第8話 狂気沼の底に、絆の優先順位(トリアージ)はある
注:原作よりも、キャラがかなり崩壊しています。ファンの方はご注意下さい。
ーーー…★
『わたし、告白したわけじゃないので、この件で何か返事をする権利は春木センパイにはありません。そう簡単にフラせてなんてあげませんよ?』
ゆにちゃんとバーガー屋で初デートしたときに、言われた言葉だ。
俺の気持ちは「哀川さん一択」であるものの、彼女を「正式に振る」事は難しい。
でも、ちゃんと筋を通さないと・・ゆにちゃんはいつまでも、先にも後にも進めない・・と思う。
俺は誠心誠意、言葉を紡ごうとする。
「ゆにちゃん、俺にはもう、哀川さんが一番大事な・・・!」
「アハハハッ!! やだなぁ・・『いけない』なんて言いませんよぉ???
私はぁ、ちゃんと春木センパイの、しゅたい的意思をそんちょーしますからぁ♪♪
だからぁ・・・春木センパイが天下の公道でイチャコラしようとぉ!!?
そこの【死んだふりして、騙し討ちをした発情猫】と、交尾三昧だろうとぉ♡
ええ、私はまだ負けたとは限りませんしぃ???
夏恋先輩の言うように『学生同士の恋は、長続きしない事も多い』ですからねぇ・・・
キャハッ♪」
いつだったか。部室でショックを受けたゆにちゃんが、白目エクトプラズム状態になった事はある。
だがこのゆにちゃんは、それとも違う。
『女は誰でも、心に般若を宿している』という、俗説が頭をよぎる。
その場をくるくると回るような足取りで、芝居がかった口調が続く。
「まあ・・結局、悪いのは私ですよねぇ。
物事を『恭順』か『徹底抗戦』の二択だけに限定してぇ、『マジノ線を迂回して、相手を出し抜く』みたいな、発情猫の戦術をぉ、予測できなかったんですもの・・・
夏恋先輩の『厚い皮膚』を『速い足』で出し抜いたぁ、
気のない拍手を「ぺちぺちぺち」として。壊れた目ののままで、声帯を震わせ続ける。
「ええ、哀川先輩とは『同盟契約』に合意もしてませんしぃ・・・
彼女を『裏切り者』とか『泥棒猫』と呼ぶのはぁ、筋違いですもんねぇ〜♪
ゆにが勝手に期待してぇ、ミス打って勝手に自壊しただけですよぉ?
『軍師:黒田ゆに』はぁ、軒を貸して母屋を取られたのですぅ・・ははっ・・・」
七曲りの棘を、自らの五臓からひり出すような慟哭。
先程の狂気じみた嗤いとは違い、乾ききった喉から、傷創とともに絞り出した自嘲。
破魔矢を「ギリギリ」と握りしめる掌からは、形而上の血が流れているよう。
『さあ、ぎゅーっと強制連行ですっ、部室に行きましょ〜!』
俺の知らなかったゆにちゃん。
元々抱えていた闇なのか、悪魔が憑いたのか。
何をしようと、もうあの日々は戻らないかもしれない。
ーーただ、このまま彼女が飲み込まれるのを、放っておくのは駄目だ!
そう思った刹那、哀川さんが前に出る。
「ねぇ、ゆにちゃん。信じてもらえなくても、これだけは聞いてちょうだい。
私はキミの事、本当に尊敬しているのよ。
ハルキくんへの好意を、素直に出せる所も。
大局を見て、適切な戦略を下せる所も。
強大な壁に、喰らいつき続ける強さも!
キミがいたから、キミから多くを学べたから・・・
アタシは強くなれた。ハルキくんと一緒に歩むための、覚悟を決めることができた!
そんな恩人のゆにちゃんに、ここで潰れて欲しくはないn・・」
バギイッ!!
その言葉を言い終わる前に、ゆにちゃんの左手が、破魔矢をへし折った。
そのササクレも一顧だにせず、彼女の手は、青くなるほど握りしめられる。
「んですかぁ・・これは・・『ゆにが全部悪い』って、さっきから認めているのにぃ・・・
暫定勝者の上から目線でマウント取って傷に塩を塗り込んで水に落ちた犬を叩き続ける娯楽を心の奥底から愉しんでいるようでぇっ、何よりですねえええええッ!!!」
「ーー!! 危ないっ!!」
ただならぬ気配を感じ、哀川さんをかばうように前に出る。
それを見たゆにちゃんの表情に一瞬、驚きが宿って。
ビュウンッ!!
