(4)
カイは、背に負ぶっていた男ごと包んでいた魔法の外套を脱いだあと、慎重に男を地面に降ろした。
麻痺毒にやられ、迷宮内に転がっていた男には既にカイが解毒の効果のあるポーションを飲ませている。
もちろんポーションの代金も救助の依頼代に上乗せされるわけだが、背に腹は代えられまい。
「まだしゃべれねえか?」
迷宮の出入り口から少し離れた場所の壁に男を寄りかからせ、その瞳孔を覗き込む。
発見した当初は瞳孔が散大し、うつろな目つきだったが、今は少し落ち着いているようだ。
だがまだ体にしびれはあるらしく、舌がろくに動かせないのか、カイの問いにはうなずきで答えた。
カイが迷宮内で男を見つけたのは偶然だった。
歳はカイと同じくらいか、それよりも少し上くらいだろう。
カイのようにパーティを組まず、迷宮にひとりで潜る者は一定数いるが、たいていはふたり以上でパーティを組むものだ。
そうせずに迷宮へ潜って帰ってを繰り返せるのは経験を積んだ手練れだけである。
カイが救助した男は、とても手練れには思えない。
装備はやや使い込まれているように見えたが、物自体は初心者向けの安価な品だ。
であれば、この男は命知らずの馬鹿か、あるいは――。
「うわっ! お前まだ生きてたのかよ!」
嘲笑の声がカイと男のいる場所へと近づいてくる。
カイたちとそう年恰好の変わらない男が四人。
にやにやと、見るものを不愉快にさせる笑みを浮かべてカイたちを取りかこむ。
「なに? そこのガキに助けてもらっちゃったの~? ダッサ!」
どっと嘲笑う声が上がり、カイは思わずその声量の不愉快さに目を細めた。
カイが救助した男は、まだ麻痺毒が抜けきっていないために、反論することもできずにいる。
それどころか恥ずかしさや、悔しさがにじんだ顔でうつむいてしまった。
カイはそんなやり取りを見て即座に理解した。
どうやら、カイが救助した男はひとりで迷宮に潜る命知らずの馬鹿ではなく、仲間に裏切られた馬鹿なのだと。
最初から気心知れた、同郷の出身者同士でパーティを組むというパターンもあるが、もちろんそれは少数派だ。
多くは、迷宮都市で初めて出会った者同士でパーティを組み、迷宮に潜る。
だが、他人を見る目がなければ「こういうこと」が起こる。
カイが救助した男が、魔法鞄も持っていないのに妙に身軽だったのは、もしかしたら身ぐるみをはがれたあとだったのかもしれない。
この迷宮都市では、強いことこそが正義で、弱いものはただ食い物にされるだけだ。
カイが男を救助したのは、「迷宮内で冒険者から助けを求められたらできる限り応じる」という契約をボスとしているからであって、間違ってもお優しい心から助けたのではない。
だから、仲間だと思っていた者たちに故意に見捨てられた男に対して同情心を抱いたり、ましてや今目の前で馬鹿笑いしている男たちに怒りを抱いたりはしない。
「あーあー。役立たずのザコを処分するいい機会だと思ったのになー」
「魔物に食われて死んでたら面白かったのに」
「おれらが置いて行ったときの顔は面白かっただろ!」
「え? なんで今さらビックリした顔してんのー? あれワザとだよ! ワザと!」
またどっと下卑た笑い声が上がる。
カイはそんな様子に、思わずため息をついていた。
「その発言、殺意をもってこいつを置いて行ったと捉えてもいいのか?」
「は?」
「お前ら、《
「はあ?」
「この件はボス――ギルドマスターに報告しておく」
「はあ?! なんの権限があって――」
「おい! このガキ《六本指》のメンバーだ……」
カイを「ガキ」と呼んではいるものの、そう言っている男たちもカイとはそう年恰好に変わりはない。
しかしリーダー格らしき男は、自分たちよりもカイの背が低いのをみくびってか、カイが《六本指》のギルドメンバーであることを理解してなお、態度を改めることはしなかった。
「こんなガキ、何発か殴ったら生意気な態度も改めるだろ」
カイはまたため息をつきたくなった。
迷宮の出入り口付近という、こんな往来が多い場でいざこざを起こしたくなかった。
そうすればあとで絶対に、ギルドマスターであるボスから「お小言」を頂戴するからだ。
ボスは筋金入りの地獄耳。というか、あらゆる場所に「目と耳」を持っている。
カイが黙っていても筒抜けだろうし、黙っていればそれはそれでボスからのお小言が追加される。
リーダー格の男が、カイの胸ぐらを乱暴に――つかもうとした。
しかしその腕はあっという間に男の背中へと回る。
その動きは華麗で、しかし力強く。
カイは思わず目を丸くしていた。
「なにしてるんですかー!」
痛みに情けない声を上げるリーダー格の男の背後で、《六本指》の一般職員の制服に身を包んだソガリが、男の腕を見事にひねり上げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。