地雷系の私は“願いを叶える斧”で幸せになる 〜Pretty Legendary MASAKARI Massacre〜

@mirrormanfan1993

第1話 まさかのマサカ!オタクに優しいギャル子ちゃんの巻

 私の名前は真咲マサカ。身長149cm、体重39kgのお姫様体型な高校1年生。セットに40分かかる黒髪ツインテと、大きなピンクのリボンがトレードマークなのだ。


 学校や日常生活でこういう地雷系な格好してると会う人会う人に警戒されるけど、別に威嚇してるわけじゃない。単に人よりちょっと夢見がちで、なりたい姿に近付きたいだけだ。そう、巷で人気のギャルの皆さんと同じで自分磨きってやつだね。


 因みに私のクラスにもギャルが居る。キラキラしてて性格良くて、愛嬌と芯の強さを程良く兼ね備え……そして


「オラッ死ね!!」


「ぐぶあっ!?」


 今まさに、校舎裏で私の土手っ腹に蹴りを入れたのがクラスで一番人気のギャルこと美々美ちゃんだ。因みに、悶絶して胃液を吐いたのが私ね。


「真咲テメェ〜……あーしの大宅くんに色目使いやがって。今度という今度はマジで許さねぇかんな」


 綺麗にネイルされた指で美々美ちゃんが私の頭を掴み上げ、取り巻きの女子二人へ放り投げる。左右から腕を羽交い締めにされながら私は記憶を辿るけど、大宅くんって誰だっけ? 男子の名前なんて全然覚えてな……あっ、もしかして美々美ちゃんが密かにお熱なあの地味メガネくんのこと?


「げほっげほっ……い、色目なんて使ってないよぉ。てかそもそも男子と絡みないし……せいぜいさっきの授業中に消しゴム拾ってあげたぐらいでぎゃばっ!?」


 私が言葉を言い終わらないうちに、美々美ちゃんの腹パンがまた胃の中を裏返す。


「大宅くんは女子に免疫ねぇから消しゴム拾われただけでトキメいちゃうんだよ!! アイツの純朴さに付け込もうったってそうはいかねぇぞ……オラ!! ぼーっとしてんじゃねぇ反省しろッ!! 謝れ地雷系!! 根暗の分際でイキんなゴミカスッ!!」


「おべえっ!? あがばっぶぐうっ!?」


 立て続けの腹パンが私のみぞおちにドカドカ突き刺さる。美々美ちゃん……オタクに優しいのはいいけど好きが溢れて暴走しちゃってるよ。取り巻きの子たちも、美々美ちゃんの好きピに手を出すなんてケシカラン的なことを口々に言ってるけど、私は何も知らん!


「……フ〜ッ、こんなもんか。ご自慢の顔面だけは無傷で勘弁してやるよ。あーしの温情に感激したら、二度と大宅くんに近付くなよ。ギャル舐めんなコノヤロー!!」


 ひとしきり私を殴り終えると、美々美ちゃんはそんな捨て台詞とフローラルな残り香を残して去って行った。すっかり地べたで平べったくなっていた私は、横膈膜が落ち着くのを待ってヨロヨロと立ち上がる。全く酷い目に遭った。


(お〜いたた。人に親切にしただけで嫉妬の対象とは世の中ツライ。近付くなって言われても大宅くん隣の席だし私はどうすれば……いっそアクリル板でパーテーションでも作ろっかなぁ)


 風邪も流行ってるし、感染対策ってことにすれば先生も衝立の一枚ぐらいスルーしてくれるよね……そんなことを考えているうちに下校時刻の鐘が鳴り、今日のお勤めが終了した。シバかれるぐらいへっちゃらです。だってマサカはお姫様なので。


〜〜〜


 百均でアクリル板とそれを支えるスタンド、ついでにホムセンで簡単な工具を揃えて家に帰ると、シンと静まり返った廊下にカタカタとキーボードを打つ音が響いていた。ママは今日ダイニングに居るようだ。


