第3話 決戦、そして旅立ちへ

 アジムートとミュラー、お互いに向き合い、一礼した。


 静まり返った稽古場、二人は同時に立ち上がり、木刀を構える。


 アジムートは木刀を持つ右腕を大きく振り上げ、上段に構えた。


 片足を引き、木刀を天空へ掲げる。


 アジムートの戦法は至ってシンプルだ、それを全力でただ振り下ろす。


 しかしミュラーは知っている。

 その一撃が破られたことがないことを、その一撃で多くの命が奪われたことを、迂闊に受ければ木刀なぞへし折れ、頭骨が砕かれることを。


 一撃必殺、アジムートはその技で数多の戦場を血に染めた。


 対するミュラーは腰を深く落とし、手元を隠すように上半身をひねり、構えた木刀が床に着くほど低い姿勢で構えた。


 それは形象するなら龍と対峙した虎のような光景だった。


 ミュラーは知っていた、父が必ずその構えをすることを。

 対してアジムートは息子の剣の腕を知らなかった。

 その構えも初めて見るものだった。

 しかし獅子白兎、全力でこの一戦を挑む思いがあった。


 二人の決定的な違いがあった。


 情報、アジムートはすべてを曝け出しているのに対して、ミュラーは己が技を秘していた。

 この点のみがミュラーに有利な状況を作り出していた。


 立ち会う兄たちは思った。


 一撃で終わる、と。

 

 万一、アジムートの一閃の振り下ろしを避けたとしても、空いた手で構え直し、左右自在に横へ斬撃が飛ぶ。

 実質アジムートの間合いに入った時点で防御不可能なのだ。

 アジムートの上段の構えを破った者は事実、誰一人いなかった。

 入念な下の兄は予め蘇生術者を手配していた。


 それは刹那だった。


 上下、二つの剣光が交差する。


 驚愕したのはアジムートだった。


 自分の振り下ろした斬撃が防がれたのはいい、しかしその太刀先にあるのはミュラーの足だった。


 何故へし折れん!? 


 そう思った刹那、ミュラーの剣閃が自分の首に迫っていたことを悟った。


 この戦いに対してミュラーはあらゆる仕込みしていた。

 靴は普段の稽古靴ではなく、鋼鉄製の長靴を用意していた。

 稽古場の木刀の芯には金属を仕込んだ。

 アジムートが使うと予想していた巨大な木刀以外は全て。

 ミュラーはこの戦いのために稽古場内にあらゆる仕込みを、夜明け前の下見にしていたのだ。

 誰にも勘づかれないように。


 そしてミュラー想定通りにことは進んだ。

 蹴り上げで上からの斬撃を受けるのではなく、受け流す。

 そうすることで足の衝撃をやわらげると同時に右腕の動きを制した。

 そして自身が放った横一閃の太刀はアジムートの局所である喉の破壊へ走る。


 しかしそれは起きなかった。


 アジムートの無意識の防御本能がミュラーの斬撃を防いだ。

 正確にはその太刀を左手で掴んだのだ。

 ほんの一瞬で首の防御と同時に次の攻撃へとアジムートは思考していた。


 木刀ごと振り回して地面に叩きつけてくれるわ。


 しかしそれは叶わなかった。


 斬撃が塞がれた瞬間、ミュラーは木刀を手放した。

 そして空いた手で、刃のように鋭い手刀がアジムートの首を捉える。

 ミュラーが勝利を確信したのは、指先から肉を切り裂く手ごたえが感じた時だった。


 刹那、ミュラーの身体は浮いた。


 同時に胃が破裂するほどの衝撃が腹部に襲い掛かった。

 アジムートの強烈な蹴りが炸裂したのだ。


 ミュラーの手刀、アジムートは避けることができた。

 しかしそれは後ろにのけ反ることになる、だが相手に攻撃を避けるためとはいえ、後退することをアジムートのプライドが許さなかった。


 喉ぐらいくれてやる、懐に踏み込め!

 

 アジムートの思惑通り、ミュラーは仕留めるための踏み込みを深くしてしまった。

 前に移った重心にアジムートの渾身の蹴りが放たれてしまう。

 その威力の凄まじさは稽古場の壁を突き破るほどのものであった。


 外へ吹き飛ばされたミュラー。


 痛感した。


 一撃必殺、それは剣でのみと思い込んでいた。アジムートの四肢から放たれる全てが必殺になる。

 道着の下に鎧を仕込んだことで幸い命拾いしたな。


 しかしその一撃が致命的過ぎて、ミュラーの肉体は立ち上がることを許さなかった。

 アジムートが木刀を持ち直し、ミュラーに止めをささんと近づいていく。

 首から血しぶきを流しながら。


 ミュラーはつくづく思い知った。


 この男を同じ人間と思ったのは見誤りだったな。


 アジムートは感激した。


 我が息子がここまでの剣士になるとは。


 そして二人が同じ思いを重ねた。



 これで心おきなく殺せる!



 アジムートが斬撃を繰り出そうとする刹那、それは発動した。


 魔法。


 アジムートはミュラーが魔法を使用することは知っていた。

 そして魔法とは本来、剣士の間合いでは使うものではないことが常識だった。

 まず魔法には詠唱が必要である。

 そして、その使用する魔法の触媒が必要である。

 戦いの場において後者はともかく前者は至極困難だ。

 長い魔法の詠唱をしながら、気を集中させ、手から放つ。

 その間に剣士は無数の斬撃を繰り出せる。

 魔法とは本来、遠距離で放つものである。

 その先入観がアジムートの命取りとなった。


 事実、今アジムートの屈強な体躯には稽古場の木刀が全て貫いていたのだった。


 ミュラーは言い放つ。

「詠唱は魔法陣で破棄した、触媒は貴様の血だ!」


 放ったのは磁力魔法、それがアジムートを捉えた。


 稽古場に仕込んでいた、金属の入った木刀を操作し、床上の魔法陣にいたアジムートに発動したのだ。


 勝敗はこれで決まった。アジムートは生まれて初めて、敵の前に倒れ伏した。


 喉を裂かれ、声が出せないアジムートは忌々しい目でミュラーを睨みつけていた。

 瞳の光は消えていない。

 全身を無数の木刀で貫かれた宿願の好敵手、その姿にミュラーは不敵な笑みを浮かべ、呟く。

「さっさと母さんに回復魔法かけてもらうんだな」


 常勝不敗の騎士アジムート、それを破った少年の名はミュラー=ルクルクト。


 後に「蒼き狼」と呼ばれた男の名だった。


 彼は今、運命を自ら切り開いたのだ。


 そして少年は旅立っていく。

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