愚才な武人と天才少女たちの魂の伝承七章  アカデミー第二期での新たな出会い

不自由な新自由主義の反乱児

 愚才な武人と天才少女たちの魂の伝承七章  アカデミー第二期での新たな出会い

そして四月になり、新しく大きく人数の増えたアカデミーが始まったのである。

増えたと言っても、一人の講師が指導する人数は前回と同じ十五人、それぞれの特性や

専門性でクラス分けして担当するする教師を決める。

また幅広い教養や技術を習得させるため、授業の振り分けもして分担して教え込む。

当然基本的教養や語学も、それぞれの専門の講師を使い教え込むのである。

ユニオンはその頃、武力部隊のエージェントだけでなく、医療や情報技術、科学部門の専門的な学校を作っていたので、様々なことを教える講師にはこと欠かない

人材を抱えていた。

それを上手く活用するシステムを作って行ったのだ。

このような根回しやプロデュースには、ヒトミも忙しい病院経営の合間に携わり、

ビジネス展開の顧問たちにも協力して貰った。

このような事にも、共存の考え方が上手く生かされて行ったのだ。

そして娘のマリもヒトミを手伝い、マリアの代役、また裏方として1か月間動いて

居たのである。

十八歳と言う若さで、驚愕する能力と知恵を備えていることに、ヒトミも感心せざる

得なかった。

マリアの教えた知恵の奥深さを、感じざる得ないほどの働きぶりだった。

アカデミーがスタートしてヒロのクラスの十五人の中に二人の生徒が居た。

一人はエリカと言い、彼女の祖父はある武闘集団の長であったが、その祖父が

無くなるとその組織の内部が、権力闘争に陥り彼女の父親が闘争に敗れ

死んでしまった。

それを当時ヒロや、その仲間が助け、その親族を違う場所に逃がしユニオンに

所属して貰ったのだ。

その他の集団は結局争いが続いて、バラバラになり、皆どこかへ消えて行ったが、

エリカの親族や派閥だけユニオンの仲間として今も存続している。 

そしてエリカはその中で、特筆すべき才能を見せ始めていると言うのだ。

もう一人は美樹と言いヒロと一緒に戦った、師兄弟とも言える水樹の姪に

あたる娘だ、彼女の父親や母親も水樹達がとある集団と争っている中、戦いの中

命を落とした、その娘を水樹が母親のように育てたのだ。

水樹自身は子供を持たないが、戦いなどで親が死んだ子供を何人も面倒を

見ている。

今回のアカデミーにも、水樹の里から何人か入って来ている。

今回ヒロの助手として、アリサもアカデミーに携わることになった。 

ヒロがアリサに色々と経験させるため、また生徒の様子を細かく見るためユニオンに

承諾させてそれを任務として勤めさせることにしたのだ。



二人がクラスの生徒の前でこれから、自分とアリサの二人が君たちを指導する担任だと名前を名乗り挨拶すると、水樹は手を挙げて質問をしてきた。

【先生、アリサさんはまだ若いし確かアカデミーの一期生の姉様ですよね?

何故そんな若い人が助教なんですか?多分私の方がアリサ姉さまより強いですよ】と

美樹が目立とうとする。

他の生徒たちはその発言に緊張した顔を見せるが、ヒロとアリサは笑っている。

ヒロが【十年位早いんじゃないか?俺にはそう見えるけど】とバカにして煽ると、

美樹は【私、水の里ではもう大人にもそうは負けません、水樹先生からも色んな秘技

を教えて貰っています】と主張する。

ヒロが【水樹の名前を出すのは止めておけ、師匠に恥を掻かせるな】と笑うと。

美樹が【じゃあアリサ姉さまと一度組手をさせてください】と強がる。

アリサが【先生いいですよ、私が相手をします】と言うと、ヒロが【仕方ない、

どうせこのあと修練場で実習だ、みんな着替えて道場に集まれ】と指示する。

みなが揃うとヒロがアリサに【良いか、アリサは打撃を使わず、八卦掌と合気の崩しと防護だけで投げや崩しは有効とする、軽い掌打は可とみなす、美樹は突き蹴り投げ

すべての攻撃を可とする、相手を戦闘不能に制御すれば勝ちとする】と言って

始めさせた。

美樹は持ち前の連撃と長い手足でどんどん攻撃を当てようとするが、

アリサは八卦掌の歩法で美樹の死角に入り込み掌底でバランスを崩し足払いで転ばせることを繰り返す。

実戦なら何度もトドメを貰って絶命している、そして何度も転びスタミナが切れて

浮いた構えで美樹が左脚で蹴りを出したところ中に入り、反対側の足を刈りながら 体重を乗せた掌底で美樹の身体を潰す様に倒し、息が出来ない状態にして無力化を

してしまった。

息が上がっているところに、倒れながら掌底を胸に食らったので、美樹は息が出来ず声も出ない状態になった。

幸い頭は受け身を取ったので、畳にぶつける事は無かったが、息が出来ずに美樹が

苦しんでるところをヒロが、横隔膜に活を入れ呼吸が出来る状態に戻した。

ヒロが美樹に【大丈夫か?骨や筋は痛めてないか?】と声をかける。

美樹は無言で呼吸をしながら涙を浮かべている。

ヒロはそれをみて【良く戦ったな、さすが水樹姉の弟子だ、蹴りも突きも攻撃は悪くは無かった、実戦と修行の量の差がでただけだ】と慰めたが、更に美樹は

余計、悔しさと、自分の情け無さに声を出して泣いてしまう。

ヒロが【無く必要は無い、お前を必ず強くしてやる、お前はその悔しさを

忘れなければ強くなる】と慰めた。


そして美樹や皆が落ち着くまで、アリサが使った八卦掌の技を自ら見せて

アリサと約束組手の中で解説をし、型と用法を繰り返し説明した。

武術の修行は基本、黙念師容(モクネンシヨウ)と言い、姿を模倣させその意味を

教え何度も繰り返させ体に覚えさせる。 

まず師の姿を真似ることから始まる、そして何度も型式を練習させ体に覚え

させるのだ。

ただただ型を真似るだけでなく、そこに想像力や実戦の想定も必要だ。

ボクシングのシャドーも同様で、ただやるだけではダンスも同じで、そこに相手の影を想像して行うことから、シャドーボクシングと言われるのだ。

皆に型と用法を教えた後、ヒロはエリカを前に出させて約束組手でやって見せるように命じると、エリカが見事な見本を見せる。

それもそのはず、エリカの祖父は元々、八卦掌をもとに、日本で伝承された門外不出の武術の伝を受け継ぎ、中国まで八卦掌を学びに行って更に改良をした技を家に残していた武人であった。