「ママただいま」


「おー」


 テーブルに資料類を山積みにして、ママは執筆に没頭している。今、生返事を返した相手が誰かもわかっていないだろう。赤縁の洒落た眼鏡に映るのはノートパソコンの照り返しだけで、私の姿は影もない。


「ママ、ちょっとDIYするから音出すね。あと口座から3万円貰ったよ」


「おー」


 私のママは売れっ子の小説家なのです。だからお小遣いは無限に出て来るし、毎日高い出前は取り放題、休日は映画見放題、欲しい服だって買い放題。おまけにいくら遅く帰って来ても怒られない。お年頃の私にとって最高の環境だ。


「ありがとママ。明日あたり死なない?」


「おー」


 無視されるぐらいへっちゃらです。だってマサカはお姫様だから。


(さ〜て、ササッとパーテーション作っちゃいますか。自衛は努力! 明日こそ怒られずに一日を終えよう。いや待て先に晩ごはんかなぁ。胃の中身はさっき全部出ちゃったからもうペコペコなんだよね。今日の出前はお寿司かハンバーガーか……そういや近くに天丼屋さんが出来たんだっけ。そこを試してみてもいいかもね)


 出前アプリをポチポチ手繰りながら、私は自分の部屋に入ってドアに鍵をかける。机に向かうと、そこには見慣れない小箱が鎮座していた。


「ん、何だこれ?」


 白木の板で出来たその小箱には手紙が添えてあった。取り上げて差出人を見ると、「真咲テッサイ」と署名してある。テッサイ……どこかで見たことのある名前だ。


(そうだ、私のおじいちゃんだ。とは言っても生まれてこの方顔も見たことなかったんだけど、先週亡くなったから葬儀には出たんだった。そこで名前を見たんだ)


 これはおじいちゃんからの贈り物……ということになるんだろうか。家に届く荷物や郵便物は、ママの担当編集さんがいつも仕分けてくれている。これが私の部屋に置かれているということは、まず間違いなく私宛なんだろうけど。


(なんか怖い……ろくに面識もない孫に一体何をくれるっていうの? しかも死に際に)


 とは言え中身は気になるので、私は小箱の蓋を恐る恐る取ってみた。白木の匂いがワッと立ち上り、ウレタン製の梱包材に囲まれたその“物”が姿を現す。


「……斧?」


 中に入っていたのは、斧の形をした長さ10cmぐらいの飾りだった。一枚物の金属板を叩いて伸ばしたその上にメッキが施してあって、マットな金色が上品だ。反面、斧の刃は根元がくびれたいかついデザインになっていて、触るのが怖いぐらい。アクセサリー……にしてはデカすぎるから、さしずめクリスマスツリーに飾るオーナメントってところかな? おじいちゃんの私物だったのだろうか。これが?


(手紙は……なになに、愛する孫、マサカへ。此れが其方に届く頃、儂はこの世に居ないであろう。生前祖父らしきことの一つも出来なかったこと甚だ慚愧に耐えず、詫びの品を贈呈するもの也。此れは南米の部族に伝わりし宝武具でゴッドマサカリと言う。持ち主の強い願いに応え、欲する処を叶える無類の願望器也。此のゴッドマサカリを以て、貴殿が己が生を楽しまれんことを切に願う。真咲テッサイ。……めっちゃ固い文章〜、きっと偏屈なおじいちゃんだったんだろうなぁ)


 宝武具とか願望器とか、耳慣れない単語の意味はちょっとわからなかった。やっぱり不気味さは拭えないけど、要はこれ私の幸せを願って贈ってくれたんだよね? そう思うと嬉しい、かも?


