第7話 誓いの拝殿と、裂けたおみくじと。

 神楽殿、社務所、狛犬の並ぶエリアを抜け、行列は進む。

 普段は歩っちゃいけない参道中央部も、今日ばかりは止むなしか。

 人々のざわめき、真鍮製の本坪鈴ほんつぼすずのガランガランとした音、登り高欄に囲まれた、ひのきの階段を登る足音。そろそろ、俺達の順番だな。


「ええと、鈴、賽銭、二拝、それで住所と名前、感謝の言葉を先に言うんだよな?」

「そんな感じだったわね。所で、お願い事はもう決めているよね・・こういうのって、他人に言ったら駄目なんだっけ?」

 「引き寄せの法則?は聞いたことがあるけど。でもさ、俺達の願いって・・・あの月の夜に決まっていたんじゃないかな? だったら、言うのも野暮のような気がする。


 だって、哀川さんと離れる道なんて、俺にはあり得ないから。」

「ハルキくん・・私もよ。ずっと一緒にいたいわ。

 でも『自分が助かること』も、忘れちゃ駄目なんだからね?」

「それはもちろんだよ。哀川さん・・・」

「ハルキくん・・・」

 お互いの顔が、少し近づいて・・・


「う〜ゴホンゴホン!!」


 ーー!! し、しまった。前の列は進んでおり、振り返ると渋滞。

 というか、衆人注視の場で何をしてるんだ俺達は!

 赤面と汗を飛ばしつつ、拝殿の前へと進んだーー

 ーーー…★


「うぅ、参拝はどうにか出来たけど・・もう、ハルキくんってば・・」


 頬を火照らせつつ、口をεの字にして、睨んでくる哀川さん。

 ぼふん!と俺の胸にグリグリ、頭突きまでしてくる。髪型崩れないかな?

 でもここは、お互い様じゃないかなあ。

 でも「哀川さんとの縁を、ずっと大切にします」と誓えたので、ミッションクリアにほっとしている俺。


「んむぅ・・まあ、旅の恥はかき捨てよ。

 ハルキくんと一緒になってから、小っ恥ずかしい事しか言えなくなっちゃったじゃない。

 そっちの責任も取ってよね。」


 まあ・・出会った頃の冷淡さ・気怠さ・自棄さが薄れてきたのは良いこと、だよな。

 俺の心にも「歪み」はあれど。一朝一夕ではなく、二人で少しずつ修正していけばいい。

 そんな気持ちのまま、二人でおみくじ売り場へ。

 何故だか『めやすばこー改め、おみくじばこー3号』と書いてある箱に、手をズブっと入れて掴むと・・


「ええと・・『綱吉つなよし』だな。

『その慈愛と博愛の心に、及ぶ者はなし。ただし、自己犠牲が破滅を招くことも。

 そんなときは、信頼できる仲間に頼ろう』・・・くらいの意味だよな、うん。」


「アタシは『大喜陽だいきよう』ね。

『月の元に生きるあなたを、照らしてくれる大きな陽だまりへと。

 過去の縛鎖、現在の混迷から、喜びの待つ未来に』・・・ってか、変なおみくじね・・」


 あと下の方に「聖剣エクズガリバー状の、抱き枕を抱えた女神様」の絵が書いてあるんだが。ホントこの神社は、不思議に満ちている。

 まあいいや。御神木の枝に、くくりつけに行こう。

 その道の途中、二つに破かれたおみくじを拾ったので、ついでにそれも結ぼう。


「『犬吉いぬきち

 広く浅く、多くの人に愛される自分になるでしょう。ただし、【最も深い関係になりたい待ち人】は来ず。戦略より本能や直感で動くべし』・・・これ、まさか・・・」


 某ツインテ後輩の姿が脳裏をちらつくも、頭を振ってかき消す。

 これはだから。


「そういえばこの御神木の下で、証人を立てて誓いのキスをすると、ずっと一緒にいられるという噂よ。

 ねぇ・・・してみる?」

「え!? と、都市伝説じゃないの? というかそんな衆人注視の場でキスなんかしたら、むしろそっちが伝説になるんじゃ・・・恥ずかしい思いは、さっきの行列で十分だって、はは・・」


 哀川さんともっと仲が深まるにしても、歯止めはちゃんと持たせないとな・・・

 適度に腕を組むくらいならともかく、そういうのは二人きりのときがいい。

 ただ人の目があると「ゆうわく上手の哀川さん」を牽制できるので、それはそれでいいけれど。

 まだ中途半端な俺じゃ、0.02の壁なんて、とても詰められるものじゃないから。

 ーーー…★


 屋台で柚子甘酒(変な意味じゃないよ)を飲んで、一息ついてから神社を出る。

 二人で誓いを立てたあとも、どことなく離れがたくて。

「駅までだから!」と腕を組んで、通りを歩いていると・・・


「「じゃあゆにちゃん、アタシらはGUONモールに行くから、また休み明けにねー!」」

「はいー、本日は楽しかったよー! また学園であおーねー!」


 道の途中の怒涛流どとうるカフェを出てきた、女学生っぽいグループ。

 聞き覚えのある声。

 これはまずい・・本能の声を聞き、踵を返そうとするがーー


「ハルキくん・・えへへ♪ ごろごろ・・(ぎゅっ♡)」


 うを、なつき猫フォルムのあいかーさん、可愛過ぎて語彙力消失するうぅ・・

 ・・じゃなくて! ここは柔らかく、全力で退却しないといけn・・


「「あ」」


 目と目が合った。合ってしまった。


 ツインテをアップおだんごに直し、ピンクに花をあしらった着物。

 首元のファーショール、固定装備たる桜色のポシェット。握るは破魔矢。

 今、最も会いたくなかった後輩、小桜こざくらゆにちゃんである。


「・・・ーーっ!」


 言い訳の余地無く、シッカリ腕を組んだ俺達を、ハイライトの消えた目で見据える彼女。

 記憶の中のゆにちゃんは、コロコロと豊かに表情が変わる、明朗快活な性格だった。


『春木センパイ、ぎゅーっ! 捕まえちゃいましたっ♪』

『ふふん、私の目は誤魔化せませんよ。証拠がありますから。』

『ひゃうっ!!? そ、そんなに連呼しちゃダメですよぉ・・ゲジゲジ先輩のばかー!』


 だが今は能面のように張り付いた顔で、軽く首を傾げ・・・圧が吹き出している・・・


「あーあ。こんな神聖な日に、発情猫さんの頭はぁ・・一体どうなってるんでしょうねぇ・・ねぇ・・ねぇっ・・!!」


「ねぇ」の度に一歩ずつ迫ってくる、ゆにちゃん(と思われる存在)。

 哀川さんは気圧されつつも、俺の腕を更に抱き寄せ、正面を見据える。


「ゆにちゃ・・小桜さん。

 ・・・そうよ。二人で神様の前に、誓いを立ててきたの。

 それの何がいけないのかしら?」


 道のど真ん中で始まった、どす黒い感情が蠢く修羅場。

 そう、これこそがのひとつーー

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