それほどの武人でも状況により怪我を負い死ぬことは戦いでは普通にあるのである。

過去、名人や天才と言われた武人があっけなく戦いで死ぬことは普通に良くある話で

たまたま生き残った者が、名前を残し流派を立てて、武名をとどろかせる。

それが武の世界でもある。

次にヒロは美樹に水樹に学んだ技で、自分に攻撃するように言う。

すると持ち前のスピードと連打で見事にかみ合う組手を見せる。

間合いとシュチュエーションがかみ合うのだ。

そもそも、エリカと美樹が学んだ武術は修行の過程が違う上、戦いを想定した場面に違いがあるため、大きく異なる。

エリカの武術は内功を重んじ時間を掛け技を練る。

水樹の一族は元々海賊の集団であり、外功から入り技を磨く。

良い悪いでは無く、結局至る所、目指すところは同じだが方法の違い、環境や

シュチュエーションの違いが有るのだ。

それを見本を見せて生徒に理解させそれぞれに合う修行を課す。

それぞれ足りない部分を理解させ補い、良い部分を更に伸ばす、学校の勉強と同じである。

数学の天才で有っても、国語力やそれを応用する能力が皆無ならば宝の持ち腐れだ。

どれだけパンチが優れていても、防御が全然出来なく、自分の間合いに相手を捕まえる事が出来なければパンチは当たることは無い。

新しい生徒たちに教えながら、朝の時間と授業の合間を使い、アリサとヒロ自身も

修行を行っていて、金曜日が訪れヒロは終末の夕食の用意をしていた。       アカデミーは土日休み、生徒は全寮制だがアリサとヒロはヒトミの家から通ってる。


シマアジを買い、ラム肉のリブチョップとサラダを作った。

つぶ貝は、甘く煮て、ホタテ、シマアジ、は刺身、シャコは塩ゆでに料理した。

この時期のシャコは子持ちで、卵が非常に美味でヒロの好物である。

夕食の準備が出来る頃、ヒトミやユウ、マリ、コウジ(義兄)が仕事から

帰って来た。

ヒトミはワイン、ユウはビール、そしてヒロは秋田の日本酒、新政のNO6を

楽しんだ。

アカデミーが始まりヒロはアルコールは週末だけと決めている。

ヒトミが【新しいアカデミーの生徒はどんな様子?】とヒロに聞く。

【どんなもこんなも、他のクラスも手を焼いているみたいだ、うちにも問題児が

一人紛れ込んでいる】と言う。

アリサが【美樹ちゃんのこと?】とヒロに聞くと【水樹姉と性格がそっくりだ、  あんな性格の女がこの世に二人居るとは恐ろしい話だ】と答えた。

ヒトミが【水樹ちゃんがよろしくと言っていたわよ】とヒロに言うと

【よろしくも何も、あんな厄介そうなのをよこして、せめて手土産でも持たせて来いと言っておいてくれ】とヒトミに苦情を言う。

するとアリサが【でも、先生彼女、あれから、こっそりエリカちゃんと朝練とか夜錬をしているらしいですよ】と言う。

【まあ、水樹姉の弟子ならそうすると思ってアリサと組手をさせたんだ

水樹姉の娘同様なら強くなると思うよ】とヒロが答える。

【でもなんかしでかしそうで、危なっかしい気がしてならない】と心配した。

ヒトミが【大丈夫でしょ、何か有ったら貴方が責任取れば良いのよ】とヒロに言う。

ヒロが【姉ちゃんは鬼か?弟に苦難を押し付け、いざとなれば責任取れとか、マリ俺を助けてくれ】とマリに甘える。

ユウが【マリちゃん、甘やかしたらダメよ甘やかせ過ぎたらこのオッサンはホントにクズに成るんだから】と言う。

するとヒトミが【大丈夫よ、もうすぐロンさんが日本に来るから、もう甘えた事言えなくなるわ】と言う。

ヒロが【嘘だろ、なんのためにロンが来るんだ?】と聞くと。

ヒトミは【何言っているの、アカデミーにロンさんも関わってくれるのよ

貴方も鍛えなおすとか言って居たわよ】と答える。

ヒロが内心、あの男がワザワザそそんなことのために日本まで来る?

