第2話 ソフィアと三人の教え子
ソフィア・チェーホワ率いる能力者同盟の本拠地は、スイスはジュネーヴ、国連本部施設から離れること10kmほどの地点に位置する。
後に能力者同盟が正式に国連組織"国際探査者連携機構"、通称WSOへの発展するにあたっては本部施設として改築される場所だ。
ここから数年後、能力者改め"探査者"と呼ばれるようになるステータス保持者たちにとって、大ダンジョン時代における中心地として認識されることになるのがこの地であった。
そこに建てられている屋敷内に車は駐車し、運転手たるカーンはソフィア共々、帰還を果たしたのだ。
屋敷の中には同盟のスタッフが多数常駐し、世界中の能力者達の動向や社会情勢を把握すべく当時の最新機器を駆使して情報収集に明け暮れている。
彼らの中でも特に、幹部格として扱われている同志達が待つ一番奥の執務室に、二人は足を踏み入れた。
「ただいま戻りました。留守の間に何かあった? レベッカちゃん、妹尾くん」
「いやー特になんも! 暇すぎて身体がウズウズしてますよソフィアさん、ダハハハハハッ!!」
「右に同じ。戦争だからといって、たちまち阿鼻叫喚とはいかないのですねえ。いや、平和主義者としてはどことなく安心しますが、ええ」
「よく言うな、万三郎。お前はモンスター研究にそこまで支障が出なさそうだということで安心しているだけだろうに」
執務室真ん中にあるテーブルと、その左右にあるソファにそれぞれ男女が一人ずつ座っている。
ソフィアが穏やかに話しかければ、女のほうは呵々大笑し、男のほうは肩をすくめて笑い、カーンとも親しげにやりとりをしていた。
2m近い長身に筋骨隆々、脂肪もよく乗り恰幅が良いという表現がよく似合う女傑、レベッカ・ウェイン。反対に小柄で痩せぎすな体型で、スーツが不思議とよく似合うくたびれた印象の日本人、妹尾万三郎。
揃って数年前にソフィアによって見出された、有望な能力者である。
特にレベッカに至っては弱冠21歳にして、出身地のノルウェー国内はおろか北欧周辺における最強の能力者として知られているほどの実力派だ。
加えて妹尾も23歳と若手ながらも実力が高く、さらにはモンスターについての知的好奇心が強く研究を志している、この時代にあっては珍しいタイプの能力者である。そしてそれゆえに、能力者同盟内においては参謀役を担う機会が多い。
この二人に加えて、ソフィアの右腕役とも言えるシェン・カーンを加えての三羽烏が執務室にて揃う。
能力者同盟内外で名実ともに同盟三幹部として扱われるこの三人が改めてソファに座り直すのを見て、ソフィアは執務室の一番奥のデスクに腰掛け、ふうと息を吐いた。
疲れを滲ませるその様子に、レベッカがカーンに問いかける。
「……カーンさんよ、やっぱアレか。駄目か、世界。やっちまうのか、戦争」
「どうもな。残念ながら、国際社会は能力者を兵器としてしか見てくれないらしい。私達も今後、世界大戦を前提として動くことになりそうだ」
「やれやれ。人間とはどうも変な方向に暴走しますね。8年前に初めて能力者がこの世に現れた時点で危惧されていたこととはいえ……率直に残念ですよ」
「ったく! 私らはモンスターを相手にするからこその能力者だってのによ! 何が悲しくて人間同士で殺し合わなきゃならないってんだぃ、クソッタレめっ!!」
淡々と説明するカーンだが、その表情は浮かない。
対照的に怒号を上げるレベッカもそうだが、武闘派である二人としても戦争というのはなんとしても忌避したいものだった。
妹尾や他の者達まで含めて、能力者同盟に属する能力者は誰もが揃ってソフィアの薫陶を受けている。
すなわち"能力者の持つ力はすべて、モンスターを倒し人々の生活と安寧を護るためにあるべし"という思想的啓蒙を受けているのである。
ある日突然、彼ら彼女らの前に現れては能力者の未来、理想を語り同盟へと誘ってきた謎の不老存在。それがソフィア・チェーホワだ。
彼女に近しい者のみが知る、ある極めて特異な体質をも含めて──この世のものとも思えない威厳とカリスマ性は、瞬く間にカーン、レベッカ、妹尾をはじめ多くの能力者達を従えている。
その勢いたるや、すでに国連事務総長が能力者関連の秩序形成に際しては彼女を頼るようになっているほどだ。
いかにソフィアが人間離れした指導力を発揮しているかが窺えようものだった。
そんなソフィアの、あるいは思想面での弟子とさえ言えるかもしれない三人の嘆きが執務室に響く。能力者を兵器としてしか見ない、あまつさえその果てに世界大戦を勃発させるに至ろうとしている人類への失望と怒りの発露だ。
けれどただ一人、当のソフィアだけはそんな彼らに向けて首をゆるく振った。教え諭すように、彼女らへと語りかけた。
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