第12話 死闘! 堕天の魔女

 洞窟を出ると辺りはすっかり夕闇に染まっていた。


 ……もう夜だ……。 

 クソっ! どこにいるんだ子供たちは!? 

 そもそも姫はどこにいる??! 

 ダメだ、落ち着いて優先順位を考えよう。


 まず子供たちを連れて、マフィアの元に届ける。

 次に姫を探す。


 これだな、最悪、マフィアは武力行使で解決させる。

 アジムートに勝った俺ならマフィアぐらい、潰してみせる。

 やってやる。


 そう思案しながら3人で重い足取りで森の中を歩いていた。

 刹那、眩い閃光が俺たちに襲い掛かる。

 何が起きたかという疑問の前に、生存本能でとっさに身体が反射する。おかげで間一髪でそれを避けた。


 攻撃魔法!?


 瞬く光の先には少女の影が映っていた。

 これが姫様や子供の一人ならいいのだが、残念なことに長耳が特徴のエルフの少女だった。

 光が眩しくて、よく見えないが、15~6歳ぐらいか、シルクのように白く長い髪が気のせいか逆立ってるように見える。

 はっきり言って美少女だ、どこかミステリアスな雰囲気を感じる。

 やはりエルフってのは、美人なんだなと少し感動した。

 ただ気のせいか、切れ長の目が吊り上がっていて、額には青筋が立っているように見えた。

 肩に何故かウサギが乗っていた。

 きっと小動物が大好きなエルフの少女なのだろう。

 頼むからさっきの攻撃魔法を撃ったのが彼女でないで欲しい。


 こっちはこの街に来てからろくな女に出会ってないんだ。

 神よ、頼む。


 俺の願いはエルフの少女に乗っていた、ウサギの言葉で絶たれる。

『やっと見つけたぞクソムシが』

 この国ではウサギがしゃべるのか? 

 妙に高圧的なウサギは続ける。

『挨拶が遅れたな、こちらのお方は大魔女マルジェラ様、私はその使い魔だ。さんざん苦労かけて探したぞ、今からお前らをブチ殺す。そしてこの国の人間を皆殺しにする』


 俺たちを殺す? 

 国の人間を皆殺し?

 理解が追いつかない。


 するとオルマが狼狽えだす。

「だ、堕天の魔女マルジェラ……」

 ああ、そういえばこいつが言ってたな、この街で関わるなという奴の一人だ。

 マフィアにも狙われてる、衛兵にも捕まった。

 これでスリーカードが揃ったな。

 全く嬉しくないが。

『ほう、我が主を知っての無礼だったのか。許せんな、生まれてきたことを後悔するぐらいの苦痛を与えて殺してやろう』

 ジラールが堪らず食ってかかる。

「ざけんなっ! オレらが何したっつーんだよっ!!」

 ウサギの目が謎の光を放つ。

『昨夜ベガスのカジノで大勝ちしている泥酔していたマルジェラ様を、お前らは幸運の女神だとほざいて、その場で連れ去ったな?』


 連れ去った? 

 なんのために? 

 意味が分からない。

 何かの間違いじゃないのか? 

 ……記憶がないから他人事のように思ったが、それをやったのは俺たちなのか。


『そして酒場で祝杯したをしたまではいいが、その後、酩酊して寝ていたマルジェラ様を死んだと勘違いして、裸にひん剝いて棺桶の中に入れて、よりにもよってベガス湾に水葬と称して海底に沈めてくれたな』


 おいおい、この子、不死身かよ。

 海底に沈んで今ピンピンしてるとは。


 ウサギがペッと唾を吐いた。

 その人間のような動作に、俺は器用だと感心した。

 さらにウサギが毛を猫のように逆立てる。

『それだけで万死に値するが、貴様たちはその時マルジェラ様がカジノで勝った金貨800枚をくすね、ベガスで豪遊していた。マルジェラ様はそのことが我慢ならんと言っている』