だいたい、あの男は自分の武術にしか興味を示さないド変態だ。

もしや俺で何かの技を実験でもしようとしているのか?と思った。

アリサが【ロン先生って先生に中国武術を教えた師匠でしょ?伝説のレジェンドだって里で聞いた事がある】と聞く。


【伝説と言うより、妖怪か化け物の一人だ、関わると死ぬような思いをする、

強くはなれるが俺は10メートル以内には近づきたくない】とヒロが言う。

ヒトミが【何言っているの、何度も貴方の命を助けてくれた恩人でしょ】と言うと。【それ以上に修行で死にかけたんだよ、姉ちゃんは知らないから

そんな事言えるんだ】とヒロが言う。

ヒトミは【ホント大げさな男ね、恥ずかしいったら無いわ】と言う。

ヒロは、ロンの術式は難解で生徒たちには理解出来ない、だいたい仙人を地で行く

あの変態が懇切丁寧に若い弟子に教える訳が無い、どうせ俺を相手に術式を試し、

それを生徒に理解できるよう説明して教えるのは俺にさせるに決まってる、と思った。

そんな話をしながら、酒を飲んでいるとヒロの携帯に電話がかかってくる、

時間は夜九時半、何事かと出てみると、エリカからである。

アカデミーは全寮制だが週末は里の自宅に帰ったりする者もいる、外出も届出を

すればOKであるが一応未成年なので、夜十時が門限としている。

エリカがヒロに少しトラブルが有って寮に帰るのが遅れるので、寮の管理人に連絡

したら先生にも連絡しろと言われた、と言うのだ。

ヒロはこれは絶対とんでもないトラブルだと直感する。

エリカに【誰と一緒なんだ?一人じゃ無いだろ、お前が一人で夜出歩くとは

考えにくい】と聞くと、エリカは口ごもっている。

ヒロは【そこは何処なんだ?場所を言え、言わなくてもGPSですぐに解る】と聞くとエリカが場所を教える。

そこは近所の街にあるカジュアルなバーかパブのような店らしい。

すぐにタクシーを呼び出し、場所に到着すると町の郊外にある不良の

溜まり場に成っている店のようだった。

ヒロの悪い予感は予想以上に的中していた、店の中に入ると若い男たちが

数人倒れているのだ。

しかも工事現場などで使う拘束バンドで腕と足を拘束されている。

そこにはエリカと美樹が立っていた、ヒロは一瞬めまいを感じたがそんな

場合ではない。

男の一人の拘束を解いて【何が有ったんだ】と聞くと男は【何が有ったも、いきなりこのガキが俺たちを襲ってきてこんな目に合わせてくれた】と言う。

エリカが【そんなの嘘です、この人たちが私たちを帰らせないと言って

囲んで来たから】と言う。

美樹がエリカに【だからこいつら、放置して逃げてしまえば良かったのよ】と言う。

カウンターの上に空のテキーラの瓶とショットグラスが何個も並んで、

カウンターの中にも若い男が酔っぱらって倒れて眠っている。


ヒロが引きつった笑顔を見せて【美樹ちゃん、拘束したまま放置して誰も

来なかったら、どうなるのかな?】と聞く。

美樹が【お腹が減る?】ととぼける。

ヒロが【人間は何日間、飲まず食わずだったら死ぬのかな?】と聞くと、

美樹が【温度や環境によるし個体差があるから一概には答えられません】と言う。

ヒロが【そうだね、しかも拘束された状態で、ユカに転がされてストレスを受けているけど、彼らを殺しても良いと?】と聞くと。

美樹が【だから、こいつ達の携帯で誰かに電話させて、助けに来させて、その間に逃げちゃおうと思って】と言うのだ。

ヒロは思わず吹き出してしまったが、完全に海賊のやり方だ。

エリカによると、この中の一人がタダで飲ませると言って、美樹を酔っぱらわせ、

何とかしようと考えたら、その男の方が美樹の酒の強さに負け潰れてしまい、

美樹がご馳走様と言って帰ろうとすると、帰らせないように囲んで来たので、美樹が

全員倒して拘束したようだ。

結局、ヒロが有る筋の人間に連絡して事情を話し、ことを収めた。

だいたい未成年に大人が飲酒を刺せた時点で犯罪だが、未成年を監禁しようとすれば重罪だ、しかしその理論は輩には通じない、奴らの目的は少女を金にすることである。

たしかに極悪であるが法で解決できると思っている日本の社会がヒロには

バカ丸出しだと感じる。

刑務所のリスクは百も承知なのだ、また重罪化を叫ぶバカが居るがそれなら

犯罪全て死刑にする覚悟があるのか?己が何かの拍子に罪に問われる可能性を

考えないお気楽な思考停止のバカが日本に多すぎる。

罪と言うのは勝手に作るのは非常に簡単だ、また、人が死のうとも罪に

問われないケースも有る。

例えば人を自殺にまで追い込んでも犯罪では無いとはどういうことだ?

教師が生徒と一緒に生徒を追い込んで自殺に至ったケースが何故処罰する

ことさえ出来ない。

政治家の秘書が自殺したケース、何故すんなり自殺認定されている。

逆に交通事故で相手が警察官だったら何故か重罪、逆に被疑者が元貴族

皇室ならば逮捕さえされなかったケースもある。

司法は間違いを犯す、それなら何故間違えた司法は罰することが

出来ない。

あの様な輩の事は、蛇の道は蛇である、司法より痛い思いをさせる方法が

いくらでも有るのだ。

だいたい警察に相談してもケースバイケース、案外役に立たない場合も多い。

司法の考え方も検事や判事も時節や世間の風でコロコロ変わる。


役人と言うのは江戸時代から何にも変わっていない。

しかしヒロの心配の種、問題は美樹である、何故なら美樹にも悪意が存在している。

ヒロは彼女の師匠の水樹が、色んな店で出禁に成っていることを知っているのだ。

美樹はこの手の輩を引っ掛けて、ただ酒を飲む気が満々だったのである。

完全に水樹の悪癖を真似ている。

帰り3人はタクシーでユニオンに帰って行ったが、エリカは半泣き、美樹は不貞腐れて黙っている。

その日は寮では無く家に連れて帰り再度説教だ。

美樹に【何か言うことが有るなら聞いてやる、それから、水樹に報告を入れる】と言う。

美樹は黙っている。

エリカに【お前も言う事があれば聞いてやる、言ってみろ】と言うと、寝きながら

【私が止めなかったから、もっと強く止めようと言わなかったから】とエリカは

泣き出してしまう。

すると美樹が【エリカちゃんは悪くない、エリカちゃんは関係ない、罰するなら

私だけにして先生、どうせ先生も世の中の大人と同じなんでしょ?守りたいのは自分たちの体裁や身分の保身、そうやって邪魔なものを排除して正義を気取っていれば

いいじゃん】と言う。

エリカは号泣して【美樹ちゃんやめて、美樹ちゃん強くなって、世の中から無視

されている人たちを助けたいって言っていたでしょ、美樹ちゃんの里のことも

話してくれて、私のお父様や母様の事も一緒に泣いてくれたから一緒にアカデミー卒業して頑張ろうって言ったでしょ】と美樹に訴える。

美樹はようやく、エリカの顔を見て涙を流す【エリカちゃんは本当に私を止めようと

しただけなんです、それに軽い気持ちで、ただでお酒飲めるかもって思って言ったら、やっぱりボッタくりの連中で、少し痛めつけてやろうって思って】と言う。

ヒロが笑って【お前、タダほど高いものは無いと言う事を覚えておけ、それに十五歳で酒を飲むのは遺法って知らんのか?それを堂々とバカすぎる、アカデミー卒業まで

週末でも外出禁止、その変わり週末はここで、エリカと勉強をすることで今回の事は表には出さない、一から根性を叩きなおしてやる】と言った。

ヒトミに言って部屋を用意してもらい、その日は二人を休ませた。

その日から二人は平日は寮生活、土日はヒロの監視の元ヒトミの家と言う変則的な

内弟子生活が始まった。

翌日、アリサとマリが起きてきて【昨日は大丈夫だったの?何が有ったの?】と聞くので【大した事は無い、週末は美樹とエリカもここで過ごすことに成った、お前たちも面倒を見てやってくれ】と報告するとアリサが驚いて、マリの顔を見るとマリは事情を理解したのか笑っている。


