第14話 悪夢からの解放

『遅いぞクソムシども! 金貨900枚は用意できたか?』


 マルジェラのウサギが激高してるかのように瞳を輝かせて、俺達を照らす。

 ジラールが言い返す。

「約束は800枚だろ! なんでなんで100枚も増えてんだよ!!」

『利息だ、主を待たせたからな』

 俺はジラールが暴れるのを取り押さえて、オルマが金貨の入った布袋を手渡す。

「どうぞ、おおさめくださいー……」

 ウサギが袋から金貨を一枚一枚くわえながら数えて枚数をカウントしている。

 なんともシュールな光景だ。

 苛ついたジラールが喚く。

「おい、そんなことより姫さんは無事なんだろうな!?」

 金貨を数えることを邪魔されたのがカンに触ったのか、ウサギの瞳が眩しい光を俺達に向けた。

『黙れクソムシ! ちゃんと連れてきている。そこで元気に手を振っているぞ』

 ウサギが首を向けるとそこにはデカいカタツムリの馬車があった。

 ずいぶんな趣味を持っている、せめてカボチャにしてくれ。

 馬車の窓から小さな手がひらひらと振られていた。


 よし、無事みたいだ。

 万事解決だ。


 金貨を数え終えたウサギがその山をマルジェラに手渡す。そして俺達の方を向き、

『よし金貨900枚確かに受け取った。約束通り人質を解放しよう』

 マルジェラが指をパチンと鳴らすとカタツムリの殻が開かれた。

 そしてそこから少女が降りてきた。


 なかなか上品そうな顔している。

 しかしなんか小さすぎじゃないか?

 とても14,5には見えんな。


 ミュラーそう怪訝そうにしてたらカタツムリから一人二人三人と次々と少女達が降りてきた。

 少年まで降りてきた、10人以上いそうだ。

 ミュラーの頭は真っ白になった。

 理解が追いついてないようだ。

 狼狽したジラールが声を荒げる。

「おいおい、どいつが姫さんなんだよ! このウサ公!」

『昨夜お前らがこの子供たちを、姫、姫呼ばわりしていただろうが! 親切なマルジェラ様が大切に保護しておいたのに、なんだその言いぐさは!』

 オルマがジラールを肘でつつく。

「ねぇ、この子たちマフィアが探して来いって言ってた子供たちじゃない……?」

 ジラールと俺は思わず膝を落とす。


 そうじゃない! 

