二〇二四年十二月一日(日)
きっかけは某小説投稿サイトのコンテストに参加するために、モキュメンタリーホラーの短編を二作投稿したことだった。ほかのサイトなので詳細は省くが、SNSでの私のポストを辿れば出てくる。一作目が『鳥山さん』、二作目が『あれは私が呑みました』で、投稿は十一月下旬と十二月一日に行った。
私にとっては初めてのモキュメンタリーホラー作品だったが、これまでと違う書き味でとても勉強になったし楽しくもあった。これからも機会があれば書いてみたい、と思うようになっていた。
そんな気持ちに水を差すようなメールが届いたのは、十二月一日の午後だった。
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日時:2024/12/1 13:38
差出人:
宛先:魚崎 依知子<uosakiichiko*gmail.com>
件名:モキュメンタリーホラー拝読しました。
本文:魚崎様
初めてご連絡させていただきます、讃山と申します。
いつもカクヨムにて作品を拝読しています(コメントは残したことはありませんが、★とハートは入れさせていただいております。@△△----■■です)。
先日は、●●に投稿されていた『鳥山さん』、拝読いたしました。
その『鳥山さん』について、どうしてもお伺いしたいことがありご連絡申し上げました。「お問い合わせはご遠慮ください」とあったのは、十分承知しております。それでも、どうかお許しいただけませんでしょうか(冷やかしなどではない証拠に、本名でメールを送らせていただいております)。
早速ではありますが、あのお話はモキュメンタリーとなっていますが、実話ですよね?
と言いますのも、私にも同じ経験があるのです。
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あれは、私が十二歳の時でした。
私は幼い頃から怖がりで、小学校六年生になっても一人では眠れませんでした。ですので、母の部屋の隅っこに布団を敷いて眠っていました(怖がりですが反抗期でもあったので、布団を並べて眠るのは恥ずかしかったのです)。
幼い頃の母の記憶は、酒浸りですぐに大きな声を出す姿ばかりでした。でも私が小学校中学年の頃にアパートの階段から落ちて大怪我をしたあとから、驚くほど優しくなりました。
すっかり穏やかになった母は、酒を辞めて働き始め、生活はようやくうるおい始めました。
そんな母なので、私の気持ちも見抜いてからかうこともなく、受け入れてくれていました。母子家庭でしたので、母が受け入れてくれるようになったのは、とても嬉しいことでした。
その日、物音がしたような気がして、ぼんやりと夜中に目を覚ましました。冬だったので鼻が冷えていて、洟を啜りながら寝返りを打ってなんとなく母の方を確かめたのです。
常夜灯の下、母は体を起こしていました。
私は先程お伝えしたように怖がりなので、びくりとして布団を丸め込み、ただ見つめるだけしかできませんでした。どうしたの、と聞くことができないほど怖かったのです。
やがて母が何か呟くと、母の口からするすると白いモヤが出始めました。そのモヤは母親の前で固まっていき、母の顔そっくりになりました。それでもモヤは止まらず、首や肩ができた辺りで本当に怖くなってしまい、私は隠れるように布団に潜り込みました。
眠ってしまおうと思ったのです。眠ってしまえば、何事もなかったように朝を迎えられる、と信じて眠れるように祈り続けました。でも胸がばくばくと打っている状況では眠れるわけがありません。
その時不意に、耳元で「ねえ、起きてるんでしょう」と母の声がしました。私は驚いて布団を蹴るようにして跳ね起き、部屋の隅へと逃げました。入口の方に母がいたので、部屋の外には逃げられなかったのです。
隅っこで小さくなり震える私の前に、母の形をした白いモヤが滑るようにしてやってきました。その腕には、ぺらりとした、皮だけになった母がタオルのように掛けられていました。
私が悲鳴も上げられず震えながらじっと母の皮を見ていると、不意にモヤが「私の方がいいでしょう」と言ったんです。その時に、あの事故の時に乗っ取ったんだと気づきました。でも、私はなんと答えればいいのか分かりませんでした。確かに今の母の方が優しいのは確かです。ただ、幽霊じゃないですか。
その頃にはもう本物の母に与えられたつらい記憶も霞んでいましたから、幽霊の方がいやだな、と思ってしまったんです。それが、きっと伝わったんでしょうね。
幽霊は私の顔を両手でガシっと掴むと、暗い穴のような目で私を覗き込みながら「私の方がいいでしょう」「私の方がいいでしょう」「私の方がいいでしょう」「私の方がいいでしょう」「私の方がいいでしょう」「私の方がいいでしょう」「私の方がいいでしょう」(中略 ※魚崎註:実際にはこれの三倍書かれていた)と繰り返しました。
そして凍ったように動けない私の顔を左右に軽く揺さぶり始めました。すると少しずつ、私の鼻の穴や口から白いモヤが出始めたんです。私は恐ろしくなりましたが母は離してくれず、やがて私の前に、私の顔にそっくりの白いモヤの顔が浮かびました。その顔はやっぱり暗い穴のような目で私を見つめると、「お前はもういらない」とにたりと笑いました。
そこから何があったのか、気づいたら朝で、私はいつもどおり布団の中で目を覚ましました。私を起こしに来た母もいつもどおりで、あれは夢だったのだろうとほっとしました。
でもあれ以来、昼間でも夢を見るんです。私ではない私が、私に代わって授業を受けたり仕事をしたり、恋人と一緒にいる夢を。そして夢で一緒にいた彼らにそれとなく確かめると、彼らは決まってあの白いモヤそっくりの笑みを浮かべて、「お前はもういらない」と言うんです。
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長くなってしまい、申し訳ありません。
