第4話 わざわざロードローラーで届けてあげたのよ? 感謝して食べなさい!!
破砕された部屋の壁、飛び散る破片、巻き起こる土煙。
ここに凝縮された非現実は、やけにリアルを伴っている。
「いやー、ご町内クリーン作戦ついでに立ち寄ったら、面白い事になってるのね。
そのミイラ、さっきまでは音也だったんでしょ? 二人ともやるじゃない!」
「・・・・あー・・・・うー・・」
ミイラの俺に、人間の言葉を話せるわけがない。
巨大な黒いホイールが突っ込んできた衝撃で、一面に風穴が空いて。
操縦席から降ってくる声は、聞き間違えようもない。
『コンピューター付きブルドーザー』幼馴染、
・・いや、今はロードローラーに乗っているが。
「ほへー。ロードローラーの時速って、10㎞だそーですよ。
なのに100㎞超で突撃して壁をぶち抜くなんて・・流石は夏恋センパイです!」
「まあ・・校内で何かぶっ飛んだ事があっても『まあ、桐崎さんだから』で説明終了だものね。
ちなみに『破天荒』は『ぶっ飛んでる』よりも、『前人未到の業績を達成』みたいな意味だから・・必ずしも、当てはまる言葉じゃないのよね。」
さり気なく雑学を入れる二人。装備品ゼロなのに、やたらと冷静だなあ。
すると作業服姿の夏恋が、ブロンドの髪をはためかせながら、颯爽と地上に降り立った。
彫りの深い異邦人の顔立ちに、南国の海を思わせる蒼い眼。
オッサンのようなツナギを着ていても、無駄に格好良いよなあ・・・夏恋だけど。
「そっかそっかー。料理バトルで負けた者の末路ってわけね。
ああ、勝負の世界って非常よね。私も何度、辛酸を舐めてきたことか・・・」
ぐりぐり。底の硬い、重量感のある作業靴で。
ああヤメテ、そこは一番、踏んじゃ駄目な箇所だから。
枯渇を体現したような萎びた果実は、力を込めた足で、容赦なく踏みにじられていく。
即身仏となった俺に、抗議の手段も、意欲もない。
すると彼女は、大きな風呂敷包みを取り出した。
「わたしもおせち作ってきたわ! これを食べさせれば、音也を人間に戻せるわよ!」
「わあ、助かります夏恋センパイ! まだ決着がつかなくて、困っていたんですよぉ。」
「このままじゃ、不思議の国のアリスの『無限お茶会』みたいになりそうで、怖かったのよね。流石、桐崎さんはゲームチャンジャーだわ。」
包を外すと、木製漆塗りの3段重が現れる。
金色の鶴が羽ばたく蒔絵・・眩しい。
だがどうした事か。中からは説明できない、紫の気配が漂ってくる。
彼女の『名状しがたき編み物』の数々を思い出し、込み上げる不安。
「ぱかっとな。夏恋特製、筑前煮よっ!
さあ『元・音也だった何か』よ、ありがたく食しなさい!」
一体どこに、こんな冒涜的な筑前煮があるだろうか。
隕石によって拓かれた、ブリチェスター北部の湖から、立ち昇る瘴気。
腐敗した魚のような、刺激臭も混じる。
「インスマス産出汁 素材の5%使用」という注意書きが浮かぶ。
ゴボゴボと音を立てる水面の下は、旧支配者グラーキの棲家か。
水面から立ち昇る無数の触手の先端には、虚空を睥睨せる眼球がある。
うわっ、こっち見るな頼むから!
深き底から浮上した、マグロの頭部は・・
臭いもんなあ、あの犬にしても!
「じゃあ、あたしが食べさせてあげるわ。
こんな美少女にあーんしてもらえるなんて、『元・音也』は果報者よね♡」
箸でつままれた、ガンモドキ状の何か。
紫のスープに浸された肉塊には、無数の小さな目がついており、あちこちが溶解している。
ソイツ、箸に摘まれジタバタもがいてるが、夏恋はどこ吹く風である。
しかも「てけり・り! てけぇ♡ り、り!」と呻いている。
この食材「いいよ・・アタシを食・べ・て♡」とでも言いたいのだろうか?
わぷっ、煮汁が顔に飛んできたぁ・・・
「さあ、ハルキくん復活の儀式よ・・ちゃんと蘇ったら、白醤油イッパイ頂戴、ね♡」
「ミイラのセンパイもいいですけど・・人間のほうがもっとイイですっ、ぎゅ〜っ♡」
二人が、もう近づけないとばかりに、しなだれかかってきて。
哀川さんが、俺の体を起こし「ムギュ」っと鼻を摘む。
ゆにちゃんはそれを補助し、俺の口を丁寧に開ける。
美少女の柔肌に挟まれているのに、嬉しくない。俺がミイラなのが悪いんだろう。
そして、夏恋の
「嫌、いや、いやいあいあいあ・・・」
「オージョーギワが悪いわねえ。大体、ちっとも抵抗できて無いわよ。
ほら、あーん、ぱくっとしなさい(ひょいっ)!!」
「むぐっ!!? むぐむぐ、むんぐるいぃ・・むぐるなふうっ・・くどぅるう゛う゛う」
「なによ、吐くなんて許さないんだから。良く噛みなさい、ほらほらほらホラッ!!」
「ふがふが・・・むが、うぐっ、ふなぐるふたぐん・・るるいぁおえぇえっ!!」
その瞬間、全ては「ふっ」と暗黒に包まれ、全ては断絶していく。
其は主王アザトースの玉座の切れ端か、永劫の虚無。
最期に見えたものは・・のっぺらぼうで翼の生えた化物。
墓守にして、智慧を試すと言われる、スフィンクスの姿・・・
「アー・・這イ寄ル代行者ニシテ・・タ・・多忙ノ神・・
前途、ヘタレルナ、多作・・・」
『春木、其の精神は永久に横たわる死者にはあらねど。
作者も測り知れざる展開の元に、死を越ゆるもの。
さあ帰れ、汝の愛した
目が眩む桃色の光に包まれ、熱き味覚を愉しんで。
来る冒涜の闇から、光も闇もなき虚無へ。
そして陽だまりを思わせる、暖かな光に包まれていく、そんな夢の
(第一章・完 第二章に続く)
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