二〇二四年十二月三日(火)
SNSのフォロワーさん数人から困惑したDMが立て続けに届いたのは、二日後の十二月三日だった。
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はじめまして
突然のDM、すみません
実は昨日から「魚崎さんに相談メールを送ったのに反応がない」
「魚崎さんに何かあったのかもしれないから連絡してくれないか」
ってメールが立て続けに来ています…
行き過ぎたファンっぽかったので無視していたのですが
メールが止まらないので
申し訳ないのですが報告させていただきます
讃山という人です
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どれも讃山からの被害を訴える内容で、血の気が引いた。
通知が溜まっているのに気づいたのは仕事中だったが、もう仕事どころではなくなってしまった。ただ抱えていた案件が直前にペンディングとなって次の案件まで手が空いたところだったのは、不幸中の幸いだった。
有給の消化を理由に午後休を取って会社を出てすぐ、近くの喫茶店でいただいたDMに詫びの返信をした。そのあとランチを食べながら、腹を括って讃山へメールを返信した。
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日時:2024/12/3 11:44
差出人:魚崎 依知子<uosakiichiko*gmail.com>
宛先:讃山 呼歌<########*gmail.com>
件名:メール拝読しました(魚崎 依知子)
本文:讃山さま
はじめまして、魚崎です。
先日はメールをいただきありがとうございました。
讃山さんの状況は理解いたしましたが、私では力不足です。
お寺や神社にご相談されることをお勧めいたします。
またこの件に関して、私のフォロワーさんにメールを送る行為はご迷惑になりますので、おやめください。
続くようでしたら、法的な処置を取らざるを得ません。
それでは。
魚崎
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住職の言いつけを守れなかったのは心苦しいが、ここで私が返信しなければ被害が拡大するのは目に見えていた。苦渋の決断だった。
事後報告にはなってしまったが住職にも連絡しておこうとアドレスを選んだとき、讃山からの返信が届く。開いたそこには、一方的な被害妄想と恨みが綴られていた。
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日時:2024/12/3 11:49
差出人:讃山 呼歌<########*gmail.com>
宛先:魚崎 依知子<uosakiichiko*gmail.com>
件名:Re:メール拝読しました(魚崎 依知子)
本文:信じられません。
私が助けを求めているのに、救いを求めている人間がいるのに、よく見捨てられますね
そんな人だと思いませんでした。
そうやって私が苦しむのを楽しんでいるんでしょうねホラーを好きで書いてるくらいだから
私が一層苦しむのを笑いながら見ているつもりだろう
それで私のこんなところもネタにするつもりなんだろう
そうやっておまえも私をバカにして
私が死んだあとに後悔しても
もう遅い
ふざけるな
このままでは終わらない
おまえもつれていってやる
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(※魚崎註:住職に読むのは良くないと言われて伏せ字にした。実際には呪文のようだった)
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最後の■部分を読んだ瞬間、気味悪さや不快が一気に恐怖へ変わった。何が起きたのか分からないのに、全身が総毛立ったのだ。まずい、と思った私はすぐに住職へメールを転送したあと、店を出て電話をした。
その間も繰り返し、讃山からのメール着信音が響いていた。
切羽詰まった私から事情を聞いた住職は、私を寺に呼んだ。
「最後の文は、◯◯様の●●●●ですが、一般の方が目にしてはならないものです。あなたは弱いながらも力がありますから、余計に当てられてしまったんですよ」
住職はいつもと変わらない穏やかな声で話しながら、本堂に横たわったまま震える私の肩を背後から払うように数度撫でる。
運転中にもインフルエンザに似た寒気と不快感には襲われていたが、まだ運転できるくらいの余裕は残っていた。それが寺の山門をくぐった途端に、一歩も動けないほどの悪寒に襲われてしまった。本堂へは、住職の言いつけで駆けつけたお弟子さんに運んでもらったのだ。
「実は昔、この◯◯様を拝む新興宗教が存在しました。ただ◯◯様は霊験あらたかながら非常に……『お世話の難しい』存在です。ですから、我々のように修行した者でなければ開眼はもちろん拝むことも禁忌とされ、一般人が迂闊に拝まぬようにと長らく社会には秘されていました」
住職は淡々とした口調で、説明を続けた。
住職の話を聞く私の方は悪寒が熱に変わり、思考がぼんやりとし始めていた。話をしっかり聞きたいのに、たまに意識が遠のいて途切れ途切れになってしまう。
「ただ、その新興宗教の教祖は、我々のように修業を重ねた僧侶でした。彼は誰であっても拝めるようにとお世話を簡素化し、その霊験を広く人々に伝えようとしたのです。当時、我々は彼を説得しようと奔走しました。私も何度も書状を送り、実際に出向いて話もしました」
住職は相変わらず、同じ調子で私のあちこちを撫でていく。規則性があったのかどうか、覚えてはいないが痛みは全くなかった。
熱のせいか涙目になった視界に、内陣で揺れる太い蝋燭の炎が滲んで見えた。眩しいほど視界を占める光に目を閉じると、目の奥が鈍く痛んだ。相槌くらい打ちたいのに口が全く動かなかったから、インフルではないだろうと察していた。
「でも、彼の意見は変わりませんでした。というより、彼が意見を変えるよりも早く宗教が瓦解してしまったのです。信徒は百人に満たないほどでしたが、その時点でほとんどの方が心身に不調を来していました。亡くなられた方も少なくありません。そして彼はその現実に耐えられず、全てをそのままにして自死を選びました」
責任を取る道ではなく、全てを捨てる道を選んだのか。被害者のことを考えれば、あまりに無責任な結末だ。
「そのあと我々は駆けずり回って開眼された像を集め、どうにか今の状態にまで戻しました。人の口にのぼってしまうのはどうしようもありませんが、それ以外の、たとえば書籍やネット検索などでは、決して見つけられないようになっています」
住職が、話しながら私のふくらはぎから爪先までをさっと撫でる。その途端、さっきまであったはずの不快が全て消え去った。
「楽になりました。ありがとうございます」
驚きはしたものの住職に限っては不思議なことではないので、体を起こして礼を言う。
「いえ、私も見つけられて助かりましたので」
ほっと安堵したような笑みを浮かべて返したあと、住職は私の肩の辺りを軽く払った。
「讃山さんに、◯◯様が憑いているんですか」
「いえ、◯◯様は決してそのようなことはなさいません。元々のお母様の話から考えて、『あの宗教で祀られていたものの残骸』がたまたま器を得て入り込んだのは間違いないでしょうが。あれは、◯◯様ではない。彼が◯◯様のお姿や●●●●を勝手に利用して生み出した、似ても似つかぬ『紛いもの』です」
住職の笑みはいつもどおり、至って自然で穏やかなものなのに、言葉が鋭くて冷や汗が出る。
「紛いものは何をしようと所詮、『紛いもの』。尊さも恐ろしさも、本物には到底及びません」
少し細めた目と視線が合った瞬間、吐き気に襲われて堪えきれず吐く。てっきりランチで食べたものが逆流するかと思ったのに、白っぽいモヤが勢いよく吹き出した。
驚く私の前で住職はそのモヤを鷲掴みして自分の元へと手繰り寄せ、両手で握り潰して消した。
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