第2話 恋のレシーブ♥女先生きらきら光るの巻
私の名前は真咲マサカ。身長149cm、体重39kgのお姫様体型な高校1年生。セットに40分かかる黒髪ツインテと、大きなピンクのリボンがトレードマークなのだ。
突然だけど、王子様って何だろうか。私の前に颯爽と現れてピンチを救ってくれる人……鬱屈した日常から私を連れ出してくれる人……ずっと私の側に居て安心させてくれる人……言い方は色々あるけど、王子様とはつまり私にとっての救世主。ヒーローってことだと思うんだよね。
私はそんな王子様がいつ来てもいいように日々努力を重ねてるわけなんだけど、相手は別に男の子じゃなくてもいいと思う。私が求めるヒーローの要件に性別は入ってないし、今は多様性の時代だもん。ちゃんと私を見てくれる人なら女でも……何なら年上だって何ら問題ないんじゃないかな。
(そう、例えばスラッと背が高くて、芋なジャージ越しでもしなやかな手足がわかるぐらいスタイル良くて、それでいてお顔とか髪型はフェミニンな感じでぽわぽわしててぇ……こう優しく抱き締められたくなるような人とかね、良いよね)
今は体育の授業中。私が熱視線を送っているのは、体育教師の三上サヤ先生だ。去年採用試験に受かったばかりの新米先生なんだけど、アイドル並みの容姿と親しみやすい性格で早くも生徒から大人気。私も赴任式で見た時その可愛さにハートを射抜かれたクチだ。でも体育館の壁際に立ってバレーコートを見守っている彼女の姿は、やっぱり教師って感じで凛々しくもあって……見ているだけでキュンキュンしちゃう。
しかもこの人、うちのクラスの担任でもあるから私としては毎日ご尊顔を拝み放題で至福この上ないんだよね。
(私の王子様……案外サヤ先生みたいな大人の女性だったりするかもしれないよね。ああ〜守られたい。メンタル無理な時とかデロデロに甘やかされたい。あの笑顔で毎日癒やされてみたいよぉ〜)
と、私がメロメロ状態でコートにぼっ立ちしていた時だった。
「あっ御免あそばせーーーーッ!!」
斜め45°の上空から切れの良いスパイクが飛んで来て、私の顔面に直撃した。
「ぶぶかっ!?」
スピンのかかったバレーボールに鼻っ柱を叩き潰され、コートにひっくり返る私。チカチカと明滅する視界には、ゴミを見るような目で見下ろすチームメイトの顔が代わる代わる映り込む。
「おーっほっほっほ!! これはまた派手にぶち当たりましたわねぇ!! でも真咲さんがいけないんですのよ? 試合中にボケッとなさるから」
試合は一時中断。ネットをくぐって高笑を浴びせて来たのは、クラスメイトの蝶貴さんだ。彼女は明治から続く大財閥の令嬢で、恵まれた生まれから来るきっぷの良さが皆から慕われている。少し目つきがキツイけど、ボリューミーな縦ロールの髪を毎朝自分でセットしているらしい努力の人だ。努力する人って親近感湧いちゃうナ!
「うぶぶ……ごっ、ごべんなざい蝶貴ざんっ……すぐ立ちますから」
「まままま! お待ちになって。まずその鼻血を止めるのが先決ですわ」
蝶貴さんはそう言うと、体操着のポケットからハンカチを取り出した。さらさらした生地に綺麗な縁取りがされたそのハンカチを、蝶貴さんは私の目の前でヒラヒラと広げて見せて……
「ちーーーーーーーーーんッ」
それで自分の鼻を思い切りかんだ。流石令嬢、鼻かんでる顔までどこか優雅に見える……なんて私が思っていると、鼻水のついたハンカチがそのままべちょりと顔の上に置かれた。
「んんっ!?」
水っぱなで湿ったハンカチの冷たさにビクッとする私。それを見て蝶貴さんが再び高笑いする。周りの子たちも彼女の豪快な笑いっぷりに釣られてゲラゲラ笑う。
「おっほほほ……ひぃー可笑しい! わたくしの鼻紙で良ければどうぞお使いになって? 地雷系の鼻血は除染不可能ですので返却は結構。そちらで処理しておいてくださいまし。それでは皆さん、試合を再開いたしましょう! 負傷者はとっとと捌けた捌けた」
蝶貴さんはそう言って白魚のような手をシッシッと払う。それを受けて、彼女のチームメイトたちが私をコート外へ蹴り出そうと動いたその時だった。
「コラー! あなたたち!」
鈴を鳴らすような声が体育館にこだまして、スニーカーが床を踏む音が近付いて来る。
「いじめちゃ駄目じゃない!」
私を庇うように立ち塞がったのはサヤ先生だった。どうやら騒ぎを聞き付けて来てくれたみたい。
「真咲さん大丈夫? ああ……鼻血が出ちゃってるわね。このタオル、綺麗だからしっかり押さえてなさい」
「ひゃっ、ひゃい。はがはが」