(愛する孫……か。えへへ)


 何だかくすぐったくなってしまった私は、そのゴッドマサカリとやらを箱から出して眺めてみた。手に取ると金属板がひんやりしてて、さらさらした手触りが案外悪くない。刃の部分も別に切れるわけじゃなさそうだ。折角なので、私はこれをお守りとして持ち歩いてみることにした。神頼みは努力! 話したこともないおじいちゃんの心遣い、しかと受け取ったからね。


〜〜〜


 そして次の日。


「オラッ死ね!!」


「ぶべらっ!?」


 放課後、私は美々美ちゃんにトイレに連れ込まれ、そこでまた土手っ腹に穴が開くほど蹴ったくられていた。今日は別に何もしてないと思うんだけど、なにゆえ!?


「真咲テメェ〜……よくもあーしの大宅くんをコケにしてくれやがったな。机に変なモン立てやがって、人の好きピをバイ菌扱いとは良い度胸じゃねぇか! あーっ!」


 見事に反り返ったまつ毛で私を威嚇しながら、美々美ちゃんが怒る。うるうるリップの間から牙が出そうなぐらいだ。


「そ、そんな……いやだって、大宅くんと物理的に距離を置くにはもう衝立置くぐらいしかぼぺえっ!?」


「大宅くん悲しんでたじゃねーか!!」


 美々美ちゃんが爪の長い指を器用に握り込み、私の横っ面にグーパンチを入れた。とうとう顔に来たよ。今日の取り巻きは見張りを含めて5人も居るし、もしかしなくてもめっちゃ怒ってるよこの人。


(まずった……調子に乗ってパーテーションをガチにしすぎた。百均のプラ製スタンドが思いの外ぐらついたから、アクリル板をL字金具で挟んでそれをボルトで机の天面に固定したんだけど……そうだよね。本格的な感染対策が隣の席で行われてたら誰だって傷つくよね!)


「オラッ思い知れ! 後悔しろッ! 人を穢れ扱いすんのは最悪のイジメなんだよ! あーしの好きピに陰湿な真似する奴はこうだ! こうこう! こうだーッ!!」


「おうっ!? おうっぐぶあっ、ぶべっぶぼあっ!?」


 私の襟首を掴み、顔面に連続パンチを見舞う美々美ちゃん。鼻を潰され、口内を切り、まぶたを腫らされ、私の意識が混濁していく。


(……結局こうなのかな。毎日可愛くしてたって、思いつく限り努力したって、私は所詮虐げられるだけの存在なのかな。うん、きっとそうなんだ。実の親も、オタクに優しいギャルも、いつか来る王子様も、どうせ私のことなんか……)


 思考が儚みモードに入ると同時に膝から力が抜け、私はトイレの床に倒れ込んだ。すると美々美ちゃんの取り巻きが私を仰向けにひっくり返し、脚を開かせ美々美ちゃんの方へ向けた。


「さて、と。そろそろお仕置きのフィナーレといこうじゃん」


 虚ろな目を凝らして見ると、美々美ちゃんの手にはいつしか掃除用のモップが握られていた。待って、それをどうする気?


「あーたん、けいたん、こいつのパンツ脱がしちゃって」


 嫌な予感は的中し、取り巻き二人が私の体を押さえ込んで無理矢理ぱんつをずり下げる。そして美々美ちゃんが私の前に屈み込み、モップの柄をスカートの中に差し入れて来た。これからされる仕打ちの内容を確信し、私の全身に悪寒が走る。


「人の恋路を邪魔した罪は、あんたのバージンで償ってもらうわ」


「やっ、やだーーーーっ!!」


 センチになってる場合じゃないことを悟り、私は手足をばたつかせる。いつか大事な人に捧げるためのモノをモップなんかに取られちゃ堪らない。てかそれ以前に絶対痛いでしょそれ!?


「わーん! 離してっ、離してよぉ! こんなのやだっ……ママーーーーーっ!!」


「うっせぇ叫ぶな! あーたんけいたん、ちゃんと口塞いでよ何やってんの!」


 美々美ちゃんが一喝すると、取り巻きの一人が私の口を鼻ごと手で覆った。周りに控えていたのや外の見張りもぞろぞろやって来て、私の腕を、脚を、頭を体をホールドしていく。抵抗虚しく完全に自由を奪われ、もう涙しか出ない私。やがてスカートがかき分けられ、大事な所にモップの冷たい柄の先がヒタッと当たる。


「それじゃ改めまして……ご卒業おめでとうございます! バイバ〜イ!」


 美々美ちゃんがモップに力を込める。


「むぐうっ!?」


 途端に未知の圧迫感が襲い、私は身を震わせた。それはまさに体内に異物が侵入する刹那。人の尊厳が、ガラスの乙女心が、そして何より命が脅かされる一瞬前だ。生命の危機を感じた私の肉体は那由多の速さで警報を発し、神経を伝って全身に駆け巡らせる。そんな防衛本能の迸りがある種のエネルギーを生み、私の制服のポケットに入っていた“物”を目覚めさせた。


「あはは! 今ビクッてしたよコイツ。真咲ぃ〜怖いねぇ! ほら行くよぉ、行っちゃうよぉ〜? ねぇ誰か動画撮ってよ。後でいつメンLINEに投げて……うわっ!?」


 美々美ちゃんが尻餅をつき、モップがカランと床に落ちる。私のポケットから突然まばゆい光が溢れ出したので、それに驚いたのだ。金色に輝くその光の塊は同時に突風にも似た衝撃波を生み、制服を突き破って外へ飛び出す。


(こ、これは! そういや今朝からポッケに入れてた……でも、どういうこと!?)


 光源の正体は、お守りに持っていたゴッドマサカリだった。空中に身を投げ出したその小さな戦刃はどういう物理法則かひとりでに回転を始め、ドローンのような風切り音を立てて私の頭上を旋回する。私は何もしていない。さっきはただ恐怖と絶望の中、届くあてもない願いを頭の中で叫んでいただけだ。


 この人たち死んじゃえばいいのに、と。


 次の瞬間、飛んでいたゴッドマサカリがカーブを描いて急降下し、私の周囲360°を抉るように翔け抜けた。


「えっ」


 私含めその場に居る全員が当惑する中、私の左足を掴んでいた取り巻きの両腕にスーッと赤い切れ目が走り……二の腕の中ほどからぼろりと取れて落ちた。


「……は?」


 美々美ちゃんが瞳孔を見開く間に、他の取り巻きたちの腕にも次々と赤線が入っていき、ひとつまたひとつと胴体を離れて行く。自分たちが両腕を切断されたことにようやく気付き、彼女らの顔色が変わる。


「ぎゃああああああああああ!!」


 女子トイレに悲鳴が響き渡る。因みにぎゃあああってのに関しては取り巻きたちの悲鳴じゃない。彼女らの腕の切断面から噴き出た血をシャワーのようにじゃばじゃば浴びせられた私の絶叫だ。


(な、ななな何これ!? 血祭り!? 惨劇!? はたまたトマティーナ!?……いや違うこれマジの血だ!! うえぇ〜苦いよぉ鉄臭いよぉ〜!!)


 ともすれば目にも入りそうな血飛沫を懸命に拭いながら私が辺りを見回すと、ゴッドマサカリは未だ風切り音を発しながら室内を旋回していた。微速で回転する黄金の刃は、赤い血に濡れてぬらぬらしている。


(これ……ゴッドマサカリがやったの? まあ私も見てたし間違いないよね。つまりは私のピンチに反応して、私に仇なす人たちを……? 持ち主の強い願いに応えるって、まさかのこういう方向性!?)


