第9話 山陰おこわでビールは進む 3

「その所長さんとやらの職場、居心地よさそうですな、私のような者には」

 そう述べたのは、内山氏。彼は作家である。妻の他に仕事仲間と2人の女性との間に子どもがいるが、彼女たちといるのは格別、基本的には一人で仕事をするということもあるが、そもそも彼は集団で何かしたりすることを好まない性質である。


「内山さんにはよろしいだろうが、私には、違和感あるなぁ。うちの会社はまあ昔から互助会的に同僚同士や上司と部下、いろいろな形で家族ぐるみの付合い、良くも悪くもあります。私らは全国レベルの転勤族ですからそうでもないけど、地元採用の社員の皆さんの間は、良く言えばそれこそ互助会、悪く言えばべたべたした付合いが横行と言っては語弊があるが、あるねぇ。もっとも、本官の(苦笑)個人的意見としましては、そういう付合いを一切やらないというのも、いかがかと」

 いささか面白おかしく述べた平沼氏に、そそくさと食べ終えて残ったビールを飲んでいる片山氏が続く。


「うちの会社はこの筋の会社らしいといえばらしいかもしれんですけど、ごく普通に飲み会も社内旅行もありますよ。ただ、強制はしていません。というか、みんなまとまってとはなかなかいきませんからねぇ。最近の若い人の中には、そういうことをする間があったら給料に回せなんていう人もいるくらいだ。それもそれでどうかなとは思いますけど、個人的な付合いは、皆さん、いろいろありますね。会社としてはそれを止める必要もないですし、何と申しても、職場結婚、多いですよ」

「片山君の会社、大宮哲郎君っていう法科出身の人いるでしょ、彼みたいにバランスのとれた人って多いの?」

「あのクンは飛び抜けた人だからああいうものよ。みんながみんな彼のように優秀な人ばかりじゃない。それは文系理系を問わない。それが証拠にぼくのような工学部の落ちこぼれでも何とか務まっていられるわけだけどね」


 列車は浜坂に停車し、さらにいくばくかの客を拾う。次は城崎に停車する。

「いくら珈琲1敗で粘るって話じゃないとしても、そろそろ、帰りましょう。何なら車内販売のビールとつまみでも買って、青木君と内山さんのコンパートで飲もうではありませんか」

 最年長の平沼氏の提案により、食堂車での飲み会はお開きに。それぞれ会計を済ませて1両後ろになる寝台車に戻ることとなった。幸い、車内販売のワゴンが食堂車に帰ってきた。そこで彼らは缶ビールと日本酒のワンカップ、それにいくばくかのつまみを購入し、青木氏と内山氏の寝る場所となるコンパートに戻った。


 幸いにもこの区画の上段寝台には客がまだいない。この後乗車してくる可能性もあるが、これなら多少飲みながら話していても安眠妨害にはなるまい。時刻は20時45分。小学生あたりならまだしも、大の大人である彼らには、まだ宵の口と言えば言えなくもない、そんな時間である。


 

 


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