第11話
雨音たちが搭乗予定だった旅客機の整備不良がニュースになったのは、翌日のことだ。それはエンジンの重要なパーツが欠落していたという重大な整備不良であり、突然の豪雨で欠航されていなければその機体はそのまま空へ飛び立ち、最悪の場合墜落していた可能性もあるという恐ろしい話だった。
一年前、未来が山林火災の夢を見たのを皮切りに、全国各地の予知能力者から同様の予知の観測が報告された。寄せられた情報を元に早急に予知の解析が行われた結果、出火の原因は航空機の墜落事故であり、それは約一年後に起こるということが判明した。
「どうして一年後の予知が今?」
「これまで観測された予知の多くは事が起こる直前か、早くても一ヶ月前程度だったはずだ」
「いくらなんでも早過ぎはしないか」
未来予知研究機構の研究員は、皆一様に首を捻っていた。だが、次の所長の言葉に、研究員たちは突き動かされた。
「これは私の、根拠の乏しい、ほとんど持論に近い仮説だが。未来予知というのは、その未来を変えるのに最適なタイミング、つまりは未来選択の分岐点で起こるものだと考えている。きっとこの航空機事故による山林火災は、今から動かなければ変えられない未来なのだろう。この一年間、悲惨な未来を変えるために、我々はあらん限りの力を尽くそう。皆の知恵を貸してくれ」
未来を変えることができないのなら、神様はどうして私に未来なんか見せるんだろう。
それは、未来が幼い頃から苦しめられてきた疑問だった。
高校二年生、修学旅行最終日。あの日の『誤報』で巨大地震から命を救われたという証言も耳にしたことはあるが、実際にどれほど被害の大きさに影響があったかは定かではない。『娘の予知』なんてものを理由に独断で緊急地震速報を発表した父には厳しい処分が下されたし、隣家の老人を救助しに行く余裕なんかがあったせいで結衣は両脚を失った。自分の力で人を救えたなんて、とても思えなかった。
だから、所長の言葉には勇気が湧いた。次こそはちゃんと救いたいと思った。今から動かなければ、変えられない未来がある。それはつまり、一年かければ、変えられるかもしれない未来だ。
高校二年生、修学旅行最終日。あの日のことが、頭に浮かんだ。私は、飛行機を止める力を持つ人を知っている。一年かければ、あるいは。
「所長」研究員たちの視線が、未来に集まった。「一つだけ、方法があります」
所長は鋭い眼差しを未来に向け、ゆっくりと頷いた。「どんな方法か、言ってみなさい」
「親友を傷つけ危険に晒す、最低な方法です」
雨音の婚約者という最も重要かつ非情な役を務めた彼は、あの日以来一週間も職場に顔を出していない。一応の連絡はつき、現地で合流するという約束は取りつけられたものの、彼の身に何かあったのだろうか、ちゃんと来るだろうかと、不安は尽きなかった。
未来は腕時計に目を落とした。そろそろ出発しなければならない時刻だ。
研究所の外に出て、空を見上げて思う。
未来を変えることはできた。でもその代償に、私は大切な親友を失ったのかもしれない。きっと雨音が怒っているんだ。
憎たらしいほどに青々とした空が、そこにはあった。
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