朝食の後、二人に着替えを寮まで取りに行かせている時にヒトミとユウに事情を

話すと二人は大爆笑している。

ヒロが【笑いごとじゃ無い、一歩間違えたら大事件に成っていた】と言うと

ヒトミが【良く言えるわね、あんた学生時代や友歌ちゃんが居なくなった時のこと、

もう忘れたの?アンタの場合何人か大怪我させて、それをユニオンの病院で治療まで

させて、私が色々後始末したのを覚えて無いの?】と言うと

ヒロは【後始末って、金を少し与えて無理やり示談書かせただけじゃないか】と言う。

寮から二人が帰ってきて、アリサと三人で自主練をするというので

行かせていると、美樹の師匠で叔母の水樹(ヒロの師兄弟)から電話があった。

ヒロは美樹が自分で水樹に報告をしたのかと思って電話にでると、

【家の娘が世話に成っているようね?あの子頑張って修行している?】と

とぼけている。

ヒロが【低い声で、水樹姉なかなかユニークに育てて居たようだな、違う意味で

ものすごく頑張ってくれたみたいだ、一日で髪の毛が白髪に成りそうだった】と苦情を訴える。

水樹が大爆笑して【アンタも私にそんな冗談を言えるようになったんだね、だいたいアンタ白髪になるタイプじゃない、禿ていくタイプじゃないか】と言い返す。

ヒロが【誰が禿るか、少しでも禿げたら全財産つぎ込んで最先端で治療するわ】と

言い返す。

水樹が【家の御姫様のことを頼んだよ、私の宝もので私の跡継ぎなんだから】

と言う。

ヒロが【水樹姉、俺の休日を返せ、過労死したらアンタを訴訟してやるからな】

と言うと。

水樹はギャハハと声を出して笑い【アンタ、ユニオンのエージェントに過労死の適用が有ったとは初めて聞く、だいたい武人に土日休日とは片腹痛い、源三先生が聞いたらあの世で泣いているよ】と言う。

ヒロが【あのジジイが涙なんか流すか、だいたいアンタ毎日休日みたいに酒ばっかり

飲んでいて良く言うわ】と言うと。

水樹は【私の肝臓は特別でね、酒を飲んでも普通に戦えるのさ、お前みたいなショボいのと一緒にしてもらったら困るね】と言う。

たしかに水樹は体質的に酔い難い、特別な体質であるのは確かだが肝臓の処理能力は

きっと何処かに歪を与えるとヒロは思っている。

ヒロは【解ったから飲みすぎるなよ、そんでなくても武人の身体はストレスを常に

与えている、いくらアンタでもそろそろ、体に気を配れ】と心配をする。

水樹が【とにかく美樹のことは頼んだよ】と言って電話を切った。



美樹は自分の生徒でもある。

問題は多いが、それヒロはあの水樹が頼み事とはと驚いたが、頼まれなくとも、美樹はすでに自分の

生徒だけに何故か彼女のことを見捨てられない。

水樹達は元々海賊と言われた集団で、自分の土地を持たず、外洋や内海問わず争いに

巻き込まれ、世間から疎外されていた武闘集団だ。

それをヒロの祖父の源三が骨を折り、土地や仕事を与え、自分たちの落ち着ける里と

言うものを初めて持った。

それまでは戦争の道具として、利用されたり、海外での戦闘に参加したりして生業を立てていた。

たまたま源三と縁が有り、海運の仕事を斡旋したり、漁業権を大金で買い取りそれを生業の一つにしたりと出来たのだ。

また源三との縁でユニオンに加盟して、警護などの仕事も出来るようになった。

それでも外の世界とは違い、疎外された目で見られることは大いに有った。

何より元々の文化が違う、郷に入ればと言うがそれは勝手なマジョリティーの言い分である。

それぞれの違いも尊重し合い、共存する配慮が実はマジョリティーには無いのが

人間の性なのである。

きっと源三やその一族にしろ、矢早の里にしてもエリカの一族にしろ、似た境遇は

大なり小なり経験しているのだろ。

現代でも別の意味で、孤立する人は多くいる、現在の社会構造から排除され、孤独に

しか生きれない人達、ある意味、社会からも家族からも理解されず完全に孤立している人間もいる。

引きこもりやニートと言われる人たちも、世間から甘えているとか言われるが、

ほんの少し誰かが寄り添えば彼らも生きる道が違うのでは無いだろうか?

