(14)

「げ」


 前方、進行方向にソガリの姿を認めたカイは、思わずそんな声を出していた。


 ソガリもまたカイを認め、さながら飼い主を見つけたイヌのごとく、なにがそんなにうれしいのか、笑顔で駆け寄ってくる。


 カイは、このときばかりは勘弁して欲しいと思った。


 場所は真夜中の盛り場……の手前。


 魔法が使われていたり、そうではなかったりするランタンが煌々と輝く、迷宮都市の夜の顔を見せる猥雑な界隈。


 カイは花街に用があるわけではなく、単に酒が飲める場所を求めて夜の街をさまよっていたところだ。


 《六本指》のギルドホール内には酒場が併設されてはいるものの、カイの性格上、顔見知りばかりの場所で飲みたくはなかった。


 ゆえに外へ出て酒場を探していたのだが、どういうわけか雑踏の中でソガリと出くわした。


「ぐうぜーん」


 ソガリはカイのそばまで小走りにやってくると、相変わらずのにこにこ笑顔で言う。


 がやがやと騒々しいひとの波を避けるようにして、道の脇へとふたりは移動する。


「本当に偶然なのか?」


 カイはなんとなくの気まずさから、つい憎まれ口を叩いてしまう。


 ソガリは心外とばかりに「本当に偶然だよ!」と言ったが、カイの物言いに対して本気で怒ったり、気分を害した様子はなかった。


「つーかお前、なんでこんなところにいるんだよ。お前って酒飲むのか?」

「飲まないよー。酒とかタバコとか、いざというときに体が動かないような習慣はつけないようにしてる」

「意外と意識高いのな」

「へっへー。そう?」

「……褒めてねえよ」


 なぜか得意げな顔をするソガリから視線をそらしつつ、カイは話を元に戻した。


「酒飲まないならこんなところ、用ないだろ」

「あるよー! あそこのお店、夜パフェやってるんだ」

「……夜パフェ?」

「そう! 夜だけにパフェ出してるの。王都に本店があって、そこにあるのが支店」


 ソガリはそのまま続けて、その店は独自の仕入れルートで旬の果物を使ったデザートの数々を提供している、などなどの知識を披露する。


 カイはそれを流し聞きするフリをしつつも、しっかりと聞いていた。


 聞いてはいたが、どうしても胸中に生じるのは「女ってなんでこんなに甘いもん好きなんだ」という疑問であった。


 それでもソガリがやや興奮気味に、うれしそうに語るので、カイはその話の腰を折るような真似はしなかった。


「――で、王都の本店は大人気で、整理券の配布がすぐに終わっちゃうから入れたことないんだよね。でも支店のほうはまだ知るひとぞ知るって感じだから、入るなら今かなって」

「ふーん……」

「だからカイ、いっしょに入ろう!」

「は?」


 カイは思わず、不意打ちを仕掛けられたような顔になる。


 なぜ、とか、どうして、とか考える前に、カイの口からは「なんでだよ」という言葉が出ていた。


「オレはパフェなんて興味ねえ」


 それは心底からの本心であったし、そもそもカイは酒を飲みにこの界隈を訪れたわけで、間違っても夜パフェとやらを喫食するためにきたのではない。


「あのね、そのお店、カップル割っていうのがあって……」


 カイはちょっとした大声を出しそうになった。


 ――カップル? こいつはなにを言っているんだ?


 突如として、いつも通りのなにげない顔のソガリから発せられた単語に、カイの頭の中は大混乱だ。


 けれどもソガリに、カイのそんな騒々しい胸中などわかるはずなどなく。


「あのね、別に本当に恋人同士とかじゃなくてもいいんだって! とにかく男女で来店すれば割引してくれるんだってさ。先輩から聞いたの」


 続くソガリの言葉に、カイは幾分か落ち着きを取り戻した。


 そして頭の中でドタバタしていた己を恥ずかしく思った。


 同時に、そんな風に騒々しく脳内で思考が走り回ったこともあり、カイは夜パフェの店に誘うソガリに抗う気力は枯れた。


 加えて、


「このあいだ助けてくれたお礼! あとこの前クッキーもくれたじゃん? 奢るよ!」


 と言われながら腕を引っ張られたので、カイはさして抗うこともせず折れた。


 とは言えども、カイはカイであるので、渋々、といった態度は崩さなかった。


 それでもソガリはそんなカイの様子は気にならないらしく、念願の夜パフェを食べられるとご機嫌だ。


 ソガリに連れられて細長い扉をくぐる。扉につけられたドアチャイムが、ふたりの頭上でのん気な音を出す。


 店内の内装は想像していたよりもシックで、格調高いモノトーンでまとめられていた。


 ソガリが「まだ知るひとぞ知る」店だと言っていた通りに、店内は外の騒がしさからは隔絶されているような雰囲気があった。


「せっかくだから別々のもの頼んでシェアしよう~」


 こんなお上品な雰囲気の店に入ったことのないカイは、ソガリに言われるがまま注文する。


 店内の静けさは嫌いではなかったが、一方で居心地の悪さも覚える。


 ――オレはなにをしているんだ……。


 カイは正気に返りかけたが、その前に笑顔の店員がやってきて、パフェをサーブした。


 背の高いグラスに飾られた果物の数々は、カイが目にしたことのないものばかりだった。


 パフェ越しにソガリへ目をやれば、彼女は笑顔で感激している様子だ。


 カイはしばらく、「こんなところでなにをしているんだ」という気持ちと「まあソガリがうれしそうならいいか……」という気持ちのあいだで反復横跳びをした。

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