以上が私の現状です。あまりに魚崎さんのお話とそっくりなので、書いていても鳥肌が立っています。
同じ経験をされた魚崎さんなら私をこの夢から救い出せるのではと思い、失礼を承知でご連絡申し上げました。どうか、お願いです。魚崎さんのお力をお貸しいただけませんでしょうか。
心より、どうぞよろしくお願い申し上げます。
讃山 拝
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モキュメンタリーホラーとは、現実との境界があやふやになるようなホラー作品のことだ。「あやふやになる」だけであって、ノンフィクションではない。もちろん、私が投稿した二作品はともにフィクションである。だから、「私が讃山と同じ経験をしている」というのは成立しない。
また、作品を発表し続けていると「自分の人生を盗み見て書いた」などと言われることがあると聞く。作品の内容があまりに自分の体験や人生に似ていて、「これは自分のことだ!」と感じる人が稀にいるらしい。でも、讃山の挙げた私のモキュメンタリーホラー作品はもちろん、私が公開している作品の中に讃山の経験と被るものは一つもない。
つまり讃山は、全く似ていない私の創作を読んで自分の実体験と同じだからノンフィクションであると思い込み、メールを送ってきたわけである(無理やり自分の怪談を送りつけるところは『鳥山さん』に似ているが、そこは比較対象にならない)。
ただ、作品のまえがきに「問い合わせをするな」と文言を入れていたのを理解した上で送ってきているので、文章の理解力に問題があるとは思えない。
ここで私は迷ってしまった。
これが分かりやすい誹謗中傷や殺害予告なら、返信もせず粛々と法的手続きを取るところだろう。でも今回は、そういった類のものではない。むしろ純粋に救いを求めているように感じたからだ。
私には霊的な問題を解決できる力はないものの、虫の知らせと勘が良いところがあってこの手の問題には割と気づきやすい。そして、讃山を助ける伝手がないわけでもない。
以下、『鳥山さん』より引用
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「あなたがホラーを書くのは、何ら問題ありません。強いて言えば実話怪談の方ですが、あなたが掲載した内容に問題があって引き寄せたというわけでもない。ふと嗅いだ花の匂いに誘われたようなものです」
住職の口振りで、必然的なものではないのが分かった。
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『鳥山さん』には、神通力を持つ住職が登場する。実はこの住職には、モデルがいるのだ。私がホラーを書き始めるときに背中を押してくれた人物でもある(ちなみに『夫恋殺』に出てくる住職のモデルでもある。ご健在)。
こういった本物の雰囲気は、フィクションにしたところで分かる人には分かるものらしい。だから問い合わせしないようにと、前書きで予防線を張っていたのだ。もし問い合わせがきても、フィクションだと切って捨てる予定でいた。でも、実際に切羽詰まったものが来ると迷うものである。
心から救いを求める人がいて、自分はその人を救う術を知っている(かといって私が救えるわけではない)。
少し迷ったあと、先に住職へ相談のメールを出すことにした。
住職へ事情を書き連ねて送ったメールに返信があったのは、一時間ほどしてからだった。
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日時:2024/12/1 15:09
差出人:住職(仮名)<########*yahoo.co.jp>
宛先:魚崎<rx78########*gmail.com>
件名:Re:ご相談(魚崎)
本文:魚崎さま
師走に入り、ますます日が短くなってまいりましたね。
おかげさまで私どもは皆つつがなく過ごしております。
いつもお気遣いいただきありがとうございます。
早速ですが、ご連絡いただきました件について。
その方に私を教えても、私のところへはおいでになりません。
本当に救われるところには来ないものです。
それほど強いものではありませんが、あなたは道をつけられておりますのでお気をつけください。
返信はされない方がよろしいです。
夜の長い日々が続いております。
気を引き締めてお過ごしください。
住職(仮名)
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表現は変更してあるが、内容はほぼこのとおりだ。
今回は霊的な話だったが、恋愛や結婚に置き換えればよく聞く話ではある。解決を望んで友人に相談したり占いを頼ったりするのに、「別れろ」「離婚しろ」に満足するだけで行動には移さない(或いは現状を変えない程度の小さいアドバイスだけ実行する)。その繰り返しだ。友人や占いには頼っても、「解決してしまう」弁護士や警察には頼らない。
本人は解決を望んでいるつもりでも、端からはその地獄から抜け出したくないようにしか見えないアレだ。
讃山が何かに取り憑かれているのは、間違いないのだろう。でも讃山はそれをネタに同情や心配を引いて心を満たしたいだけで、祓ってほしいわけではない……のか。
そういえば、讃山のメールでは母親がモヤに乗っ取られたようなことが書かれていた。無意識で祓われないことを望んでいるとしたら、母親が変わってしまうのが怖ろしいのかもしれない。
まあ、これ以上私が関わることはない。こちらが反応しなければ、諦めて次へ行くはずだ。次の方には申し訳ないが、そもそも私だってその「次」だった可能性がある。最後まで付き合ってはいられない。
住職へ礼を返して、メールソフトを閉じた。
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