第3話 大戦の予兆
「三人とも、落ち着いてください。こうなってしまったのは率直に残念ですし、我が身の力不足をも痛感しますがそれでもまだ、世界大戦を早く終わらせるべくやることはあります」
もはや避けられなくなった、能力者を兵器として運用する世界大戦の勃発。
ここに至るまでに手を打てなかったカーン、レベッカ、妹尾の三人が悔しげに憤るのを前に、彼らの精神的な師とも言えるソフィア・チェーホワは冷静に語りかけた。
まだ、諦めるわけにはいかない。ソフィアの使命は未だ始まったばかりなのだ、多少の挫折があろうとも歩みは決して止められない。
何より、できることはあるのだ。始まってしまうならばせめて、1分1秒でも早くそれを終わらせてしまうより他はない。
とにかく能力者によって人命が失われる事態を避けるべく、彼女は決意を秘めた瞳で凛とした居住まいを見せていた。
「世界大戦を早期に終着させる……ですか? しかし一体、どうやってそんなことを実現するのですか。正直なところ、こればかりはもう我々にできる範囲を超えています」
「言っちゃなんですがねソフィアさん。戦争なんてのはおっ始めるのは簡単ですが、終わらせるとなるとこれがとことん難しいもんですよ? なんせ互いに互いが正義のつもりなんだ、一歩だって引かないでしょうよ」
穏やかに宥めるソフィアにも、カーンとレベッカは止まらず反駁した。二人とも戦いという行為には一家言ある武闘派能力者ゆえ、敬愛する彼女の言い分も優しさゆえの無理解でしかないと思ってしまう。
ソフィアと能力者同盟と言えど、ことここに至らばもはや成す術はないと断じてしまえる状況だ……これが普通の戦争であれば。
だが今回は違う。決定的な動機の部分で、これから始まるいわば"能力者大戦"は過去のいかなる戦争とも決定的に異なるものを有していた。
能力者同盟の中でも屈指のインテリである、学者としての側面も持つ妹尾が一人、ソフィアの真意を見抜いてか息を呑んだ。
「いえ……カーンさん、レベッカくん。たしかに過去の戦争の動機を紐解けば仰る通りでしょうが、しかし今回は事情が違う。あまりにも特異な、能力者の存在ありきでの戦乱です」
「妹尾くんの言う通りよ、二人とも。結局今回、これから起きるだろう戦争の要は能力者ありきのもの。手にした兵器を使いたい、まるで子どものような欲望が前提にある大戦になるはずよ。であれば……」
「手にした玩具で暴れる子供相手ならば、その玩具を取り上げてしまえば良い、と」
「そうです。たとえそこに多少、乱暴な手段が混じるとしてももはや一刻の猶予もありません。私も、"ヴァール"も今回ばかりは人間相手にも容赦しないでしょう」
「ヴ、ヴァールさんまで……!?」
慄くレベッカ。予想以上に過激な手段を口にしたソフィアに対してもそうだが、何より"ヴァール"という存在が彼女の背筋を寒からしめていた。
──ソフィア・チェーホワという女性にとって切札であろう暴力装置。彼女にとってもう一人の自分とさえ呼べる、極めて特異な能力者がヴァールと名乗る少女だ。
その強さたるや、現時点で世界最強クラスであるカーンですら一顧だにしないほど隔絶した次元にある、正真正銘最強の存在だ。
正直なところレベッカにとってはどこか恐ろしい、掴みどころのない人物であることから遠巻きに見ることが多い。もう一人の師匠とも呼べる人であるのだが、そんなモノでさえ戦争終結のためには手段を選ばないのだと言う。
「そ、ソフィア様。ヴァール様を前線に立たせてまで、戦いに介入するというのですね……!?」
「驚くべき、というのが本音のところですね。対モンスターにおいてのみ、あの御方は現れると思っていましたので」
並んでカーン、妹尾も絶句する。
普段は心優しく、武力を誇示することもなければヴァールについても"誰よりも信頼している誇らしき友人"として常に自慢してきたソフィアが……そのヴァールを全面的に投入してまで戦争に介入しようという。
彼女にここまでの苛烈さがあるとは正直、思ってもいなかった三人からすれば青天の霹靂だ。
カーン達の驚きをも置き去りにして、ソフィアは立ち上がり力強い眼差しと言葉で彼らに指示を出す。それは近い未来、大ダンジョン時代を牽引する立場となる者らしいカリスマの発露であった。
「我々能力者同盟は今後、国連各機関と協力して世界中の能力者達を保護し終戦への世論誘導を行います! カーンくん、直ちに世界各地の同志をこの地に集め、決起のための集会を開きますので連絡を!」
「わ、分かりましたっ!」
「レベッカちゃんは引き続き世界情勢の調査と在野の能力者達のスカウトをしてちょうだい。決起集会については都度連絡するから、遅れることなく参加するように」
「あ、アイアイサー!」
「妹尾くんは実際の能力者同盟の動きについて、国連傘下組織のスタッフも交えての協議に取り掛かってもらえるかしら? モンスター研究に専念したいところ、悪いのだけど」
「お任せください。私だって平和は大事ですから、やるべきことは最優先にやりますとも」
それぞれ指示を出し、それぞれがうなずき応える。
ソフィアの啓蒙を特に受けているこの三人──カーンとレベッカ、妹尾達こそがこの後、勃発する世界大戦において大きな活躍を見せることとなった。
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