青列車 いまだ未明の 東海道
第12話 先行列車の名古屋駅。そしてさらなる東上へ。
さて、先行の特急「出雲2号」は京都駅に22時30分に到着し、機関車を交換して7分後に東京に向けて出発した。
京都発車後、22時30分を過ぎてはいたが車内放送が入った。無論これがこの列車の今晩最後の放送。明日の横浜到着前まで緊急の事態がない限り放送を中止するとともに車内を減光するという案内である。それほど乗客が乗っているようではないが、京都から幾分の乗車があったこともあるのだろう。この列車には食堂車があるにはあるが営業を休止している。そのあたりのことを良く知っている人は食堂車のテーブルで酒盛りをしたりもするが、何分味気ないことこの上ない場所での酒盛りを誰もが積極的にやろうなどという気に慣れないものである。
いずれにせよ、そういう特殊な人でもない限り、車両をまたいで移動するような人はいない。またいでも、デッキの近くに便所や洗面所がある場合に隣に行くくらいまでで、列車内を歩き回るような奇特な人はまずいない。
車内は、すでに暗くなっている。彼女はビールを飲み終え、窓側のテーブルに空き缶を置いてそのまま寝込んだ。
下段寝台の彼女が熟睡すること2時間弱。0時42分に名古屋到着。ここで、紀勢本線の紀伊勝浦からやって来る特急「紀伊」を待合わせ、この列車の前部に6両連結して再び東京駅に向かう。
それに先立ち、EF58型電気機関車がいったん客車から離れた。作業をするための汽笛が鳴らされる。この客車は窓を密閉されていて外の音はそう聞こえないはずだが、それでも、床下からのエンジン音とともに外からの音も幾分就寝者の耳に入らないわけではない。彼女もなぜか、かすかな汽笛の音に目を覚ました。
カーテン越しに外を見ると、名古屋駅の駅名が掲げられている。やがて、乗っている車両の前に6両の客車が連結された。さらに、幾分の余分な音が発生する。
ただでさえこの客車、列車全体の電源の一部を床下で発電していることもあって他の客車より幾分音がすることに加えて、目の前に客車6両の連結作業が行われているとなれば、どうしても騒音が発生せざるを得ないため、この列車の客からは苦情がしばしば国鉄にも入っている。
だが、特に車内放送などもないので、問題が発生している様子もない。
「そういえばこの列車、名古屋で紀勢本線から来た「紀伊」を併結するって、マニア君が言っていたっけ。なるほど、こんなにも音がしては苦情も来るってものね。それにしても、こんな時間まで駅で待つようなことにならなくてよかったわ」
彼女はそんなことをふと思ったが、特に言葉に出してはいない。
あたりは、すでに寝入っている。特にざわつくほどのこともなく、巡回する職員に直接苦情を申し立てる客は、少なくとも今日はいない模様。
しばし静かになったと思えば、列車は気づけば走り始めていた。
彼女もまた、何事もなかったかのように再び眠りへと戻っていった。
列車は無事に特急「紀伊」を併結した。そして名古屋を汽笛と共に去り、さらに東に向けて未明の東海道を東上中である。
この列車が次に停車するのは、沼津で4時16分着。しかし、それまでに浜松で運転停車をし、機関士が交代することとなっている。
浜松からの機関士は、次の沼津までを担当すし、沼津からの機関士は終点の東京まで運転する。車掌と違って運転士は緊張を持続させる必要のある仕事である。
そのため、どの列車でも昼と夜を問わずこまめに交代する。
あまり早く着き過ぎても着いた先ではやくから放り出されては客としてもたまらないこともあるから、夜行列車はあまり無理に飛ばす必要はない。
それに加えて線路の保守などのこともあるので、あまり無暗に速度を上げて走るわけにもいかない。何より寝台で横になって寝ている客ばかり。無理な速度で走って事故でも起こされてはオオゴトである。
この日も列車は、夜の東海道を静かにゆっくり急いで東京へと向かっている。
名古屋駅でいったん目が覚めた陽子女史は、再び眠りについている。
浜名湖の光景も、富士山も、いまだ夜明け前。昼間ならその風光明媚なる光景を堪能でき洋物ではあるが、どのみちそれもかなわない。ならば、ゆっくり寝ておくのが賢明というものであろう。
今日の彼女の寝ている寝台の区画には、他の客は誰もいない。夜行列車にはスリが出るともいわれているが、こうも乗客がいなければ、商売にもなるまい。
現に彼女のもとにもこそこそと誰かが来るようなこともないまま、世は更け、そして明け方へと向かっている。
時に、列車に警乗する公安官や車掌が安全を期して巡回してくるくらいである。
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