 俺たち3人は頭を抱える。

 そして昨日の自分を呪う。

 マルジェラのかざした手が光に包まれると同時に、ウサギが死の宣告を告げる。

『おしゃべりはここまでだ。死ね』

 しかし、とっさにジラールが筒状の道具を右手で構え、筒の先端から破裂音とともに煙を雲のように一気に辺りに充満させる。

 そして合図をだした。

「逃げるぞ!」

 俺たちは蜘蛛の子を散らすようにその場から駆け出した。

 しかし空中を高速で浮遊しながら攻撃魔法を放つマルジェラが迫ってくる。

 近づくたびに駆け足の速度を自分の限界まで上げ、全力で逃げる。

 逃げながらオルマが尋ねる。

「どこに逃げるつもりさ! こ、殺されるよ!」

 ジラールも同意する。

「ああ、マジでヤバい! このままじゃ追いつかれる」

 俺はしたり顔で答える。

「……俺に策がある、まずはベガスのスラム街まで向かう。そこで奴を迎え撃つ」

 二人は、大丈夫かよ、って顔をしながら全力で駆け出した。

 夜の街へ死にもの狂いでひた走る。



 真夜中のベガスの街までなんとかたどり着いた。

 だが俺たちはまだ全力で走っている。

 マルジェラが市街地なぞお構いなしに、容赦なく攻撃魔法を放ちながら、俺たちに迫ってくるからだ。


 あ、宿屋が破壊された……。


 ベガスの街の人々が悲鳴を上げて逃げ回る。

 その中を俺たちは駆け抜ける。

「作戦は道中で話した通りで、スラムで奴を攪乱する、準備はいいか!?」

 二人は物凄く不安そうな顔で頷く。

 そして俺は詠唱を唱える。

『万象流変 幾変一化 物天不易 生生転承 移送乱 出でよ変転!』

 すると、三人の姿が行き交う通行人へと変わる。

 攻撃魔法が止まった。

 変身魔法でマルジェラの目を欺かせた。

 これは賭けだ。

 ベガス市民を皆殺しにする極悪非道なら通じなかった。

 まだあのエルフにも良心があったのだろう。

 しかし詠唱破棄で攻撃魔法を連発するなんて化け物だ。

 まるで神話の魔女じゃないか。


 確かに攻撃魔法は一時的に止んだ。


 しかし、マルジェラは気付いた。

 街中で不自然にゴブリンを抱く人間を。

 それは通行人に扮したジラールだった。


 ――あの男だ――!


 再び迫りくるマルジェラ、三人はさらに速度を上げその場を駆け抜ける。

「やっぱり追ってきてる!! ゴブリンなんて巣穴に置いてきてよ!」

「知らねーよ! こいつがしがみ付いて放さねーんだよ!」

「問題ない、想定内だ。これから三人に分かれて、このままスラム街まで駆け抜けるぞ」


 夜の市街地をひた走る三人が三手に分かれる。

 堕天の魔女はゴブリンを持つ人間に向けて容赦なく攻撃魔法を繰り出していく。

 死人が出ないことを三人は祈った。


 スラム街を弧を描くように逃走劇が繰り広げられる。

 しかしそれも限界だった。

 変身魔法が解けたのか、ゴブリンを持つ人間はジラールへと姿を代えていき、その男の体力も限界に近かった。

 絶望はその先にあった。

 通りを抜けた先は袋小路だった。

 思わず膝を落とし、力尽きたように、ゴブリンを手放す。

 それを見たマルジェラは男の前へと回り込み、空から眼前の男の前へ立ちはだかる。

 降参する意思表示のように男は両手を上げた。

 しかしエルフの少女は両手から眩い光を集める。

 そして氷のように冷たい声色で聞く。

「言い残すことはある?」


「バカめ! 『解』!」


 男はジラールではなくミュラーだったのだ。

 突然のことに戸惑うマルジェラ。

 その隙を逃さなかった。

 マルジェラの頭上から本物のジラールが現れると同時に、構えていた筒状の道具の先端から、先ほどとは比べ物にならない炸裂音、いや爆音が鳴り響く。

 膨大な出力の光の塊がマルジェラへと迫る。

 しかし彼女は軽く手をかざす。光の盾が展開される。

 そして無情にもジラールの放った光弾は霧散されてしまう。


 しかしオルマは見逃さなかった。


 マルジェラがジラールに気を取られる瞬間を。


 刹那、マルジェラはまるで縛られたかのように身動きを封じられてしまった。

 いや実際に縛っているのだ。オルマが張り巡らせた金属製の繊維、夜の目では目視困難なその糸に。

 

