青き運命のリボン

こむぎこ

第1話

 運命の赤い糸は存在する。なぜなら、俺にはそれが見えてしまうから。

 いつのころからか、ぼんやりとだが見えていた。

 細かったり、太かったり、時にはよれていたり。

 結ばれていたはずの糸がいつの間にかほどけていたり、かと思えば別のところに結ばれたり。

 糸はなんだかんだ自由で、なにがどうだろうとその時の彼彼女の実情を示しているようだった。

 だからこそ、俺には不思議でならない。

 

「青いんだよ、あの人の糸。どういうことだと思う?」

「どうっていわれても、あたしにはその糸がわかんないから無理だって」

「だから何度も言っているのにさ、話聞いてた? なぁ朱里?」

「脳内ハッピー野郎の大貴の話なんて2割も聞いてりゃいいほうでしょ」

 

 散々な物言いをするのは図書室の主こと朱里だった。

 半年前は逐一静かにするように、と目線で訴え続けていたけれどいまやそうすることもなく、話を聞いてくれるようになった。

 

「それ、許したんじゃなくてあんたに呆れただけだからね?」

「やっぱ俺の考えてることよくわかってるよな、なら、赤い糸の話も信じてくれよ。頼む。朱里の読書家パワーを貸してくれ」

 

 朱里はため息を一つついて、読みさしの本を閉じる。

 

「5分だけ。それ以上はだめ。あとほかに人が来たら静かにすること。いい? それからいつも通り、私に聞いてもデタラメをいうことしかできないよ。いい?」

「任せてくれ、俺が約束を破ったことがあったか? 5分だな、俺も用があるからそこまでに終わらないと困る。約束は守るぞ」

「割とあるから信用がないんだけどさ……5分後に用があるならいいか、それで?」

「破るのは破るべき理由があるときさ、それで、青いんだよ」

「だれの、何が?」

「推しの、糸ってかリボンが」

「……推しって何さ」

「推しについて聞きたければ語る他あるまい次元を超越するということがどういうことかよくぞ聞いてくれた」

「まぁ、いいや長くなりそうだし興味もないし」

 

 つれなかった。つれないまま朱里は言葉を続ける。

 

「そんなことはともかくまず考えるべきはその糸が個体差があるってことでしょ。あんたが前にも言ってたけどさ。個体差じゃないの?」

 

 たしかにそれはある。人によって糸の太さもまちまちで繊細そうなミシンの糸からちょっとやそっとじゃきれない毛糸、切ろうとしたら傷つきそうな有刺鉄線まで本当に多種多様ではある。けれど。

 

「でも全部赤かったんだよ」

「全部って言ったって、いままで何件見てきたのさ。」

「今だって見てるけど? 体育館の須藤をちらちら見てる朱里の糸が」

「うるさいみるな土に埋まってろ」


 朱里の顔がやや赤く染まる。

 

「糸なんて見えなくてもみんなわかってると思うけどな」

「……本人に伝わらないんじゃ仕方ないじゃない」

「ほんとにあいつの鈍感さには舌を巻くな」

「聞いてよ!!この間もね」

「待った、その話で5分を消化されてもこまる、貴重な相談の5分なんだ」

「……自分ばかりの脳内ハッピー野郎」

「なんとでも言ってくれ。ただ約束を破らないという姿を見せておかないと今後の信用が取れないからな」

「理由があれば破れるんでしょ……ま、うん、あと3分ね。聞いた以上でたらめな仮説の一つぐらい見つけて終わりにするよ」

 

 須藤が朱里の好意に気づかないとしたら、多分、朱里の押しの弱さが原因だよ、とは後で言うことにした。

 

「問題は二つ なぜ青いのか? なぜリボンなのか? であってる?」

 

 朱里の問いに頷く。

 

「他の例では赤い糸だったのに、だ」

「まずは後者から、こっちは大貴もまぁ想像がついてるんじゃない?」

「まぁ、多少は。リボンは糸から作れなくもないのかな? とかは」

「それでおおよそ説明できそうだしいいんじゃない? その推しは細い糸を編み上げて布を織り成し、布を整えリボンと化した」

「100歩譲ってそれは頷こう」

「なんであんたが譲るのよ……譲るくらないなら私に聞くな」

「紳士たるものレディに先を譲るのは当然のことです。姫」

「ほんと、思ってもないこと言うの得意だよね、あと2分だしもう終わりでいい?」

「困った。あと2分ならさっさとしよう。本題は『なぜ青いのか』だ」


 朱里は呆れてため息をひとつつく。

 

「じゃあ手短に。そもそもなんで運命の糸は赤いんだと思う?」

「恋とか愛とかって赤っぽいからじゃないか?」

「それはそうかも。でも、そう思うのにもきっと単純な理由がある。話は少し変わるけど、赤って、どこの言語にも存在してる色らしいよ」

「なんの話だ……?」

「赤が最も単純で根源的な色って話。どの言語にもあるってことはどんな集団でも赤を目にしてきたんだよ、なんだかわかる?」

「血、か」

「たぶんね。こじつけだけど、血を通わせる仲になるような人が糸で結ばれるんでしょ。ならそれが赤いのも普通じゃない?」

「100歩譲ってそれはわかった、ならいっそう青いのはなんでだ」

「……次元を超越した推しなんでしょ、なんだっけ、Vチューバーっていうんだっけ。それと血を通わせられる?」

「……中の人とか言う禁忌の話か?」

 

 それはあまり好ましくなさそうな話題だ。俺はいいが人によっては人によるらしいので慎重にならざるを得ない。

 

「なんか微妙そうな顔してるけどそんな難しくないでしょ。リアル同士であれば血で結ばれていく、血を混ぜていく。ならネット世界で通うのは?」

「電子? 情報?」

「それも妥当だけど、もっと単純に、どうやってその会場まで通ってるのかって話でもいいかも、その、あんたがずっと気にしてる推しの1周年配信のリンクとかさ」

「リンク……? リンクの青が滲み出てると? それこそ血の滲ませるような努力で、リアルに繋がってきているということか!?」

「思ったより熱がすごいな……まぁそれでいいんじゃない。

 で、これでちょうど5分くらいじゃない? 始まるんでしょ。誕生日配信。聞いてきなよ」


 そう言われるまでもなく、ぽちり、と配信リンクを押す。一度訪問すると紫になるそのリンクは、もはや俺の血すら混じり込んでいるように見えた。

 開始ギリギリに飛び込んでは待機のコメントの熱に浮かされる。

 運命の赤い糸すら青く染め上げ捻じ曲げてしまうような、努力の軌跡。それがこれだけの人に届き、これだけの人を集めてきた。そう思うとなんだか莫大な奇跡の前に生きているようで、不思議と高揚する。

 そして、彼女の一言で配信は始まる。


「こんみゃーび!!」


 彼女の背後に、朧げに赤い糸にも似た青いリボンが見える。いつものように優雅で気品に満ちた形をしていた。

 俺には強すぎる輝きに目をふとそらす。

 すると、画面からふわり、と画面から伸びる青いリボンにも似たほつれた糸が見えた。

 画面越しには、太い糸の束たる青いリボンが。視聴者の前には細い細い一本の糸が。


「……あぁ、そうか」


 と苦笑する。気づいてみればなんてことはない。青いのは彼女が次元を超えてリンクで結ばれようとしているから。そしてリボンなのは……


「これだけの糸を束ねてるからだよな」


 独り言うるさい、という朱里の目線が来た気がしたけれど、それはそれ。電子の海を超えて、次元の壁を超えて、青い青いリンク越しにいく人もの人との縁を結んでいくのが、この推しという存在であり、Vチューバーなのかもしれない。そう思いながら、俺はお祝いのコメントを入力する。

 

「お誕生日、おめでとう!!」


 それから、まだ見ぬ誰かのもとにもこの青い糸が現れますように。

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