第8話 山陰おこわでビールは進む 2

 列車は宵の口の山陰路をひたすら東へと進んでいる。時折鳴り響く先頭の機関車の汽笛が、密閉された客車の中にも仄かに聞こえてくる。それがまた、旅情という言葉だけでは言い尽くせない何かを感じさせてくれる。

 列車は、鳥取駅に到着した。ここからも客が乗込んでくる。下りの1号の鳥取着はあまりに朝早すぎるが、上りの4号は19時51分発。午後8時に乗って寝ていれば11時間後には東京と相成り、なかなか便利な列車である。しかもこの時間なら食堂車も営業しており、益々重畳ときている。

 そしてここからも、さらに客が乗ってくる。食堂車にも、その中からおこぼれよろしく直行してくる客もいる。相も変わらず飲み続けている彼らのところにも、相席者がもう一人やって来た。先程は2人のうちの片方の知人だったが、まさか今度はそんなこともあるまいと思っていたところ、その客はなぜかかの2人のうちの1人を知っている人物であった。


「内山君じゃないか?!」

「え? そういうあんた、片山君ではないか」

「お楽しみのところ失礼します。私、三角建設株式会社の山陰営業所長の片山一人と申します。内山君とは、高校の同級生でして、岡大では学部が違いますけど、よくお会いしておりました」

「片山君、こちらが国鉄の米子鉄道管理局長の青木進さんで、こちらが鳥取県警本部長の平沼武志さんです」

 そんなこんなで、林立する瓶ビールの上を名士たちの名刺が飛び交う。

「さっきは私の先輩で、今度は内山君の同級生。何だかんだで、世の中狭いような狭すぎるような」

「そんなものですよ、青木さん。うちの会社は大阪が本社ですけど、東京にも本社機能がありましてね、明日は東京で会議ですわ。この列車はしかし、鳥取に住む者としては実に便利ですね。下りはちょっと早すぎますけど、上りはちょうどいい。しかも食堂車もありますから、益々気分良く移動できるというものですな」

 片山氏もまた、おこわ定食とビールを頼んだ。またもビールがやって来た。


「青木君と内山さん、君ら、なんでそばを残していたの?」

 最年長の平沼氏がビールのグラスを片手に尋ねる。

「いやあ、これ、締めですわ」

 どちらともなく、答える。実は彼ら、2人分の会計がかの税金に入らないよう、つまみにポークカツも単品で頼んでいた。それはすでに皿まで下げられているというのに、おこわ定食のそばだけが残っている。

「列車食堂まで来て、酒の締めが出雲そばかな。しかし、粋な食べ方されるねぇ」

「ああ、これ、内山君の発案ですわ」

「さすが、作家さんの発想は素晴らしいですな」

 少し間を置いて、平沼氏が尋ねる。

「ところで、皆さん何号車の寝台におられるの?」

 それぞれが何号車のどの寝台と答えていく。何と、彼らの寝台のコンパートが隣同士であった。


「これはしかし、奇遇ですねぇ」

「まあその、私はいかんせんこういう仕事ですから、内山君の分と私の分は向かい合わせの下段になるように仕組みましたが、平沼さんや片山さんのところがまた向こうとこっちで隣同士とは、すごい御縁ですね」

「そうですね。背を挟んで向かい合わせの寝台に内山君がまさかいるとはね、夢にも思っていませんでしたよ。それはしかし、平沼さんも同じでしょう。寝台を挟んで向こうに青木さんがおられるなんて」

「片山さん御指摘のとおりですよ。それがまた、食堂車の相席ですべてどこかの知合いで埋め尽くされるなんてねぇ」

「まったくですよ。ところで青木君、国鉄が民営化されたら、寝台列車はどうする御意向なのかな?」

 締めのそばを食べ切ってなおビールを飲みながら尋ねる内山氏の質問に、青木氏もそばを食べ切ってビールを飲み、個人的な見解と断って、持論を述べ始めた。


 当面は、今のように走らせます。ただね、新幹線がありますでしょ、これが延伸して、しかもさらに速度向上となれば、どうしても寝台列車で移動する必然性はなくなってしまいます。あまりまだ大きな声で言えませんが、東海道も、数年先には東京と大阪で最大30分程度は短縮するべく準備を進めております。いきなりは無理でしょうけど、まずは3時間の壁は突破させなければ、ってところです。

 それからもう一つ、これはまだあちこちで他言できない話ですけど、うちの会社ではね、寝台車は今のような開放型ではなくて個室を基本としないといけないという認識になりつつありますわ。今はこの列車にもありますけど、A寝台の個室だけですけど、ゆくゆくはA寝台だけでなくB寝台についても、1人用も含めて個室を用意できないかと、そんな話にもなっています。

 なんせ私らの学生時代のように、みんなでワッと社員旅行だの宴会だのとやっていられる時代じゃなくなりつつありますからねぇ。

 そうそう。こんな話があった。是非皆さんお聞きくださいよ。

 私の同期で今貨物畑にいる者がいましてね、彼、武蔵野線の三郷の貨物基地の設計や運営にも関わっていますけど、そこの責任者には、できるだけドライに仕事を運営できる人間を選んで送ってもらっていましてね。これまで人力でやっていた貨車の入替を新幹線のCTCのような機能を使って行おうってものでして。

 その基地の所長さんに選ばれた方がまた、輪をかけてドライな方でねぇ。場所柄全国から希望者を募って運営していますけど、特に歓迎会などしないし、飲み会も個人レベルまで止めないにせよ、職場として特にやることもないそうです。職員旅行なんてとんでもない。その人に言わせれば、こうですよ。

「今どき、仲間ごっこでもないでしょうが」

ってね。そりゃあ、組合とか左翼系に多いですけど、あの手の団体の仲間ごっこみたいなやり口には私も辟易しているクチですけどねぇ、そうも正面切られると、それもそれでなんだかなぁと思いますよ。

 どうです、皆さん。

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