第3話 魔王のつま先を舐める、勇者
◆
魔王城の庭先にある巨大なコロシアムの中央で、魔王『エルレイン』は息を吸い込み、全身に魔力をみなぎらせる。
「 超 極 大 投 影 魔 法 アルターナ ヴィジョン 」
世界中の空に、正方形の巨大な魔法スクリーンが、大量に創り出された。
人間国の空にも、魔族国の空にも。
四割ほどの魔力を消費してわずかに目まいを起こす。
「 にゃにゃ〜〜ん♪ 」
巨大スクリーンに猫耳少女が映り、コミカルに動き出す。
「魔王さまのちょー忠実な使い魔、ねこにゃんだよぉ。おはようにゃ~ん♪」
まるで実況配信。vtuberを連想させた。
「みんな知ってるう? 知ってるよね? 今日、この日に何があるか? 人間たちは怯え、魔族たちは歓喜しているはず。そう、お待ちかねの、勇者虐殺配信のはっじまりだよ〜! に ゃ あ 〜〜!」
コロシアムの上空に花火が盛大に打ち上げられた。
魔族たちは沸き立ち、人間たちは暗く落ち込んでいた。
鋼鉄の扉がごおんと開き、両腕を鎖で縛られた勇者メルルが、配下のサキュバスたちによって、魔王エルレインの前に連れてこられる。
勇者のあごを持ち上げ、魔王は不敵に微笑んでいた。
「見てにゃ、勇者のあの ふてぶてしいお顔。まだあきらめてませ〜んって顔してるにゃ。これから何をしても、彼女のこの強い意志をへし折ることは難しいかもしれないにゃ。きっとものすご〜〜い拷問を受けても、勇者として威厳を保ったまま死ぬかもしれないにゃ」
「それではつまらないな」
魔王はにやりと、勇者に告げる。
「勇者よ。この虐殺配信の目的はなんだと思う?」
わずかに沈黙して。
「……わたしを虐殺する映像を見せて、人間たちに絶望を与えるためだろう?」
そのとおりだと言い くくくっと笑う。
「絶望する者もいるだろう。嘆き身を投じる者もいるかもしれない。だが、我に怒りを燃やし、勇者のように気高き魂と誇りを持って、戦う意志を研ぎ澄ます者もいるはず……それではダメだ。 我が望むは、すべての人間の絶望……」
「にゃにゃんと! なんと魔王らしい――いや、魔王を超えた残虐な思考にゃ。いったいどうやって人間どもすべてに絶望をあたえるにゃ? 気になる、気になるにゃぁ!」
「勇者。ひとつ我とゲームをしないか?」
「ゲームだと? ふざけるなっ」
「勝てば、貴様を解放して人間の国に帰してやろう」
「にゃあ! そんなことににゃったら、魔王さまの権威は失墜! 魔王として立場を追われことになってしまうにゃ」
「わたしが負けた場合どうなる?」
「貴様は虐殺される。それだけだ」
「にゃにゃにゃ! 負けたら虐殺! それでは、すべての人間に絶望をあたえることはできないにゃ。ということは、ゲーム内容にその秘密があるんにゃね。いったい どんなゲームにゃ? 気になるにゃぁ」
「我の、このクイーンサキュバスの『魅了』に30分耐えてみせろ」
「にゃにゃにゃぁ〜! 勇者には状態異常が効かない。子供でも知ってる、この世界の絶対的ルールにゃ。無理にゃ。不可能にゃ。絶対に負けるにゃ〜!」
魔王がパチンと指を鳴らすと、勇者をコロシアムに連れてきたサキュバス四天王が詠唱を始めた。
ゴッドチャーム!
ポイズンデス!
パラライズエンド!
エターナルスリープ!