 おじいちゃんの手紙に書かれていた一節が思い出され、ぞくりとする私。新たに鎌首をもたげたその気持ちに反応して、ゴッドマサカリに変化が生じた。ドローンのようなホバリングが止まったかと思うと、これまたどういう物理法則なのか私から見て正位置の向きで空中に静止。然る後にぐんぐんと膨らむように巨大化し、木が切れそうなサイズの斧へと変貌を遂げた。


(あ、ありえね〜……)


 今、私の目の前に浮かんでいるゴッドマサカリはもはや金属板を加工した飾りなどではない。それは太い円柱状の柄があり、肉厚に拵えられた刃を持つ、ちゃんと立体的な“斧”だった。私が呆気に取られていると、ゴッドマサカリは急に重力を取り戻したかのように宙から落下。私は反射的に手を伸ばし、その柄をキャッチした。


(重っ……くない! こんなゴツい見た目なのに羽みたいに軽いよこの斧。私のお姫様腕力でも片手で振り回せそうなぐらい……どんな材質してんだろ)


 私が思わず感心していると、

「……ヒッ!」


 上擦った息の音が前方から聞こえて来た。顔を上げて見るとそこには美々美ちゃんが立ち尽くしていて、引き攣った顔でこっちを見ている。突然のことに体全体が竦んでしまい、今の今まで呼吸も忘れていたって感じだろうか。


「お、お前……それっ……なんで! あーたん、けいたん……み、みんながっ」


「えっ?」


 美々美ちゃんがわなわなと声を震わせるのを聞いて、私は改めて周りを見てみた。女子トイレは一面血溜まり……小さな排水口が頑張って血を飲み込んでるけど、それでは全然追いつかないぐらいの血の海だ。その海の中に、両腕を切断された女子高生5名が虚ろに横たわっている。うち2人ぐらいは思い切り血溜まりに突っ伏してるけど、血潮に浸ったその口元にはあぶくすら立たない。


(し、死んでる!? そっか出血多量……両腕を飛ばされて血がドバドバ出たら人間は死ぬ。当たり前が過ぎる。いやちょっと待って? これもしかして……私が殺したことになる!?)


「ひ、人殺し……お前人殺しだよっ!!」


 悲痛な声で私を罵倒しながら、美々美ちゃんが後ずさる。待って、違うの。返り血浴びて凶器まで持って全然説得力ないけど、私は何もしてないの。


「先生に……いや警察呼んでやる!! 死んで償えコノヤロー!!」


 美々美ちゃんが踵を返し、トイレの出口に向かって走り出す。その手にはもうスマホが握られていて、110番をダイヤルするまで待ったなし。もし警察や先生、他の大人たちが来たらどうなるか。今この有様を弁明する度胸も材料も……私にはない!


「ま、待ってぇ!」


 だから、私は彼女を引き留めようとした。待って欲しい、話を聞いて欲しいと……そう言いながら普通に呼び止めて肩を掴むように、少しつんのめりながらもまっすぐ手を伸ばしたんだ。ただ問題はその手が斧を持ってる方の手だったってことで。


 ザクッ


「あっ」


 本当にあっさり。いとも簡単に。ゴッドマサカリの黄金の刃は美々美ちゃんの右の肩口に食い込み、そのまま通過して彼女の右腕を丸ごと切り落とした。


「あっ……ああ……!」


 美々美ちゃんが上擦った声で慄く。彼女がいつも着ている学校指定のベスト……そのベージュ色の袖からちょこんと出た可愛い手……それが腕ごと床に落ちて、まるで他人事みたいにスマホを握っている。


「あ、あーしの……う、で」


 最早先の無くなった、美々美ちゃんの肩の断面。中心に太い骨をくるんだその肉の間からやがて血が滲み、すぐに噴水となって斜め上に噴き出した。


「うわあああああああああああ!!」


「ぎょわああああああああああ!!」


 低い天井に血飛沫が振り撒かれ、2人分の悲鳴がこだまする。因みに濁った方の叫びが私。もう収集つかなくて泣き叫んでるのがわかって貰えるだろうか。


「あがが……テメ……ッ!! ふざけんなよクソ地雷系があーっ!!」


 無事な方の手で傷口を抑えながら、美々美ちゃんが私の方へ迫って来る。憤怒で歪んだ彼女の顔は汗でメイクが流れ、貧血で青ざめて凄い形相になっている。


(てか、なんで動けてるの!? トップギャルの根性やべぇ!! これが世に言う女子力ってやつ!? )