 いや、問題の一つは解決できたんだが……。


 堪らずジラールがウサギに向かって叫ぶ。

「おい! 本物の姫さんはどこ行ったんだ!!!」

『知るか! 契約は果たした。我らはもう帰る』

「ふざけんじゃねーぞ!!!」

 マルジェラは欠伸をしてその場を後にする。

 立ち尽くす三人と子供たち。

 ミュラーの思考は停止していた。

 カラカラ笑いをしながら、

「はは……とりあえず子供たちを連れてこう……。マフィアが待ってる」



 夜更けのストリップバー、華やかな舞台の隅にあるカウンターで男は一人、静かにグラスを空けていた。

「マスター、もう一杯だ」

 心の中にめぐる不安をアルコールの酔いで紛らわす。そんな男の姿は少し寂しげであった。新しいグラスを渡され、それを男は強く握り締めた。そして後悔する。


 俺はなんて馬鹿なんだ…….。


 生まれ育った孤児院、いつかあそこに恩を返そうと誓った。

 男がのし上るにはカタギの世界では無理だった。

 スジモノの世界で生きていくしかなかった。

 暴力、金、あらゆる力を使って男はのし上り、その世界では知らぬ者はいないほどの地位に上りつめた。

 だが男の根底にあるのは恩返しをしたい、ただそれだけだった。

 男は孤児院に金だけではなく愛情まで注いだ。

 男にとってその孤児院、そこにいる子供たちは男の生きた証なのだ。

 この街の孤児たちに幸せを与えたかったのだ。


 だが昨夜、男の矜持を揺るがす事件が起きた。

 真夜中の孤児院から子供たちが消えたのだ。


 男は自分が許せなかった。 

 何よりも大切な家族を失ってしまった己の無力さに。

 昼間会ったマヌケな三人組の顔が頭によぎった。


 気付くと鈍い音を立てて、グラスが砕けた。

「マスター、悪いが新しいのを頼む」

「お客様、お会いしたいという方がおいでになっています」

 男が振り向くと、そこには男のかけがえのない存在が待っていた。


 子供たちであった。


 男は人目もはばからず涙を流しがら一人、一人抱きしめ上げた。

「すいませんー、ずいぶんお待たせしちゃったみたいで……ハハ……」

 オルマが申し訳なさそうに男に話しかける。男は涙をぬぐいながら、

「いや、子供たちが無事ならいい」


 もっと怒られるかと思ったが、そうではないらしい。

 .男の席には空いたグラスが山ほど転がっている。

 さては酔っぱらってるなこのマフィア。

 酔いが覚める前に立ち去ろう。

 しかし、この子供たちがこの強面マフィアをおじちゃん、おじちゃんと慕っているのは、なんともシュールだ。

 いろんな意味で怖い。

 そのマフィアが満面の笑顔で子供を抱きかかえてる姿は笑えて来る。

 しかしこいつ大の大人の癖にあんなに泣いて、ずいぶん女々しい奴だな。


「さぁうちに帰ろう。今夜はお前らが大好きなシチューだ」

 歓喜の声を上げる子供たち、すると男は店に置いてあったベガス神話の石像を動かす。

 そこには隠し通路があった。


 そうか、昼間に襲撃した時はそこから来たのか……。


 隠し通路に次々に入る子供たちを連れて男は立ち去る。

 ジラールがその様子を見て驚きを隠せない。

「あんなところに抜け穴があったのかよ……」

「まぁベガス像を触るなんて大それたこと、この国の人はやらないからね。君らの国だって王様の肖像画に触ったり、教会の石碑に触ったりしないんじゃない?」

 オルマがやれやれといった具合に肩を竦めた。

 しかし俺はオルマの言葉に何かひっかかりを感じていた。


 王様の肖像画? 

 そういえばあの部屋にもあったな……まさか!


 飛びつくようにオルマの肩を揺らしながら聞く。

「オルマ、最初に目覚めた部屋にあった肖像画は誰なんだ!?」

 突然の問いかけに面食らったオルマが動揺しながら答えた。

「?? うちの国の王様だけど??」

「そこだ!」



 夜明け前の暗く、静寂が満ちた城内、その通路を三人はひっそりと歩む。


「朝までもうすぐだ、ホントに大丈夫なんだろーな!」

 ジラールが文句を言う。

 それにオルマが反論する。

「もうミュラーの案にのるしかないじゃん、ベガス中探したのに見つからないんだよ! てか、なんでまだゴブリンなんか連れてるのさ!」

「仕方ねーだろ、このゴブリンしがみついて離れねーんだよ!」

「二人とも静かにしろ、変化の魔法の効果が解けるかもしれない」

 三人はミュラーの魔法によって城内の兵士に変化していた。


 目的地は決まっていた。

 自分たちが最初に目覚めた場所……姫の寝室。

 しばらく城内を歩くと辿りついた。

 その部屋のノブを引き寝室へと入る。

 そして目的の場所の前に立つ。

 この国の王の肖像画の前に揃う三人。

「誰もこの先に抜け穴があるとは思わないだろうな」

 そうミュラーが呟くと、躊躇なく肖像画に手を伸ばす。

 そして破る。

 なんと絵の中の王の顔にミュラーの腕が入り込む。

 その様子を見た二人が驚愕した。

「この先に通路があるんだ」

 ミュラーは二人に向かって勝ち誇った笑みを浮かべた。


 ミュラーは推理した。

 昨日、この厳重な警備の城の中を姫はどうやってベガスの街まで抜け出せたのか。

 そして俺達はどうやって衛兵に気付かれずに、昨夜この部屋にたどり着けたのか。

 それは姫の寝室に隠し通路があったからだ。

 そう、あのマフィアが用意していたような抜け道が。

 そして俺の推理が正しければ……。


「この先に姫はいるぞ!」


 三人は静かに歓喜の声を上げ抱きしめあった。

 そして我先にと肖像画を破り隠し通路へと、なだれこんだ。





 ……結論から言おう。

 そこにも姫はいなかった。


 朝日の光が無情にもミュラーを照らす。

 無言の三人が行く当てもなく、寝室へと戻っていく。


 ジラールが持っていたゴブリンをベッドへと投げ飛ばした。

「クソったれがっ!!!」

 ジラールが頭を抱える。さらに続ける。

「どれもこれもミュラーのせいだ! 何が肖像画の先の抜け穴だ! 何もねーじゃねーか! おいおいどうする!? もうすぐタイムリミットだマジでヤベぇぞ!!」

 オルマも顔面蒼白にして膝まづく。

「ミュラーの口車に乗せられた! アタシの首がもうすぐ飛んじゃう!!」


 俺は少々不本意だった。


 推理は当たっていたのに、何故俺が責められるのだ。

 たまたまそこに姫がいなかっただけじゃないか。


 俺は悪くない。


 しかし二人は一斉に俺を責め立てた。

 やり場のない怒りを俺にぶつけてきた。


 小鳥のさえずりが朝を知らせてきた。

 時間だけが経過し、だんだん不安に押しつぶされそうになる。


 俺はここで終わるのか……?