風切音と共に投擲された破魔矢の断片が、俺をギリギリ避けて、カァン!と道路に落ちた。
「ハルキくんっ!!」
俺を心配した哀川さんに「当たってないから大丈夫だ」と身振りを交えて伝えるうちに、ゆにちゃんは走り去っていた。相手は着物に草履、まだ追いつけそうだが。
この騒ぎを取り囲む野次馬がいて、動きにくい事。
追った所で、今のゆにちゃんを追い詰める言葉しか言えない事。
クールダウンの時間が必要な事。
これらが頭をよぎり、仕方なく断念する他なかった。
ーーー…★
電車に乗る前、夏恋が予約してくれた料理店に寄って「二段おせち重」を受け取る。
『ゴメンね。三が日は、パパと一緒にあいさつ回りや、来客対応があるから。
でも音也が、他の人と比べて【経験の格差】を負わないようにするのは、私の努めよ。
季節の風物詩、ありがたく受け取りなさい!』
なーんて毎年、頼まれてもいないのにおせちを奢ってくれる(財源は不明)。
『あの夢に出てきた、冒涜的なおせちじゃないよな』と疑いたくなるが、毎年マトモな出来なので、そこは心配しない事にする。
今度は哀川さんと少し離れ、言葉少なに、駅までの道を歩いている。
さっきまでの事を思うと、どうも気が沈んでしまう。
寒風が吹く小さな公園を横切るときにふと、彼女が零す。
「ねえハルキくん。
『恋の勝者はひとり』というけど。
私は、他の人間関係が切れようとも、誰にも理解されなくとも。
絶対にハルキくん一人を選ぶわ・・はぁ、アタシはもう『面倒な女』になっちゃった・・」
『アタシ、面倒な女にはならないから』
初めてお泊りした翌朝の言葉は、もうとっくの昔に形骸化していた。
そんな彼女の重さだって、今の俺なら受け止められる・・望むところだ。
「きっと人との絆は、互いに矛盾し合うものがあって。
あちらを立てればこちらが立たず、よね。
こうして見ると「恋と友情の両立」は、現実的じゃないのかも。
だからこそ、
私にとっては、ハルキくんが一番だというふうにね。」
と言う哀川さんの顔は『理屈では分かるが、感情は整理できない』と訴えているようだった。『キミが一番』と言ってもらえて嬉しいはずなのに、今は憂いの方が勝ってしまうな・・
「・・ゴメンね。
アタシにとってゆにちゃんとの付き合いは浅いし、・・ハルキくんと一緒になるには、むしろ切り捨てるしかないのかなぁって。
でもハルキくんにとっては、昔からの大事な後輩なんでしょ?
それに【本気の想い】を振らなきゃいけない、キミの方がもっと苦しいと思う。
ハルキくんの顔、さっきから辛そうだけど・・思い出してよ。
『人助けをするよりも、自分が助かるほうが先』だって事を。
これは、ゆにちゃんが自力でどうにかすべき問題で。
私達が何をしても、お節介にしかならないような・・そんな気がするわ。」
哀川さんの言葉は正論だ。
神様の前では、『願わくば、周りの大事な人達にも幸いを』なんて願ったけど、結局は自分で、その道を見つけるしかないんだ。
ゆにちゃんだって大切な人だけど。哀川さんとの2択なら、(彼女が言うように)切り捨てるしかないのだろう。優柔不断など、
「手芸部を辞めて、ゆにちゃんとも会わない」が最適解で、最悪はそうするかもしれない。他の誰を敵に回しても、俺の一番大事な
それにゆにちゃんががケジメを受け入れ、自力で立ち直るには、別の人(や道)が、必要なのかもしれない。
近くのベンチに荷物を置き、一緒に悩んでくれる彼女を抱きとめる。
ああ、やっぱりこの体温は、この感覚は落ち着く。
ひび割れた心に、有効解は出ないけど。
今はただ、温もりだけを交差させていたいと思った。
そうして暫し過ごした後、電車に乗って家路につくーー
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