては、何度か手紙でのやり取りを重ねなければならないかもしれないな…。面倒なことこの上ないけれど、まぁこれからの事を考えれば仕方のない話か…」
本当ならスパッと話を戻してしまいたいが、ここでしくじってしまったらそれこそすべてが水の泡になるというもの。
「大丈夫、必ずユリアは僕のもとに心を動かされることとなる…。僕は伯爵なのだから、その隣のポジティブが空いたというのならユリアは必ず興味を示す…。そしてもう一度同じ関係を築けばいいだけの事…」
いずれにしても、彼女にだって他の選択肢などないはずなのだ。
一度は婚約関係にあった者同士、その過去を切り捨てずに済むのならそうはしたくないという心理が絶対にあるはず。
それをうまく利用することで、ユリアの心を自分のものにすることができるはずなのだ。
後の事はそれからでいい。後のことはそれからで……。
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