 

 ミュラーの心に絶望感が押し寄せる。

 自然と愛剣を抜き、喉元へと近づける。


 殺されるぐらいなら、潔く果てるか……。


 そんなミュラーを横目に、苛立ちが収まらないジラールがゴブリンの頭を拳でぐりぐりさせながら、

「……ミュラー、お得意の変化の魔法をオルマにかけろ。姫に変身させて、オレらはバックレよう。そもそも酔っぱらって不覚になったのはこいつのアナコンダの精力剤のせいだ」

 その言葉を聞いて激高したオルマがジラールに飛び掛かる。

「こいつ! そんなにわが身が可愛いか! この軟弱者!!」

 俺はうなだれて、首を横に振る。

「……無理だ、俺は姫の顔も姿も知らない……。せいぜいそこのゴブリンに変化させられることしかできない……」

「……クソッタレ!! じゃあ、もうゴブリンでいい!」


 ジラールは自暴自棄になっていた。


 しかし、そんなジラールに掴みかかっていたオルマが自慢の耳をピンと立てて、はっとした顔になる。



 そうだ、ミュラーは変化の魔法が使えるんだった……!


 

 オルマの頭に天啓が落ちる。


 ジラールの先ほどの台詞が脳内で響き渡った。


 ゴブリン? 

 ゴブリン!? 

 ゴブリン!!??


 オルマの髪の毛が逆立つ。

 そして目を見開いて、ミュラーに抱きついた。

「ねぇ、ミュラー。試しにそこのゴブリンに変化が解ける魔法を唱えてくれない?」

 俺は困惑した顔で答える。

「何故だ」

 オルマが苛立つように急かす。

「いいから!」

 わけがわからない、とりあえず言うこと聞かないと噛みつきそうだ。

 俺はジラールが持つゴブリンに手をかざした。


「解」


 するとゴブリンが儚げな徐々に美少女へと姿を変えていく。

 その美しい顔と姿はどことなく気品が漂わせている。

 その姿はまるで裸の女神が降臨したかのようだ。

 いや実際全裸であった。

 そして顔から全身にまで掘られた入れ墨に、三人は戦慄が走る。


 その少女はシーツで身体を覆い、もう動いていない錦鯉を掴むと、すぐさまジラールの股間をはたき上げ、下がった顎に目掛け、渾身の力で錦鯉を振り上げて殴り飛ばす。

 そして狙いを俺へと見定めた。


 錦鯉の連撃が繰り出される。

 しかし俺はその動きを読み、姫の拳部分を左手で受け流す。

 そして空いた右手で姫の肩を抱き、抱えるように投げ飛ばす。

 そのまま体重を乗せて組み伏せた。


 歓喜の笑みを浮かべながら、オルマの方へと顔を上げる。

「オルマ、姫様を確保したぞ。やったな」

 俺の満面の笑みに、オルマはひきつった笑みで答える。

「そ、そうだねー……」

 俺に組み伏せられた姫がじたばたと暴れる。

「さんざん弄んでくれたわね! このクズども!! 私のことを武器のように振り回したり、吊るしたり、ベッドへ投げ捨てたり、変顔にして弄んだり、突然放り投げたり、おしりを撫でたり好き放題してくれて!! そこの変態をもう一回でいいから殴らせて!! 殴らせなさいぃぃっ!!!!」


 ジラールは自分の行いに今さら真っ青になっている。

 普段から生き物をいたわらないからこうなるんだ。

「ひ、姫様、朝食会の時間が迫っておりますよー……なんてー」

 オルマが手もみしながら懐柔を試みると、姫はやっとおとなしくなった。

「朝食会の後、覚えてなさい!!」

 という捨て台詞と共に、着替えて、姫はその場を去った。


 姫はずっと俺達のそばにいたのだ。

 あまりにも近い場所であったので盲点であった。


 三人は心の底から安堵した。

 そして同じ言葉が脳裏に走る。


 助かった……。


 そして極度の疲労と緊張、眠気が全身を気怠く包みこむ。

 だんだんと意識が朦朧とし、再びこの部屋で気絶することになった。



 どうか、この愚かな三人に昨日の悪夢と同じ日が二度と来ないことを……。


 

 このミュラーの悪夢のような一日は、彼が後に英雄になった時、固く封印された。




 誰にも黒歴史はあるものだ。


 そしてその歴史の事実をひも解いてはならない。


 英雄の黒歴史ならなおさらである。


 これは一人の英雄の若さゆえの過ちなのだ。


 英雄は今もその過去に向き合えていない。


 人は未来に向かって生きていくものだ。




 ……誰にも振り返りたくない過去はある……。

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