第13話 ミュラー・ザ・ギャンブラー

「殺される、絶対殺されるよぉ……」


 そう呟きながらオルマが震えながら街を歩く。

 隣に並ぶジラールも悪態を吐きながら、ゴブリンをグルングルンと振り回す。

「そもそも金貨800枚なんてどうしろっつーんだ!? クソったれ!!」

 俺が取り乱した二人を諭す。

「まぁ落ち着け、姫の居場所がわかった。これは朗報だ。問題はこれで解決する。姫さえ助ければ、後は国家権力でマフィアも掃除してもらえばいい」

 ジラールがじとりと睨む。

「金貨800枚はどうすりゃいい? そこらの武器屋強盗したって、せいぜい金貨10枚も手に入らねーぞ。 マジでヤバいぞ……」


 そこで俺が閃く。


「なぁさっきの戦いで使ってたお前のエモノなんだが、あれは魔道具なのか? 魔法みたいなもんがでてきたんだが......」

 するとジラールが自慢げに語りはじめる。

「ああ、ハーミットつーんだ。古代遺跡で発掘された旧時代の遺物の類だ。それを俺がメンテナンスした。この引き金を引くと、中に装填された魔法が込められた弾丸が飛び出す。弾丸に魔法が込められてるから、それは魔道具屋か魔法使いに頼んでるが、弾丸自体は俺が作ってる。ネックは威力が強い弾丸を発砲すると、俺の気と体力がスゲー削られるから、さっきみたいのはもう今日は撃てないな」

 急に饒舌になるジラール。

 意外にこいつオタクなんじゃないのかと疑う。

 ……なんか気持ち悪いな……。


 ……まぁそんなことはいい、古代遺跡の遺跡か……。


 俺はしばらく逡巡して、思いついた言葉を発する。

「そいつを質屋に売ろう、高く売れそうだ」

 調子よくしゃべっているジラールの腰の……なんだっけ、ハートフル? 

 まぁ古代遺跡の遺物は骨董品屋に売れば好事家が高く買ってくれるかもしれん。

「ふざけんな! 俺の相棒を質屋に売れだと!? 何考えてんだテメーは! 殺すぞ!!」

 とっさに俺の胸倉を掴む激高したジラール、すかさず俺は腰にある剣を抜こうと手を鞘にかける。

 それを見たオルマは仲裁もせず、俺の剣をじっと見て、はっとした顔で声を上げる。

「ミュラーもいい剣もってるじゃん! それいいヤツでしょう」


 なんだわかってるじゃないか、この俺の愛剣の素晴らしさを、俺はジラールを見下すように語る。


「ふん、故郷の将軍である父に初陣の手柄に褒賞でもらった名剣だ。国の最高の職人に作らせた一等級の大業物なんだから、そこらの剣と一緒にされては困るな」

「それも売ろう!」


 なっ!!!?? 

 

 思わず絶句してしまう。オルマが俺とジラールの肩を叩いて呟く。

「大丈夫だよ、後で引き取ればいい、ここがどこか忘れた? カジノ大国サラブだよ、ベガスのカジノで大金を稼ぐ! まずは二人の武器を質に入れて、元手を増やすんだ! アタシ達なら金貨800枚なんて楽勝さ!」

 オルマが非常に悪だくみしてる笑顔を俺に向けてきた。


 あ、なんとなく察した。



 俺たちはカジノにいる。

 レンタルで借りた派手な礼服を着飾り、金貨10枚をもって。

 向かう先は決まっていた、ルーレットのテーブルだ。

 隣にいるオルマに小さい声で尋ねる。

「……仕掛けは問題ないか?」

「バッチリさー」

 煌びやかな室内にいる、色とりどりの服で着飾る男女の群れをかき分け、目的の台へと俺たち三人は向かう。

 できるだけ堂々として。

 星屑のように輝き光るシャンデリアの下に目的の場所はあった。

 テーブルの前に立つと、ジラールがディ―ラーに尋ねる。

「ここの席空いてるか?」

 男のディ―ラーが答える。

「どうぞ」

 そして俺は椅子に座る。


 ルーレット、その華やかさから カジノの女王ともいわれている。賭け方は至ってシンプル、ディーラーが回転する数字の書かれた盤面、ウィ―ルに投げ入れたボールがどの番号に入るか予想する賭けである。

 そのウィ―ルには赤と黒で分けられた38の数字の番号が配置されている。テーブル上にも同じ文字列と配色がされている。ディ―ラーがウィ―ルを回転させ、ボールを逆方向へとボールを投げ込み、『プレイスユアベット』と宣告して賭けが始まる。

