一章 ミュラー若かりし頃の過ち
第4話 目覚めた先は①
ミュラーは後年なって若かりし頃を多く語らない。
彼が旅に出てその後しばらくどうなったかは謎のままだ。
彼の名が世に出ていくのは晩年の頃になる。
しかしミュラーという人物が確立されたのは間違いなくこの青年期だ。
だがミュラーの口からはこの時代を語られることはほぼない。
そして若かりし頃のミュラーを知る者は殆ど存在しない。
それはミュラーが寡黙だからではない。
それは彼の青春だった。
それはかけがえなのない友との思い出であった。
それは心を寄せ合った仲間との絆であった。
それは甘酸っぱい恋の記憶であった。
それは挫折と苦難の積み重ねであった。
そして消したくても消せない、黒き歴史でもあった。
めったに知ることの無いミュラーの青春時代をここに綴ろう。
目が覚めた。
ここはどこだ。
昨日までの記憶がさっぱりない。頭の中の脳みそが暴れているかのような激しい頭痛だ。
服は着ていない、なぜか裸だ。
ベッドの上にいる。
しかし俺の知るベッドではない、女性用というか、絵本のお姫様が寝ているようなベッドだ。
辺りを見渡す、絵本の国に来たのかと思わせるようなメルヘンチックな部屋だ。
無駄に広く、豪華だ。
言葉では言い表せないが女の子が憧れるような部屋を具現化させた、そんな感じだ。
やたら散らかっているのが気になるが、今はどうでもいい。
まずは服を着ないとな、と体を起こすと隣に人がいた。
マジか?
絵本の国にきて、そのお姫様と致したのか?
頭が混乱してきた。
おそるおそるシーツをめくる。
出てきたのは全裸の若い男だ。
思考が硬直する。
何があった!?
思わず飛び跳ねるように起きる。
その衝動で全裸の男も目覚める。
「うー、頭いてぇ……」
そしてそいつと視線が重なる。
刹那、戦慄が走った。
俺が構えると同時に全裸の男も身構えた。沈黙が包む。
まじまじとそいつを見る、全裸だ。
印象としては汚らしい、育ちの悪さが顔に表れている。
触れたら埃が落ちそうな、薄汚れてぼさついた赤髪の下から野犬ようにぎらついた眼光を覗かせる。
なんかこう、酒場で飲んだくれているチンピラみたいな奴だ。
痩せてはいるが、俺よりも一回り大きい背丈に、細身ではあるが肢体は筋骨隆々としていて、とっさに構える動作からかなりの手練れとわかる。
その鋭い目つきで俺を睨みつけきた。
「誰だテメー!!」
こっちのセリフだ。こいつは何者だ!?
武器になるものはないか、辺りを見渡すが、お伽の国に出てくる部屋にそんなものはなかった。
人形、ぬいぐるみ、絵本、ゴブリン……、
ん? ゴブリン?!
「おい、ゴブリンがいるぞ!」
俺が叫ぶと、男が振り返る。
全裸の男がニヤリと笑う。
「いいエモノあったじゃねーか!」
全裸の男がゴブリンの足を捕まえ、武器のように振り回す。
こいつ、ヤバい。
それにしてもなんともシュールな光景だ、全裸の男二人が対峙し,ゴブリンの泣き叫び声が響き渡る。
「もーうるさいなー……」
ベッドのシーツからなにやらもぞもぞ動いてくる。
姫様か!?
と期待したが現れたのは獣族の娘だった。
頭ににょきっと生えた狼の耳が印象的だ。
しかも裸だった。
湖の水面ような水色の瞳に、淡い銀色のショートヘア、やや癖っ毛のある髪はさらさらというよりふんわりしている。
歳の頃は十代後半ぐらいだろう。
柔らかな顔立ちに少し幼さが残る。
目が特徴的だ。
目尻が下がっていて、こう、人懐こそうな印象を与える。
肢体を観察するに、健康で、身軽な身のこなしができそうだ。
スレンダーという言葉がぴったり似合う。
初めての異性の裸体に俺の下半身が猛烈に反応しているのを直感した、すかさず前を必死で隠す。
「ふにゃ! 裸で何やってんの!? あたしも裸!?」
全裸のチンピラが警戒しながらゴブリンを前に突き出す。
「おい、頼む。昨日の記憶がない、なぜオレがここにいるか教えてくれれば、危害は加えない。このままだとオレはこのお姫様みたいな部屋でゴブリンと4Pを楽しんだことになる……」
全裸のチンピラの威勢がさっきより弱くなったのは気のせいか。
正直俺も状況を整理したいし、本当に服を着たい。獣族とはいえ年頃の女の子に裸を見られるのは耐え難い。
「悪い、俺も昨日の記憶はない、本当だ。昨日この国に来たことだけは覚えているんだが……」
「ねーちゃんはどうだ?」
チンピラに声をかけられた獣族の女の子は首を横にふる。
「ていうか、あんたら服着てよ! せめて下を隠せ!!」
怒られた俺はシーツで下半身を覆う。
するとチンピラが耳元で囁きかけてくる。
「……おい、あのねーちゃん、見てみろ、やべぇぞ……」
裸の女性をマジマジ見るこいつの品性を疑った。
しかし俺も年頃だ、女性の裸に興味津々なのは仕方がない、ここはチンピラにうながされたという免罪符で、チラっとだけ見る。
それは期待とは違った。
狼だ、猛々しい狼が少女の背中で雄叫びを上げていた。
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