口呼吸の私に、サヤ先生は持っていたスポーツタオルを渡してくれた。お言葉に甘えて鼻に押し当てると、何やら甘い香りが鼻孔いっぱい広がった。
(ふ、ふわぁ〜〜〜良い匂い!! これ柔軟剤の香りだけじゃないよね? 今日未使用っぽいとは言え、サヤ先生がいつも持ち歩いてるスポーツタオル……きっと繊維に染み付いた先生の真心が得も言われぬ芳香を発してるんだね。あ〜幸せ。破れた粘膜が癒されていくよう……)
なんて、恍惚とした表情で鼻血を止めている私。一方サヤ先生は私の頭から鼻水つきのハンカチをひっぺがし、丁寧に畳んで蝶貴さんに突き返した。
「蝶貴さん、いつもクラスをまとめてくれて助かるけどこういうのは感心しないわ。一人を公衆の面前で辱めるのが貴女のリーダーシップではないでしょ?」
「まままま! 辱めるだなんて、滅多なことを言うものではありませんわサヤ先生」
蝶貴さんは大げさなリアクションを返しながら、受け取ったハンカチをそのまま隣の生徒にパスする。その光景にサヤ先生の顔が険しくなるのも構わず、蝶貴さんは言葉を続ける。
「わたくしはただ不慮の事故で負傷した真咲さんを気遣っていただけでしてよ。生徒同士の助け合いに妙な邪推をするとは……もしかして教師向いてらっしゃらないのではぁ? ああ嘆かわしい。せいぜい若さが武器になるうちに婚活でもされることをオススメいたしますわ! できるものならですが……おっほほほほ!」
先生相手に怯まないばかりか、公然と嘲笑を浴びせる蝶貴さん。担任の先生をも押さえ事実上クラスを牛耳っている地元名士の娘の胆力ここにありだ。しかし、サヤ先生もこれしきでたじろいだりはしない。
「負傷者が出た場合は担当教諭に報告したのち応急手当、養護教諭に引き継ぐのが決まりです。生徒同士で内々に処理する法はないわ。それと、明らかに前を見ていない真咲さんを狙って貴女がスパイクを打つのをわたしはちゃんと見ています……そのことはきっちり評価に含めますからね。口が立つのも過ぎれば恥ずかしいだけよ、蝶貴さん」
「ぐぬッ……!」
蝶貴さんが言い返せなくなる。どうやら勝負ありのようだ。流石サヤ先生は肝っ玉も最強みたい。蝶貴さんも強かったヨ!
「……さて、ごめんなさい真咲さん。待たせちゃったわね。保健室まで送るわ」
「は、はひっ! ふがふが」
すっかりギャラリー気分だった私は、サヤ先生が差し伸べてくれた手を慌てて取り立ち上がった。先生がそのまま私の手を引いて行こうとしたその時だった。
「ふん! レズビアンの癖に調子に乗らないでくださいまし!」
先生の背中に向かって、蝶貴さんがそう吐き捨てた。その言葉に、先生の肩が一瞬ビクッと震えた気がしたけど……彼女は顔色ひとつ変えずに私を連れて体育館を出たのだった。
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保健室に着くと私は顔の血を拭かれた上で鼻に脱脂綿を詰められ、そのままベッドに寝かせられた。保健の先生に簡単な引継ぎを済ませ、サヤ先生が枕元に来てくれる。
「動くとまた出血するかもしれないから、次の授業までゆっくりしてなさいね。私はあっちに戻るけど……真咲さんは大丈夫?」
仰向けの私を見下ろす、サヤ先生の表情は心配そうだ。きっと蝶貴さんに目を付けられてる私のことを気遣ってくれてるんだろう。大丈夫大丈夫、鼻水つけられるぐらいへっちゃらです。だってマサカはお姫様だから。でも……先生の優しさが妙に染みて、私は思わず布団を頭まで被った。
「うう~……ごめんなさいサヤ先生。私のせいで、あんな酷いこと言われちゃって」
「え?」
サヤ先生の当惑する声が布団越しに聞こえて来る。でも先生はすぐに私の言及する所を察したのか、フフンと笑ってみせた。
「そんなこと気にしてたの? いいのよ。ああいう視線を受け止めてみせるのも、先生の仕事みたいなものだから」
サヤ先生が校内で目立つ理由はもう一つある。それは、彼女が赴任式の挨拶で自らの同性愛をカミングアウトしたからだ。自分の性的嗜好に誇りを持っていると宣言した彼女の言葉には多くの称賛が寄せられたみたいだけど、好奇の目で見られることも少なからずあるようで……さっきの蝶貴さんのように公然と彼女を中傷する人も居る。元が美人な上にこれだから、とにかくサヤ先生は話題に事欠かない人なのだ。
「じゃあ行くわね。……気遣ってくれてありがと。真咲さんは優しいわね」
去り際、サヤ先生はあやすように私の頭をポンポンしてくれた。
(ひゃ、ひゃあああああああん!!)