 オルマはあらゆる糸を自由自在に操り、それで数多のエモノを捕らえる漁師だった。

 このミュラーの作戦の肝はオルマだった。

 いかに彼女の手札を、そしてその姿を隠して、このスラム街の袋小路に誘き寄せるか。


 その策は見事に嵌った。


 そしてミュラーが告げる。

「俺たちが何も考えずにこのスラム街を走り回ってたと思うか? すでに魔法陣は刻んである。お前は今その中心にいるぞ」

 マルジェラが忌々しい目で見下ろす、スラム街の路地という路地に神々しい光が放たれていることに気付いた。

 ミュラーは逃走劇を繰り広げている最中、抜かりなく魔法陣を街中に描いていたのだ。


 ミュラーが右手をマルジェラへと向ける。


「触媒は俺の血だ。死ね」


 電気を帯びた磁力がオルマの無数に張った糸に、炎を放ちながら縛られたマルジェラへと向かっていく。

 そしてそれが合わさる瞬間、爆炎が巻き起こる。

 同時にミュラーは天空へと駆ける。

 確実にマルジェラを仕留めるために、剣を抜き放つ。


 しかし、立ち込める爆炎の煙の中、姿を現わしたのはジラールの首を掴んだ五体満足のマルジェラだった。


 予期しない光景にミュラーに動揺が走る。


 それは瞬き一つの瞬間だった。

 ミュラーの縦一文字の斬撃を横に横に払い、そのまま腕を掴み、自由を失ったミュラーを投げる。

 ミュラーが地上へと落下する間、無数の拳撃をその身体に叩き込んだのだ。

 その一撃一撃が内臓に悲鳴を上げさせる。

 あまりの衝撃にミュラーの意識は霞んだ。


 ――......なんで魔法使いの癖に肉弾戦ができるんだ……――。


 三人の勝機の灯が消えうせた。


 底冷えする冷笑が囁きかける。


「遊びはもうおしまい?」



 結局、俺たち三人はオルマの糸で縛られて正座させられていた。

 不貞腐れた顔で仁王立ちするマルジェラ、そして彼女の肩に乗ったウサギの瞳が、怪しい光を放つ。

『手間をかけさせてくれたな! このムシケラめ! 今から生まれてきたことを後悔させるような苦痛を与えて、その身体をバラバラにしてベガス湾の魚の餌にしてくれる!』

 満身創痍の俺だったが、心までは折れてなかった。

 最期のあがきにブラフをはった。

「……取引だ……、解毒薬が有る……」

『解毒薬!? なんのことだ!?』

「昨日お前が意識を失ったのは、毒を使ったからなんだよ。特製のアナコンダの毒薬が……。明日の朝には毒が全身にまわって死ぬぞ。身体中から血を流してな……」

 アナコンダに毒なんてあるわけねーだろ、と聞こえないような小声でジラールがつっこむが、どうやらマルジェラの反応はすこぶる良い。

 顔が青くなり、足が震えているのがわかる。

 マルジェラがウサギと相談している。そしてウサギの瞳が再び光る。

『マルジェラ様は昨日盗んだ金貨800枚で手を打つと言っている。今すぐ金貨800枚返せば、ついでに人質の姫も解放するとおっしゃっている。薬をよこせ』


 姫はマルジェラに囚われていたのか!? 

 通りで見つからないはずだ!


 俺は昼間、オルマが買い物で買ってきたアナコンダの精力剤をマルジェラに差し出す。

 ウサギが瞳の光を点滅させる。

『よし、拘束は解く。今すぐ金貨800枚持ってこいクソムシども』



 俺たちはなんとか九死に一生をえた……。

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