しかしネット社会に引きこもる現在は厄介だ、ネットでは心は救われない。

同じ釜の飯を食べたり、相手のことを自分と違っても受け入れる隣人が必要なのだ。

しかし残念ながらNGOとか綺麗ごとを言ってそれを生業にしている組織の多くは

何故か金と言うものに縛られて団体を運営している。

悪意云々は別にして、何故か世の中はそのように縛られてしまっている。

滅私奉公などと言う言葉は何故か空しく空虚に感じる。

しかしヒロはそんな綺麗ごとではなく、自分に縁の有った娘や任務として関わった人

自分の手の届く範囲だけは愛情なのか解らないが、大事にしたい、公的な正義感とか

そんなものでは無く、人としての縁こそ、自分の為に大事にしようと思っている。

だから無理に手を広げる事には賛成出来ない。

アリサとエリカ、美樹が自主練から帰って来て、遅いランチを取ることにした。


三人がシャワーを浴びている間、ヒロは二八蕎麦をゆで、鳥の胸肉と卵を入れ三人分の軽いランチを作った。

ヒロは動いて無いのでプロテインとサプリで済ますことにした。

ランチの時アリサが美樹に昨日は夜、何処に言って居たの?と聞く。

ヒロが【道に迷って帰りが遅くなって変な奴らに絡まれそうになったんだよな】と

助け舟をだす。

アリサが怪しいと思い美樹の顔を見ると何故かエリカが動揺している。

【エリカちゃん本当に?】とアリサが疑う。

ヒロが【本当だ、そんなに追及するな】と言う。

アリサが【先生、美樹ちゃんの先生の水樹先生ってどんな人?】と聞く。

ヒロが【何でだ?気になるか?】聞くとアリサが【美樹ちゃんがその話をやたらと

してくるから、先生とも兄弟みたいな仲だって言っていたし】と言う。

ヒロが笑って【俺の爺さんも水樹姉を可愛がって教えて居たからな

爺さんも今思えば苦労したと思うぞ】と言う。

アリサが【水樹先生は強かったの?】と聞く。

ヒロが【そうだな、集団で水の上で戦ったら、水樹姉の部隊は最強の部隊の

一つだった、勿論、水樹姉の個人の武力も凄いけど何故か部下に人望が厚く、

お前の父様も俺も水樹姉の部隊で前線に出ていたんだ、みんなの姉御みたいな

存在だった】と答えた。

アリサが【美樹ちゃんみたいに自由過ぎたら、だれもついて行かなくなる。

確かに可愛い所も有ってなんか放って置けないタイプだけど】と言うと。

ヒロは笑ってしまうが【そうだな、でもそれが美樹の良い所に変わるかもしれない、アリサが姉様として長い目で導いてやるんだ、それもお前に取っても良い修行

になる。アリサが将来また自分の弟子を持つときに色々解ってくる】と言う。

まるでそれはヒロが自分に暗示をかけて居るようにヒロ自身も感じた。

ヒロは部屋で美樹の勉強を見ているエリカを下に呼んで大変だけど、

美樹の勉強を見るように頼んだ。エリカは勉強や筆記テストが非常に優秀で

アカデミーでもトップの成績だ、そして優しい性格で何故か美樹とも波長が

合うようだ。

ヒロは副業にもしている、為替取引やモルトウイスキーの古酒、金の先物取引の

チャートや値段の動きを確認分析し後、アリサを連れて買い物に出ることにした。

アリサに何が食べたい?と聞くと久しぶりにエスニックな物が食べたいと言う。実はこれはヒロが苦手な物の一つだ。

アリサが何故エスニックなものが好きなのかも知っている。

アリサの父親が好きで、それを母親が得意料理にして、それが娘のアリサにも

影響しているのだ。

ヒロは心の中でこれをユンチャオの呪いと呼んでいる。

元々同じ部隊でアリサの父とヒロの兄貴分だったユンチャオがなんにでも

エスニックな味付けを戦場でしてタイ料理風にしてしまう。

ヒロはこれに辟易としていたが、アリサの父(俊人)は大好きになった。

言った手前仕方なく、了承してガイヤーン風のエスニック料理を作ることに。

これは昔ユンチャオに習い作り方を覚えたがヒロ自身は箸をつける気にならない。

自分のためにスーパーに出ていた上物のイシガキ鯛を買い刺身とアラ煮を作り

その他タコとイカも刺身にした。

エリカの里で作られたジャガイモがスーパーに有ったのでそれで肉じゃがも作った。ヒロの肉じゃがは、牛すじ肉を使う、圧量鍋で時短で美味しく作れるのだ。

夕食の準備が終わりマリとヒトミ、ユウがかえって来て、夕食が始まる。

いつものように、ヒトミはワイン、ユウはビールヒロは奈良県の日本酒みむろ杉、

の純米吟醸を飲む。

娘たちはペリエの炭酸水を飲んでいる。

ヒトミが美樹に【今日はテキーラじゃ無くて良かったの?】と聞く。

ヒロがあわてて【姉ちゃんなにを言っているんだ】と制すると。

【何を言っているのアンタも十六歳の頃、水樹ちゃんに付き合って飲んで

いたでしょう】と言う。

【あれは水樹姉に無理やり飲まされていたの、戦場で仕方なく付き合ってやってい

たんだよ】と言うと。

美樹が【先生の部屋の中や冷蔵庫を探したら、ウイスキーと日本酒ばかりで私の好きなスピリッツが無かったんです】と答える。

ヒトミとユウが爆笑するがヒロは引きつり、【お前いつの間に勝手に探しているんだ

勝手に俺の酒飲んでも良い訳ないだろ】と怒る。

ユウが【なんか賑やかに成って楽しいわね】と言うと。

ヒロが【こっちは笑いごとじゃ無い】と怒る。

アリサがタイ風に作った焼き鳥ガイヤーンを美味しそうに食べていると

ヒトミが【懐かしいわね】と自分も箸で皿にとり食べる。

【この味、ハヤト君もユンチャオ君も好きだった味ね】とヒロに言うと

ヒロは【俺はこの味をタイ人の呪いの味と呼んでいる】と言う。

ヒトミが【何を言っているの、美味しいじゃない】と言うと

【戦いの間、何にでもパクチーで味付けされてみろ、呪いの味に変わるから、兄貴の奴こんな呪いを残して先に意ってしまって】と思い出し目が潤む。

ヒトミが【そうね、二人とも皆から愛されているのに悲しみを残して逝って、

こんな可愛い娘を残して】と言う。

アリサに【貴女はその分、幸せにならないとダメよ】と言う。

アリサが【私、幸せですよ。先生や皆に出会えてマリちゃんにも会えて】と言う。

ユウがアリサを抱きしめて【貴女って可愛過ぎる、マリちゃんや美樹ちゃんもエリカちゃんも一度に妹が沢山できて嬉しい】と喜ぶ。

ヒロが【なんか俺の存在がよほど嫌だったように感じるけど、気のせいか?】と

ユウに聞くと、【兄ちゃんと二人の時は根暗が映りそうで嫌なのよ】とショックな発言をする。ヒロがため息をつき日本酒を冷蔵庫にしまって、ハイランドモルトの

タリスカー21年をグラスに注ぎ飲みだすと、ユウが【そう言うところよ】と

ヒロに言う。

ヒトミが【二人とも仲良くしなさい】と窘めると美樹がこっそりヒロのウイスキーのグラスを持って飲もうとしている。

アリサが【何やっているの。と注意をすると】美樹が【先生が飲み過ぎないように】と言い訳をする。

ヒトミは爆笑してエリカが心配そうな顔で見ている、なんだか、まだまだ波乱が

起きそうな予感である。

月曜日からまたアカデミーの授業が始まり、美樹とエリカは寮に帰り、ヒロとアリサも授業をする。アカデミーでの実戦の訓練、授業は大きく分けて二つのシュミレーションで行われる。ユニオンのエージェントの現場もそうだ。

