第9話 ねぇ・・姫始め、しよ?

 電車、徒歩を交えて俺の部屋に進路を取る。

 今の俺達に会話はない。でも、ひとりで考えたいときもあるんだ。


 思えば、ご近所の奏太そうたさんも、色々と人助けをしていたらしく。

 あの顔立ちと面倒見の良さ、かなりモテたと思われる。

 恋人の唯花ゆいかさん以外からのアプローチを断るのに、どんな方法を取っていたんだろうなあ。

 本人に聞くのは躊躇われるが。こんな状況では、どうも気になってしまう。


 ☆哀川の内心☆

 ゆにちゃん・・私達が別れるまで、諦めずに待つつもりなのかしら。

 でも私は、何を犠牲にしても、ハルキくんと離れる気はないから!


 ・・彼女は強かった。堅牢なる巨兵桐崎さんにも、食らいつくほどに。

 そして純粋で、一途で。その強さ・重さが逆に、今はあの娘を苦しめている。


 彼への想いが・・もっと軽ければ、良かったのに。

 最初は、傷ついて泣くかも知れないけど。

 今頃は失恋も忘れて、別の相手を見つけて、苦しむこともなかったでしょう。


 それと。「恋人レース」で私は、桐崎さんを出し抜いたけど。

 彼女もまた、私達が別れるのを待っている・・それは最初の接近遭遇のとき、本人から聞いた。


 近い未来には、大学や職場で、ハルキくん狙いのハイスペ女子も出るでしょう。

 本人は『陰キャモブの俺が、モテるわけない』と言うけど。

 皮肉にも彼の「歪みが産んだ善意」が、起こしてきた結果ーー助けられた娘(と野郎)を、次々と惚れさせてしまった事を踏まえると・・・楽観視なんて出来ない。


 立証しなきゃ、この想いの深さを。

 その為には、やはり・・・・

 

 虎視眈々と構えている、桐崎さんへ。要はこういう事よね。

 「ハルキくんに訓練をさせる。その後、彼をーー」

 ーーー…★


 ふう。どうにか帰宅できた。昼はもう過ぎたけど・・朝から食を抑えていたし、調理つくるのが先だな。手洗いうがい・着替え・冷蔵庫チェックを終えて・・いざいざ。


 「お汁粉のあんこは、豆から作るんじゃなくて、このパックを開けるのよね。

 餅つき機はあるのかしら?」

「切り餅をオーブンで焼こう。あと雑煮の具材も、一部はレンジ使うから。」


 クリスマスに買った、彼女の専用エプロンを着けてもらい、一緒に台所に。

(唯花さんに相談したら、『戦艦女子イラストのエプロン』を勧めてきたが、『しなやかな黒猫シルエットのエプロン』に決定した。)

 哀川さんは家事を手伝うようになってから、派手なネイルは着けなくなった(水仕事に支障が出るらしい)。申し訳ないけど、こんな共同作業が出来る事に感謝している。


 夏恋に貰ったおせち料理は、一部が冷凍されているタイプだ。

 今日食べるものだけ抜き出して、ものによって解凍ORレンチン。

 切り餅もあんこも既製品だ。でも、それ以外は自分たちで作る。


 どこかズボラな家事観だけど。

 哀川さんが「家事を徹底する派」か、「家事を超手抜きする派」だったら、確実に喧嘩になっていただろう。その辺の感覚が同じで良かった。

 出会った頃は「超手抜き派、飯なんて平気で抜く」タイプだったけどね。


 「んしょ・・んしょ・・」


 ピーラーで皮むきしてる彼女は、昔よりも肌艶が出てきたかも。

 いくら美人さんでも、栄養不足で痩せていた感もあったしなあ。


「ハルキくん・・刃物を使っている時に、ジロジロ見られたら危ないわ。

 それとも料理よりも、先にを食べたいの(ピラッ)・・・??」

「!! おっと、オーブンとレンジの様子を確認しなきゃ・・・」

「ちょっと、自分からよそ見しといてスルーしないでよ、これじゃ道化じゃない、バカ!」


 途中、哀川さんが炊飯器で何かしていたが、忙しかったのでスルー。

 ちょっと騒ぎはあったが、そんなこんなで完成だ。


 今日は雑煮、カマボコ、筑前煮(普通のやつ)、数の子そら豆、黒豆、昆布巻き、伊達巻、海老、鶏肉のゴマ和え、おしるこなど。

 両親が亡くなってからは、こうした「定番」を食べられない年もあったけど。

 今、唯一無二の相方と一緒に、食卓を囲むのは日課で。

 哀川さんとは、互いの「生活の一部」になれたんだ。


 「ん。煮る時間、上手く調整できたかも。適度な味染みに、煮崩れもないわ。」

 「うーむ。夏恋は舌が肥えているだけあって。このおせち、彼女オススメだけの事はあるよな。」


 「ふう、そろそろお汁粉を・・むぐむぐ。餅はお腹に溜まるわねー。

 余ったら、磯辺やピザ餅も試したいわね。」

「あの時、奏太さんから貰った雑炊もそうだけど・・温かい食事は、一息つけていいよな。」

「ちょっと、その話題は止めたほうがいいかも・・ほら、あのおでこへの初キスって・・」

「うわ、そうだった! いやホント、今でも悪いと思ってて・・」

「せ、責める気はないわよ・・あれでアタシも、勇気を貰ったんだから・・・」


 さっきまで、軽く沈んでいた事は忘れて。

 思い出話に花を咲かせつつ、食事を終えた・・・ふぅ、満足。

 ーーー…★


 少し経って、夕食の時間帯。まあ、そこまでお腹空いてないしいいかなと、自室で年賀状の整理をしていると。


「ハルキくん、手が塞がっているの。開けてくれるかしら?」


 哀川さんを部屋に招き入れると、持っていたものーー蓋で閉ざされた器を机に置き、ベッドの上に座る。

 床には、年賀状が散らばっているからな。

 でも何だろうか。頬を染めて、どこかソワソワしている。


「?・・ええと。を持ってきた理由が分からないんだけど・・・」

「あの・・ね。お願いがあって来たの・・」

「そっか。でも遠慮とか要らないよ。『歪み』をなるべく出さずに、頑張ってみるからさ。」

「ありがと。その・・えと・・・私と・・」


 勿体ぶる哀川さんを注視し、耳を傾ける。


「・・ひ、姫始めして欲しいのっ!!」


 なーんだ、そんな事か。姫始めくらい・・・

 ・・・・・・・・・・

 え、ま、待て、それって確か・・まさか

 ・・机の上のに目を遣る。


「そ、そういう意味で、よ。受けてくれるわよね?」

「それは・・・(チラッ)。うん、分かった。躊躇いがゼロじゃないけど、哀川さんが望むなら。」

 「良かった・・じゃあ、目をつぶっててくれる? 流石に恥ずかしいから・・」


 俺が目を瞑ると、彼女が移動して・・俺の前に座る気配。


 「ハルキくん、口、いいかしら・・・受け止めて、ね・・・♡」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る