 あまりの怖さに後ずさる私。それを追って美々美ちゃんはなおも迫る。


「許さねぇ……っ!! 大宅くんに褒めて貰ったネイルが……可愛いって言って貰ったコーデが!! こんなんじゃもう大宅くんに会いに行けねぇよぉーーッ!!」


「ひいいいい来ないでぇっ!!」


 とうとう壁際に追い詰められ、泣きっ面の私は美々美ちゃんを跳ね除けようと手を突き出した。ただ問題はその手が斧を持ったままだったってことで。


 ドカッ


 美々美ちゃんの胸のど真ん中にゴッドマサカリの刃が深々と突き立てられた。いや何してんの私。二度目ともなれば流石に過失じゃ済まされないよ?


「がふっ……うううううう!!」


 美々美ちゃんは止まらない。肋骨にめり込んで斧が止まり、切断には至らなかったのだ。もう一周回って痛みなんて忘れてそうな美々美ちゃんは、血まみれの手を伸ばして私の首を鷲掴みにしてギリギリと絞めて来る。


「死ね!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……!!」


「ぐぇ……ごほっ! いぎぎ……!」


 至近距離で浴びせられる呪詛の言葉。そして気管を圧迫される苦しさ。二重のストレスに晒され、私の思考がぼやけて来る。曖昧な意識の中で動かせるのは、ただ本能的な情動のみだ。そして極度に純化された願いがまたも私の中から迸った。


(離れてっっっっっっっっ!!!!)


 瞬間、手にしたゴッドマサカリの刃が目も眩むような閃光を発し……それがエネルギーの奔流となって美々美ちゃんの体内に流れ込んだ。


「死ね死ね死ね死ね死ね……あ? あ、が、ががが……ぎっ!」


 ドカン


「ぐあっ!!」


 衝撃。そして苦悶の叫び。注ぎ込まれたエネルギーが、美々美ちゃんの体内で爆発を起こしたのだ。堪らず私の首から手を離し、後方へ吹き飛ばされる彼女。その体は女子トイレの入り口のドアを跳ね飛ばして通り抜け、廊下の窓ガラスに激突して大きな亀裂を走らせた。


「大宅……くん……っ」


 すがるような言葉を遺し、床に墜落する美々美ちゃん。仰向けに転がった彼女の胸元は、肉が肋骨ごと抉れている上、巨大な熱で焼け焦げて煙までが上がっている。そんな爆心地さながらの創口とは裏腹に、虚ろな表情のまま動かなくなった美々美ちゃんの顔はまるで日本人形みたいに白くて……もう二度とまばたくことのない目尻からは、血の泡が涙のように滲んでいた。


(死んだ……美々美ちゃんも死んじゃった)


 私はゴッドマサカリを持った手をダラリと下げ、目の前の惨状を俯瞰する。


(私が殺した。取り巻きの子たちも、私が殺したようなものだ。だってゴッドマサカリは私の願いを叶えたんだから)


 いつしか窓からは西日が差し込み、血と脂にまみれたこの空間をメロウな色に染めていく。失われた命、犯された尊厳、戻らない輝き……そんな観念が次々と脳裏をよぎって行く中、やがて私の思いは一つに収束した。


(どうしよう私……警察に捕まっちゃうーーーーーーーーーーっ!!!!)


 顔も知らないおじいちゃんがくれた、願いを叶える宝武具ゴッドマサカリ。だけどそれは持ち主の感情に呼応して動く殺戮兵器だったみたいです。突如として女子高生の身に余るカルマを背負ってしまった私はこれからどうなってしまうのか。いつか来る王子様はUターンを検討してないだろうか。それを考えるのは、ひとまずこの場を切り抜けてからにしようカナ!!


《つづく》

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