一つは戦場を想定した戦い方、もう一つは非戦闘地域での戦い方。

どちらも相手を無力化することが目的だが、こちらの使える武器も相手の武器も

大きく違う。

現代のユニオンでもドローンやAiを駆使した戦いもするが、戦場では相手の武器の無力化を目的とする。

敵をいかに拘束するかで作戦の危険度は大きく変わる上に、必要な戦闘人数も

大きく変わる。

ユニオンの兵器は大きな火力や威力に頼るのではなく、的確に相手の兵器を

無力化することに特化して作られている。

ドローン兵器を扱う部隊はヒロ達とは、違い懸隔で科学技術のみで相手の武器を

無力化するがその後、人間力でヒロ達のようなエージェントが動く作戦が

多く使われる。

非戦闘地域での想定によっては使える武器が限られる。

勿論相手も同様だが、その場合ユニオンのエージェントは超小型のドローンを

使用しての情報収取や戦いをヒロ達エージェントが求められる。

そして徒手格闘戦での能力も大きく求められる。

勿論銃器を扱う場合も有るがその場合もユニオンの武器の目的は相手の殺傷では無く

相手を無力化することに特化した武器を使う。

ヒロは折り鶴と呼ばれるユニオンが開発した手裏剣の名手でもある。

これにも多くの科学技術が織り込まれていて、相手の視力を瞬間奪ったり、

時には意識を奪う薬剤を散布したり出来る。

この薬剤は戦場でも使う事が有るが、ユニオンの医療部の薬剤開発チームが

開発したものである。

後遺症が残らないように対処薬も開発されている。

ユニオンの武器の最大の問題とも言えるのは、そのコストである。

一つの武器や装備には莫大なコストが必要で大量生産も不可能だ。

ヒロがエージェントの増員に反対する、もう一つ理由でもある。

しかしそのような武器を開発する目的の一つは、敵の殺傷をなるべく

避けるためだ。

人が多く死ねば恨みが恨みを呼び戦いが泥沼化して、両者のダメージや

疲弊も増すばかりである。

ユニオンの目的は戦いでは無く、共存のための和解で戦わず共存出来るのが 

最良であることは間違い無い。

戦いが泥沼化して大国が兵を引きその後、長年戦地に成った国も大国も回復のため

多くの犠牲や経済損失を払う必要が有ったケースは歴史の中で多く存在する。

中にはそれで肥え太る連中も存在するが、それは一部だけで、その犠牲を多くの人が払う羽目になるのだ。

勿論そのような人間に踊らされ、争いに熱中する人も自業自得と言えなく無いのだが

ヒロは無知な人間の命を利用し、肥え太る人間には殺意を覚えることが有るのだった。

アカデミーが始まり、1か月が過ぎ5月に入った頃、ロンが日本にやって来た、

ロンは年齢不詳だが古くからの源三と武縁があり、敵の時も戦友の時も有った人物で

ヒロに中国武術を教えた師匠でもある。

ユニオンの最古参の一人だが、推測年齢と見た目が一致しない謎の人物で

ヒロは悪意を込めてマリアとロンをユニオンの2大悪魔と呼んでいる。

マリアが魔女ならばロンは仙人であろう、事実、ロンの食事はまるで仙人で仙薬や

薬草の入った薬膳のような食事をしている。

ロンの元でヒロが二人で修行した時、体重が激減したり、その食事で幻想を感じたりする。

変な脳内物質が出て来てると感じる事がある。

ロンがアカデミーに顔を出してヒロに挨拶に来たとき、ヒロは何故か一瞬、目の前が

真っ暗に成った気がした、勿論、本当に暗くなった訳では無くヒロの心理状態の

話である。

ヒロは気を取り直し、【本当に来たんだな、びっくりポンのビックサプライズ

だぜ】と言うと、ロンは【ヒロの言葉は意味不明すぎます、

まともな言葉を使いなさい】と早速、説教が始まる。

ヒロが【わざわざ、師父にお出まし戴き恐悦至極でございますが、 

そのような、お手間をお掛けして心苦しいのです】と言い直した。

ロンは【マリアさんから、貴方と生徒たちに私の武を少しでも

伝えるよう、お願いされたので来たのです】と答える。

ヒロは心でありがた迷惑な話だと思いながら【どれくらい、日本に滞在するんだ?】と聞く。

【三か月位を予定しています、早速、明日あなたがどれくらい成長したか

組手をしてみましょう】と言い。

【生徒も集め挨拶の時に組手を見せ参考にしてもらいましょう】と言う。

ヒロは本当に目眩を覚えた、予測をしていた最悪の設定で、

最悪のシュチュエーションである。

ロンはヒトミにも挨拶して今日は宿舎に戻ると告げて帰っていったが、

ヒロはアカデミーで授業の間も明日の組手の事を考えていた。

色々、考えるがロンに目に見える穴があるとは考えにくい。

接近を許せばアッという間に死角に回られ必殺の発勁を打たれてしまう。

常に正面にロンを捉えてカウンターの後の先を狙うしか勝機は無いが、

口で言うほど簡単な話では無い。

ヒロの打撃は連打でも一撃でも当たれば相手を倒すパターンや攻撃力を持っているがあくまでも、ヒロの間合いや呼吸の範囲でのこと。

常に死角を取られたり、間合いを外されたりすれば攻撃の威力も

空砲の大砲と同じである。

翌日、アカデミーの生徒や教師、全員が修練所に集まり、

ロンが自己紹介と挨拶をして、ヒロとの模範組手を行うことになった。

審判を置かず時間も決めずに始めることに。

ヒロは覚悟を決め、排水の陣である。

唯一の戦略は修行場の地の利の四隅の一角を使う事。

これで早々に死角を取られることは無い。

以外にもロンは正面からの長打、空手で言えば左の直突きの飛び込み突きで

攻撃をしてきた。

ヒロは虚を突かれはしたが、左構え(右足前)に体を入れ替え

右手でロンの突きをさばきロンの懐に入り必殺の頭突きで顎を狙う。

遠慮なしの一撃必殺の技である。