状態異常の最上級魔法が勇者に降り注ぐ。
直撃する寸前、弾けて霧散した。
その光景に、魔族と人間に違った衝撃が走る。
「こ、これが、『勇者の加護』。状態異常への絶対防壁にゃ。これを打ち破ることは、戦争が始まって以来800年間 誰もできなかったことにゃ……」
「これでもやるつもりか?」
「ふふふっ。当然だ。100パーセント我が勝つ」
「いいだろう。勝負を受けてやる。それで、おまえの勝利条件はなんだ?」
「 貴様に足を舐めさせる。これが我の勝利条件だ」
挑発するように、勇者の顔前につま先を突き出した。
「それと、貴様が負けたとき、貴様を虐殺するのは我ではない」
「なに?」
「おまえが愛した人間たちだ」
「――ッ!」
「足を舐め魅了が完遂したとき、貴様を操り、人間たちの街を襲わせる」
顔面蒼白になる勇者に、魔王は愉悦に笑う。
「英雄視されていた貴様が人々を虐殺し、その貴様を人々が虐殺する。その光景を見て絶望しない人間などいないだろう。 これが我のすべての人間を絶望させる計画だ」
「にゃんと、残虐で悪魔的な発想にゃ。魔王の範疇を遥かに越えてるにゃ。けど、勝負に負けて 約束を破って殺せば、嘘つき魔王として。約束を守って勇者を逃がせば、情けない魔王として。どちらにしても魔王さまの権威は失墜。新たな魔王が生まれるのは必然にゃ。これは魔王さまにとっても、命を賭けたゲームにゃ」
巨大な砂時計がドカンと上空から落ちてきた。
「ふふふっ。いくぞ、ゲームスタートだ」
魔王の眼が妖しく光り、あごを持ち上げていた勇者の瞳の奥を覗く。
「
その瞬間 勇者が――はあ、はあ、はあ……大きく息を切らせ始めた。
「聞いたことがない魔法名にゃ。魔王さまの固有スキルかにゃ? んっ、勇者の様子が……」
「ぐっ、うわあああああああッ!」
「な、なんにゃ? いきなり勇者が苦しみ出したにゃ? にゃにゃにゃぁ?」
「なッ、なにをした……?」
動揺する勇者に、魔王は靴を脱ぎストッキングを頭に落とした。
「敵に教えるわけがないだろう。さあ、勇者よ。我の足を舐めろ」
はあはあはあはあはあはあ――ううっ。
荒い息がつま先にかかる。
「舐める舐める、舐めるにゃ〜!」
魔族たちは大興奮し、人間たちは悲鳴をあげて目を覆った。
勇者の舌先が、魔王のつま先に伸び――
「って、舐めにゃーい!」
寸前でピタリと止まる。
「どうやら完全ではにゃいけど、魅了が効いているようにゃ。800年の歴史上 始めて勇者を魅了したにゃ。さすがクイーンサキュバス、魔王エルレインさまにゃぁ」
うおおおおおおおおおッ!
魔族たちは興奮の渦に包まれ、人間たちは沈黙して青ざめていた。
そんな人間たちを鼓舞するかのように勇者は息巻く。
「ま、負けない……。たとえ魅了されていたとしても、おまえなどに屈服などしない。決して足など舐めぬっ!」
勇者の折れない心が、人々の心に勇気の火を灯す。
「にゃっはっはっ! 情けない強がりにゃ。その様子では、あと30分も耐えられるはずないにゃ。むだむだむだにゃ〜」
はあはあはあはあはあはあ――。
何度も何度もつま先を舐めようと舌先が伸びるが、寸前で堪える。
そのたびに魔族は歓喜して 落胆した。そして人間たちは悲鳴を上げて 安堵した。
――そうして、砂時計の残りもわずかとなった。
視聴者数もどんどんと増えていき、人間 魔族を合わせて5000万人を突破した。
「あ、あと一分にゃ。あと一分で魔王さまの負けにゃ……」
実況中のねこにゃんは激しく動揺している。
「や、やるではないか、勇者よ……」
「お、おまえもな、魔王……」
さすがの魔王も焦りの色が見える。勇者も限界ぎりぎりなのは明白。
すべての視聴者が固唾を飲んで結末を見守った。
そのとき――
「ぐうぅっ。 うわああああああッ!」
悲鳴を上げて勇者は、体を掻きむしるように抱きかかえ、瞳を虚ろにさせた。
「勇者の雰囲気が変わったにゃ? こ、これはまさか……?」
実況、魔族、人間、すべてがシーンと静まりかえった。
砂時計が、カウントダウンを始める。
3
2
1
ぺろりとつま先を舐めた。
「舐めたっ! 足を舐めたにゃぁ! 魔王さまの勝ちにゃ〜〜!」
うおおおおおおおおおおッ!
魔族領からは割れんばかりの歓声が轟いた。
人間領には悲鳴と絶望が蔓延した。
勝ち誇り魔王は にやりと笑う。
「それでは勇者よ、命令だ。この貴様の聖剣を持って人間たちを虐殺してこい」
異空間から取り出した白銀の剣を大地につき刺した。
偉大なる勇者が魔王の命令を受けて自分たちを殺しにくる。それを想像して人々は神に祈る。
虚ろな瞳で立ちつくす勇者に変化が起きる。
「 ぐぬおおおおおおおっ! 」
咆哮をあげて、両腕に巻かれた鎖を引きちぎった。
「なんにゃああ! ま、まさか、魔王さまの魅了を解いたのかにゃぁ?」
実況を聞いて人間たちの表情に希望が満ちる。
「魔王。命令に従おう」
え?
勇者の言葉に、人間たちの希望という灯が、絶望という風で吹き消されようとした瞬間――
「わたしの誇りと魂に従って、おまえを討ち滅ぼす!」
うおおおおおおおおおおッ!
民衆の燃え上がった心と共に、超高速の剣劇が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます