(15)
想像していたよりも量たっぷりのパフェを胃に収めたのち、ハーブティーを飲むころにはカイの緊張も幾分かほぐれていた。
余裕が出てきて思ったのは、この迷宮都市も変わりつつあるということだろう。
このような王都に店舗を構えているような商人や商会が、この迷宮都市にも目を向け始め、実際に手を出し始めていることを実感する。
もっともカイが実感として得ているのは、冒険者ギルドの増加だ。
迷宮都市の大広場に面してギルドホールを構えている冒険者ギルドは今のところ老舗ばかりだが、地代も年々上昇していると聞く。
カイが入ったころは新顔から抜け出て中堅なりたて、くらいの扱いだった《六本指》も、気がつけば迷宮都市にある冒険者ギルドの中では古株になっていた。
今年はソガリを含めた新米職員を雇い入れるなど、《六本指》の規模も年ごとに拡大し、全体的に仕事量も増えている。
だがそれに呼応するように、揉めごとも増えていた。
特に冒険者ギルド同士で顧客たる冒険者を奪い合い、しのぎを削る今の界隈は、正直きな臭い噂話ばかりが飛び交っている。
具体的には、競合他ギルドへ、金に困った冒険者やゴロツキを雇って嫌がらせをするというもの。
他にも新米冒険者を騙して報酬金をピンハネしているだとか、ひどいところでは難癖をつけて借金を背負わせ、タダ働きをさせているというものまである。
あくまで噂に留まっていたものの、カイからすれば「さもありなん」という感じではあった。
迷宮を抱く都市の治安は、どこも似たようなものだと聞く。
カイはこの迷宮都市から出たことがなかったものの、好んで冒険者だなんて根無し草をしている人間の品性などたかが知れているというのが、彼の感想だった。
「お前はさ……なんでわざわざ
「え?」
「以前は王都にいたんだろ」
なんぴとも生まれ育ちは選べない。
ソガリの生まれをカイは知らなかったが、これまでの会話から彼女が王都の学校に通っていたことは知っている。
「王都育ち」という時点で、カイからすればソガリは勝ち組というやつで、わざわざこんなゴミ溜めみたいな迷宮都市で職を得る理由がわからなかった。
ソガリは「冒険者に憧れてその手伝いを~」というクチにも見えない。
たしかに仕事ぶりは献身的なほうではあったが、それは冒険者ギルドにいるから発揮されている、というわけでもなさそうだ。
カイの疑問に対し、ソガリは単純明快な回答をする。
「ママの都合で……」
しかし、それはわかりやすい答えではあったが、ソガリにしては珍しく歯切れ悪く返された。
ハキハキとした物言いのソガリが、言葉尻を濁すのはあまりないことだった。
「ふーん……」
カイはそこからさらに質問をするようなことはしなかった。
詮索屋というのは、どこへ行ったって嫌われるものだ。
そもそも、カイがソガリの身の上について聞いたことだって、珍しいことであった。
常ならば、カイはこんな言葉を赤の他人にかけはしない。
そんな信条を曲げてまで問うたのは、カイにとってソガリが特別な人間であると暗示しているようなものだった。
それに気づいたカイは、内心で恥ずかしく思う。
その気持ちをかき消すように、意識をソガリの「ママ」とやらに向ける。
以前、ソガリに絡んできた元同級生は、「実家が太い」だの「お金持ちの家」だのと言っていた。
ソガリの「ママ」とやらは裕福な人間のようだが、しかしソガリが殺し屋であるなどと言っていたことを勘案すれば、ろくでなしの可能性もある。
気にはなったが、カイは結局それ以上ソガリ自身について問うようなことはしなかった。
ソガリもそれ以上突っ込まれたくなかったのか、話題は最近出版された小説のラインアップへと移って行った。
「最近、調子がいいねえ」
「あ?」
冒険者の救助依頼がなく、本来の職である浚い屋の仕事をこなして迷宮からギルドホールに帰ってきたカイは、鑑定カウンターの前でそんな声を出す。
カウンターの上にはカイが迷宮で拾ってきた品々が並べられている。
それをひとつひとつ魔法の眼鏡で注意深く観察する職員の姿は、見慣れたものだった。
「調子がいいっていうか、ご機嫌というか」
からかうような調子の男性職員に対し、カイの機嫌は急降下だ。
しかしそんなカイの様子をわかっているのかいないのか、男性職員は同じ調子で言葉を続ける。
「ソガリくんのお陰かな?」
「――ハア? ……なんでそこでその名前が出てくるんだよ」
男性職員の言葉に無視を決め込むつもりだったカイであったが、予想外の――そしてもっとも出されたくない名前を今出されて、思わず返事をしてしまう。
「最近、仲いいと思ったんだけど。――ねえ?」
間の悪いことに、男性職員のうしろをソガリが通りかかった。
ソガリの耳にどこまでふたりのやり取りが聞こえていたかはわからなかったものの、彼女はいつも通りのにこにこ笑顔で答える。
「仲いいですよ~。でも、カイの調子がいいのはカイが努力しているその成果ですよ!」
呆気に取られたのは男性職員だけではなく、カイもだった。
そうして男ふたりがぼんやりとしているうちに、ソガリは受付カウンターのほうへと去ってしまった。
残されたカイは、頬が紅潮しそうになる熱を逃すので精一杯だった。
カイを褒めてくれる人間は早々いない。
ギルドマスターであるボスは、カイを真正面から褒めてくれるときはあるが、なにかしら含みのある言いかたをすることが多い。
カイは常日頃、他人とは距離を置いているのだから、褒めてくれる人間というのはボスくらいだ。
そのことに不満を持ったことはない。
親にだって一度も褒められたことはないのだから、カイにとって「だれにも褒められない」状況というのは当たり前のものだった。
だから、ソガリのそれは不意打ちで、カイの心にぶち当たった。
カイは途端にどういう顔をすればいいのかわからなくなって、それでも鑑定カウンターからはどうにか顔をそらした。
「素直ないい子だね」
カイと共に呆気に取られていた男性職員は、困ったように笑った。
「でも、仲良くして大丈夫?」
「あ?」
「ソガリくん、噂だけど……ボスの愛人だか恋人だかで、コネで入ったって言われてるからさ」
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