カウンターで有ってもロンがこの技をまともに食らう事は有り得ない上


必殺の覚悟の技で無ければ、合わせ技を喰らい自分が倒されてしまう。

ロンに頭が届くか届かないかの距離でロンが軽気功でふわりと左斜め後ろに下がり

距離を取る。

ヒロが右足前の状態のまま、右足でロンの左足に俊足のローを放つ。

ヒロのローキックは古式ムエタイの達人。ユンチャオ直伝の上、ヒロの脚力は

スクワット350kgをフルスクワットで挙げる。

まともにヒットすれば人が宙に一回転して倒れる威力だ。

ロンは一歩前に出て太ももで流し掌底でヒロの喉にのど輪のような攻撃を入れる。

ヒロは顎を引き硬気功で、のどを守りながら右手でロンの腕を払い

左下突き(ボディーフック)をロンに打つがヒットはしたが何故か

手ごたえが感じない、柔の呼吸で打撃を殺されたのだ。

これはヒロには出来ない、中国拳法の打撃の封じかただが、この下突き

さえ封じられることはヒロには精神的ダメージが大きい。

かぎ突き(横からのボディーフック)や三日月蹴り(斜めから入る蹴り)が

肋骨にヒット出来ればダメージを与えられるがロン相手ではリスクが高く当たる気がしない。先ほどのロンの喉への打撃で呼吸が乱れているが、距離を自ら取り直し、

逃れの呼吸で呼吸を整える。

それを見てロンがにやりと笑うとヒロはイラつき心が乱れる。

ロンに通用するのはやはりダメージ覚悟でユンチャオから学んだローキックで

足にダメージを与えた上で密着した間合いからの発勁での短打以外無い。

ヒロはスキを作らず遠い間合いから色んな角度で膝や膝下、ふくらはぎ、

足首の横などの急所を狙い何種類かのローキックを放ちロンのフットワークや

発勁を封じる作戦に出た何発かヒットして手ごたえも有ったがそのリズムをロンに

読まれ見えない角度からロンの短いストッピングのような前蹴りがヒロの

水月(みぞおち)に入った。

普通なら息が出来なくなり床でもがき苦しむ激痛が走るが

あぶら汗を掻きながらヒロが構えを解かず我慢してると、ロンが

【ここまでにしましょう】と距離を取り残心を残しながら礼をする。

館内から拍手が起こるがヒロは痛みの苦しみと手も足も出なかった、くやしさで

その時の記憶はハッキリ覚えてなかった。

ロッカー室でしばらく休んでいると、シュウが心配して見に来た。

シュウが【凄い組手だったな兄様】と言うと、ヒロは

【何が凄い物か、あれはロンの力の半分も出て居ない、完全に弄ばれただけだ】

と言う。

シュウが【兄様の下段も凄い音で当たって響いていた】と言うと。

ヒロが【くそ、当たっても倒せない技なんかただの、演武だ】と言う。


更に【急所に当ているのに効いた気配さえない】と言う。

シュウが【あれがロン先生か、なんであんなに若いんだ?】と聞くと。

ヒロが【化け物なんだよ、化け物、お前のとこのババ様や、うちの死んだジジイと

同じで人間では無いとしか思えない】と言う

シュウが【兄様の下突きがヒットしてなにも効かないなんて本当の

仙人かもしれないな】と言うと

【ボディーに当たった打撃を化勁で逃がすなんて人間に出来るとは思えない。

しかもストッピングの前蹴りで発勁するなんて、3か月あの変態と修行する身に

成ってみろ】とヒロがぼやく。

ロンが日本に来て、アカデミーで授業を行い生徒に戦闘のおける理論や技術を

教えながら、ヒロとアリサにも修行を付ける日々が続いた。

ヒロには主に戦闘中の脳の使いかたと、それを利用した身体を操る技術。

アリサには八卦掌や長拳や武器術の身体法や歩法をさらに変幻自在に

使えるように修行を付けた。

ロンの帰る日が近くなるある日、ロンが水樹を訪ねたいと言うので、

土曜日を利用して二人で尋ねることに。

久しぶりに会う水樹は少し瘦せていて、小さくに感じる。

ロンが水樹に【お久しぶりですね、これは特別に中国から取り寄せた

秘伝の薬草です、お湯で煎じて寝る前か夕食前に毎日飲んでください】と手渡す。

ヒロが心配して、【水樹姉、すこし痩せたんじゃないか?マジで飲むのを

控えろよ】と言う。

水樹が笑って【私もアンタに心配されるようじゃ、焼きが回ったね。

心配しなくても大丈夫だよ、それより美樹は元気で頑張っているか?】と聞く。

ヒロが【やんちゃだけど、水樹姉に似てクラスで人気があるようだ。

エリカと言う親友も出来てやんちゃしながら誰より修行は頑張っている】と答える。

そして【来年の3月のアカデミーが終わる頃まで、責任もってエージェントとして

働けるようにして、水樹姉に返すよ】と言った。

水樹が【楽しみだね、あの娘が成長したのを見るのが】と言うと。

ヒロが【いつか姉ちゃん以上のエージェントになれる才能は有ると思うよ。

だからそれまで姉ちゃんも少し酒を控えて元気でいろよ】と言う。

長年の激しい戦いを勝ち抜くため酷使した身体と、非常識な酒量のため

水樹の一族の多くは長生きするものは少なかった。

一族を守るため誰よりも前線で激しい戦いをして毎日大量の酒を飲む習慣の水樹の

身体は恐らく疲弊して来たことをヒロは感じた。

これはヒロの祖父、源三も同じだし、昭和以前の肉体労働の人々の多くも同様に長生きの人は少ない。

それくらい昔の人間は肉体を酷使して来たと言える。

水樹の所からの帰り、ロンはヒロに悲しい事実を告げる、【水樹さんはもうそんなに長くは生きることは難しいでしょう、でもその魂は貴方や美樹と言う娘に引き継がれるのです、我々人間はそんなことを繰り返して、進化をして来たのです、貴方には私の武も継承して戴く必要が有ります、今期のアカデミーが終了したら、貴方とアリサには私の道場に来て頂きます】と告げる。