 プレイヤーはテーブルに書かれた番号にかけ金を置く。ウィ―ルの回転が弱まったところで『ノーモアベット』とプレイヤーに通告し、賭けを締め切らせる。

 ボールが落ちた数字の所にプレイヤーが賭けた番号の所に落ちれば勝ち、落ちなければ負けという極めて単純な賭けである。

 他のカジノのゲームと大きく違う所はプレイヤー同士の勝負ではなく、プレイヤーとカジノ側との勝負という点だろう。


 ミュラーは手持ち金貨10枚を赤のマークが描かれている所に置いた。

 そして告げる。

「俺のラッキーカラーで今夜は勝負する」

 ディ―ラーは苦笑しながらウィ―ルを回転させ、ボールを投げ込む。

「かしこまりました、次からは合図の後にベットしてくださいね」

 ウィ―ルの回転が弱まり、ディ―ラーが告げた。

「ノーモアベット!」

 回転力無くしたウィ―ルにころころとボールが転がった。

 そして落ちる。赤の15に。


 ミュラーの勝ちである。


 数字は二色なので倍率は2倍。金貨20枚をミュラーが勝ち取る。

 仮にミュラーが数字の15にベットしていれば、この時の倍率は38倍となり、金貨380枚を勝ち取ることができた。


 ディ―ラーが苦笑いを浮かべながら金貨を渡し、再びウィ―ルを回転させボールを投げ込んだ。

「プレイスユアベット!」


 迷わずミュラーは全ての金貨を赤の一点に賭けた。


「今夜はこのまま赤に賭けさせてもらおうか」

 ディ―ラーはその言葉に唖然とする。

 そして告げる。

「ノーモアベット!」


 ボールは赤の3に入っていった。


 その現象にディーラーは我が目を疑う。

「どうした? 早く盤を回してくれ。次も赤だ。今回勝った分も含めて40枚全額ベットだ。今夜のラッキーカラーだからな」

 ミュラーはほくそ笑みながら、戸惑うディーラーに宣告した。


 そしてウィ―ルの中のボールは震えるディーラーの嘆きも空しく、再び赤の数字に転がっていった。


 三人はすました顔をして、果実酒を飲みながら呟く。

「今夜はついてるな。ああ、次も赤だ」


 騒めく観客達、わなわなと肩を小刻み揺らしながらディーラーは思った。


 こいつら絶対イカサマしてるだろ! 

 クソが!


 このミュラー達とディーラーの駆け引きに固唾を飲む観客たち。

 それをわき目にミュラーは余裕そうに煙草を吸いだす。

 「早くしてくれ、それともこのカジノは客を選ぶつもりか?」

 わなわなと肩を震わせる男のディーラー。


 ずばりディ―ラーの予想は当たっていた。

 この三人、イカサマをしていた。

 正確にはミュラーが、である。

 ディーラーが投げる球、カジノにある全ての球に魔法を仕込んでいた。

 では何故倍率の高い所にベットしないのか? 

 理由はミュラーの仕込んだ魔法では僅かにしかボールを操作できないこと、そして何より、高速に回転するウィ―ルは、ミュラーの目視では数字の判断は不可能であった。

 だが色の識別はできる。だからミュラーは目立つ色の赤にベットした。


 非常にシンプルなイカサマであった。


 しかしカジノ側も馬鹿ではない、こういう輩のために対策はしていた。


 颯爽と、妖艶な黒髪を揺らした美女がミュラー達の前に現れる。

「選手交代のようね、ディーラーチェンジを願います、お客様」


 その気配にミュラーだけでなくジラール、オルマもヤバいと思った。

 彼女のその佇まいに、その雰囲気に圧倒された。三人は思った。


 こいつ凄腕だ……。


 彼女の登場に、いつの間にか集まっていた観客たちはざわめく。

「とうとうカジノを怒らせたな」「伝説のディーラーだ」「可愛そうに」「イカサマしてんのか?」「これでお終いだな」 


 気圧されたオルマが作り笑いをしながら、

「アタシも一回だけ遊んでいい? アタシのラッキーナンバーに置こうかなー、ハハ……」

 オルマが新しく変わったディーラーの宣告後に数字の27に金貨を1枚だけ置いた。

 ウィ―ルが先ほどよりも高速に回転し、ボールも素早く回転している。

 そしてころころと転がるボールはなんと27の所に入る。


 本来なら賭けが当たり喜ぶべきなのだが、オルマには怖気が走った。


 そして美女のディーラーがオルマの眼前で妖しく微笑みかける。

「おめでとうございますお客様、お見事です! 倍率は38倍ですよ! 今宵はどうなってるんでしょうか!」

 ままりの迫力にオルマが座ってた椅子から転がり落ちる。

 勿論他の二人もビビる。


 まさか自在にボールを動かせるのか!!??