不意打ちのスキンシップに思わずおしっこ漏れそうになる私。そこから気の利いたリアクションなんて思いつく暇もなく先生は保健室を出て行っちゃって、いっぺんに静けさが訪れた。
(な、なんか……痛みとか色々どっか行っちゃったなぁ〜。日々シバかれてばっかりのマサカだけど、今回は役得かも?)
仕切りカーテンの向こうで保健の先生が書き物をする音を遠く聞きながら、私はサヤ先生に頭を撫でられた感触を繰り返し思い出す。しんどい目にも遭うけど、たまには良いこともある……それが私の日常。いつも通りの毎日だ。
(そう、いつも通り……なんだよね。昨日私、6人も人を殺したっていうのに……)
ふとそんなことを思い、私は体操着の下に忍ばせていたゴッドマサカリに手をやった。昨日、女子トイレを一面血に染めたこの凶器だけど、私はこれを未だ手放せずお守りみたいに持っているのだ。
(おじいちゃんがくれたゴッドマサカリの所為で、私とんでもないことしちゃった。でも、今私が何食わぬ顔でここに居られるのも間違いなくこれのおかげなんだよねぇ……)
美々美ちゃんとその取り巻きをことごとく惨殺した後、私は血と脂にまみれたタイルにへたり込んで途方に暮れていた。じきに人が来てこの地獄絵図を発見する。そうなればすぐに警察が呼ばれて私を捕まえに来るのだ。この状況を取り繕う術も、現場を上手いこと隠蔽する力も私にはない……私の人生はここで終わるのだと。
そんな絶望に私が飲み込まれそうになった時だった。目の前に転がっている死体が皆青白い炎に包まれ、やがて蜃気楼のようにぼやけて消えた。一面に広がった血の海や、私自身が被った返り血さえもそうだ。まるで人魂のような冷たい火にまかれ、一瞬で蒸発するように消え失せた。後には何も残らなかった。血の染み一つも、焦げ跡さえも残らなかったのだ。
だから私はそのまま帰った。いつしか小さな飾りの姿に戻っていたゴッドマサカリを再びポケットに入れ、いつものように穏やかな下校の途についたのだった。
(……美々美ちゃんたちが死んだなんてニュースは一向に流れて来ない。きっと今日にも捜索願が出て、行方不明ってことになるんだろうな。死体は残ってない。私が殺したなんて誰も思わない。もしかしてこれ、完全犯罪ってやつなのかな?)
ゴッドマサカリで斬られた者は、その痕跡ごと煙のように消失する。それが事実だとすれば、私はほぼノーリスクで殺人を行う力を得たということだ。罪に問われることなく邪魔者を排除する……ある意味人類の究極の願いかもしれない。
(うう〜ブルブル! 考えただけで恐ろしいや。マサカはお姫様だからそんな力欲しくないですよ〜だ! 昨日のはうっかりにうっかりが重なって……そう、事故みたいなものだから!! あんなのに味を占めちゃったら、今度こそ王子様が来なくなっちゃうよ。だから二度としないっ!!)
なんて思ってはいるものの、ここでゴッドマサカリを手放すと何だかその不思議な力が途切れてしまうような気がして……折角隠蔽できた昨日のことが明るみに出たりすると嫌だから、とりあえずほとぼりが冷めるまで携帯しておこうというわけだ。我ながら姑息だけど、しょうがないじゃん。警察になんて捕まりたくないし。
(大丈夫。あんなことはこれっきりだ。これっきり……だよね?)
誰となく問いかけながら、私はゴッドマサカリを胸に押し当てた。体温で温まっている筈なのに、その刃は妙に冷たかった。
《つづく》
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