ヒロにとっては地獄への招待状のような宣告で有るが、このシュチュエーションで

断ることは出来なかった。

その地獄の先には進化が有ることも確信が有る。 

ロンの武は人間には想像も付かない高みに有るのも確かだ。

家に帰ると沖縄の海人のゲンから荷物が届いていた。

すこし前にゲンにモルトのスコッチウイスキーを送ったお礼に、沖縄の食材を冷蔵や

冷凍で送って来たのだ。

アグー(沖縄豚)の冷凍肉やスーチカ(塩づけ)冷凍軍鶏肉や軍鶏刺し、

そしてヤギ刺しなど、たっぷりの食材であった。

ヒロはそれらを料理して軍鶏鍋や軍鶏刺し、ヤギ刺し、スーチカなどを作り皆で夕食を食べた。

ヒトミ夫婦、ユウ、娘たちも一緒だ。

ヒロがビールを飲んでいるとヒトミが【水樹ちゃんの所に行って来たの?】と聞く。すると美樹が【先生は元気そうだった?】とヒロに聞く。

ヒロが【元気だったよ、お前のことを心配していたから、一生懸命修行していると

伝えた、早く一人前になって水樹姉に恩返しをしないと】言うと

美樹が【私、もっと修行して頑張って強くなる】と言う。

ヒロが【月曜から、もっと実戦に即したお前の足りない部分を修行していく

お前は攻撃は十分身に付いてきたけど、相手の攻撃をさせない技術や間合いを取る

技術が足りない。絶対に大怪我や致命傷にならない戦い方を身に付ける必要がある】

と言った。

水樹の一族の秘伝には攻撃と守りを攻防一体で行う秘伝の型があるがそれには守りの意識からの交差法を身に付ける必要がある。

また水樹には源三から学んだ太極拳の化勁が使え一族の秘伝と合わせ

戦いのシュチュエーションで舎己従人の動きから攻防一体の交差法に移り相手を倒す

水樹独特の戦い方を編み出している。

美樹が【アリサ姉さまが使う歩法を教えて下さい】と言うので

ヒロが【美樹には美樹の風格、戦い方が有る、それに最適な攻防や型式を教えていく

技にはどれが強くてどれが弱いと言うのは無いのは教えただろ、要は使い方で

ジャンケンでチョキを出すかグーを出すかだ】と言い。

【その状況の中で、自分の引き出しの中から最適な戦術を瞬時に使えることが

大切だ、そのためには型や術式を完全に理解して身に付け無意識にどんな状況でも

自分の技から最善の戦いが出来るようにすること、極端な例えだが相手を倒さなくても全てジャンケンで言えば相子でも良い、そのうち相手の出す技の綻びが見えて来る、相手が強ければそれを判断して危険を回避するのも一つの強さだ】と言う。

美樹が【エーッ?それって引き分けか逃げるのも有りって事?なんか私の戦い方

じゃ無い】と言うと。

ヒロはため息をつき【バカたれ、だからアリサにやられたんだ、アリサは過去、

苦い思いをしてそれを理解して今の戦い方を身に付けた、お前はまずそこから修行で

実感させる必要が有るな、俺が直接しごいて行くから覚悟しておけ】と言う。

やがて、ロンは日本のアカデミーから他の任務につき、八月を迎えた。

八月にもアカデミーは開かれているが、座学の授業は休みで実戦の

講義の枠だけで、ヒロやアリサも授業の枠は半分に減る。

その時間を美樹とエリカ、他にも希望者が居れば、実技の指導に充てた。

ヒロとアリサにすればボランティア活動だが、それは自分の修行の再確認にもなる。

武術の修行と言えば映画などで派手なシーンを想像する人も多いが、大半は地味な

動作の繰り返しである。

勿論、組手やスパーリングなども必要だが、格闘技でも延々とシャドーを

何ラウンドも、行うとかサンドバックを延々と殴り続けるなど、地味なものである。

昭和の後期あるプロの格闘家がレジェンドのキックの元チャンピオンに教えを請いに出稽古にいった。

そのレジェンドの道場はラーメン店の2階にあり、レジェンドはその格闘家に

俺が良いと言うまでサンドバックを叩くよう、彼に言った。

三十分、一時間たってもレジェンドは下の自分の店でラーメンの仕込みをしながら

サンドバックの音だけを聞いていて声をかけてくれなかったそうだ。

それでもレジェンドの指導でさぼる事も手を抜く事も出来ない。

二時間がたちほとんど身体に力が入らない脱力して無意識で技を出し続け、三時間

近くたったころ、その音を聞いてレジェンドが二階に上がって来てサンドバックを

打っている彼を見て、その感覚を忘れるなと言って、その日は指導を終えた。

つまり脱力して無意識に出した技こそ彼が身に付けた技で、それをいかにして進化

させることが出来るかが修行であり、練習だと言う事なのだ。

勿論コンビネーションの組み立てなどを考えて、それを身に付けて行くのは必要だがそれを試合で出せるには、無意識になるくらい練習をして初めてそれが自分の技になると言う事である。

プロ野球の選手が夜何時間も素振りでばぅとを振るのも同じ意味だ。

厳しい修行を経て、エリカも美樹もアカデミーを卒業できた。

その頃娘のマリもマリアの元に帰り新しい修行を初めていった。

本格的にマリアの跡継ぎとしての教育を受けるためである。

美樹とエリカはヒロの元で一回り成長して、多くの技も身に付けたが、

ヒロには心配の種がまだまだ有った、特に美樹が良く言えば子供らしさが

残っているとも言えるが、要はまだまだ、ガキンチョでやんちゃ盛りなのだ。

しかし、水樹の所で時間を過ごさせ水樹の技や魂を少しでも美樹の心に残して

やることをヒロは決めていたのだ。

ヒロは源三と最後の時期を過ごしたことに水樹と美樹を重ねて居たのだ。







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愚才な武人と天才少女たちの魂の伝承七章  アカデミー第二期での新たな出会い 不自由な新自由主義の反乱児 @tbwku42263

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