 実際その通りである。

 彼女は回転するボールを正確に狙った所に落とせる腕の持ち主であった。

 その妖艶なボール捌きで数々のイカサマした愚か者達を地獄の底へと突き落とし続けてきた。

 そして彼女の次の獲物はミュラー達であった。

 彼女のボール捌きではミュラーの魔法なぞ赤子の手を捻るようなものだ。


「もう行こうぜ……」

 ジラールが席を立ち、離れようとしたが、それは許されなかった。

 群がるギャラリーたちが立ちはだかったのだ。

 そして歓声を上げる。

「勝ち逃げは許さんぞ!」「このイカサマ野郎どもが!「天罰をくらえ!」


 三人は観念した。

 ゲームを続けるしかない。

 ミュラーはガックリと項垂れ、大量の汗が床へと滴り落ちた。


 その様子を上機嫌に眺めながら、美女のディーラーが情け容赦なくウィ―ルを回転させ、意気揚々とつげる。


「プレイスユアベットですわ!!」

 ミュラーはおぼつかない手つきで手持ちの金貨を100枚を三つに分ける。

「これは母の生まれた日だ」

 数字の3に金貨30枚ベットする。

「兄の生まれた日に」

 数字の14に40枚ベットする。

「妹よ……」

 最後に数字の26に30枚ベットした。

「おいおい!ふざけんじゃねーぞ! 全額ぶち込むとか、正気か!?」

 ジラールは思わず狼狽える。オルマも堪らず。

「どうして記念日なんかにベットするのさ!?」

 そのミュラーの動きを見て、彼女は勝ちを確信し、冷笑を浮かべ、高らかに告げる。


「ノーモアベットですわーーー!!!」


 さぁ……奈落の底へと突き落としてあげましょう。

 

 ウィ―ルの回転がゆっくりと止まる。


 妖艶な美女がミュラーの顔を覗きこむように囁いた。

 「今、どんな気持ちですか? 聞かせて下さい、貴方の断末魔を……」


 回転が弱まったボールがゆっくりと数字が刻まれた先へと転がる。

 その球の動きを、美女のディ―ラーはとろけるような眼差しで見つめる。

 対照的に三人の表情は絶望に溢れていた。

 時が止まったかのようにも思える長い瞬間、ボールはからからと円盤を回り、カンとぶつかる音と共に勢いを無くし、ゆっくりと、まるで水滴が跳ねるように動く。

 その動きはスローモーションしているかのように時間をかけて、数字が刻まれた先へと転がる。

 その刹那、周囲は静寂に包まれていく。


 落ちた先は……。


 なんと数字の26であった。


 ありえない! 


 そう驚愕する美女がミュラーの方に顔を向ける。


 ミュラーは歪んだ笑みを浮かべながら、渾身のガッツポーズを振り上げた。


 全てはミュラーの策であった。

 カジノ側にボールに仕込みがあると思わせるための。

 赤か黒かの二択しかできないと思わせるための。

 実はミュラーは回転するウィ―ルにも魔法を仕込んでいた。

 しかし小さいボールとは違い、大きいウィ―ルでは操作しようと魔法を発動させると魔力を激しく消耗してしまう。

 それではカジノ側にバレる可能性が高い。

 実際、今滴る汗は冷や汗でなはない。

 魔力消耗による疲れの汗であった。

 そのため始めはボールで勝ち続ける必要があったのだ。

 このことはジラールやオルマにも伏せていた。


 全てはこの瞬間を欺くために。


 金貨1140枚を、ミュラーは掴み取った。思わず、唖然としていたオルマとジラールが歓声を上げてミュラーを二人で抱きしめる。

 周りに群がっていた観客も、ミュラーが勝ったことに悔しがる者、囃し立てる者、口笛を吹く者、この後に続かんとする者と、一気に騒がしくなった。


 膝をガクリと落とした妖艶な美女のディーラーに、ミュラーはすました顔で耳元で囁く。

「イカサマはバレなきゃイカサマじゃあないんだぜ……」

 勝負の敗北者への死体を踏みつけるような言葉が彼女の心に突き刺さる。

 人目もはばからず、狂ったかのように泣き叫ぶ美女。

 どうやら断末魔を上げたのは彼女のようだった。

 さっそうと三人はその場を立ち去った。


 ミュラーは思いを馳せる。


 ギャンブルは金を賭けるんじゃない、未来を賭けるんだ。

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