11話:ユニエとの試合!?

「いや、しかし……」


「はい?」


「なんでプロレスがお嬢様のたしなみなの?」


 トレーニングの最中。

 私はなにげなくユニエに質問してみた。


「『貴族なれば女も強くあれ』は、この国の標語の1つですから。でも決して弱い者が悪、というわけではありません」


 とまで自慢げに言ったあと、ユニエは目を少し伏せた。


「そのはずだったのですが……このところ、アレグリッター姉妹の横暴さ、日に日に高まっていくお嬢様プロレス覇者の発言力などから『強いお嬢様こそ正義』という思想が強まり始めているそうなのです。まだおおやけに国が動くような問題にはなっていませんが、このまま放っておけば、この国のお嬢様プロレス界……いえ、プロレス界そのものが大きく乱れるかもしれません。誰かが声を挙げなければ……!」


「ユニエがアーシに苦言を呈したのは、そういう事情があってのことだったんだね?」


「…………はい。ですがやはり、論じるだけでは彼女らの心を変えられないようです。結局は、プロレスでしか……」


「プロレスで勝たないと、アイツらを抑えることはできない、か。」




「なに?あーしが、負かして小さく抑えれるような奴だと思ってんの?ムカつくんだけど」


 急に声がして驚いた。


「アーシ!」


「アーシ様!」


「なんでココにいるの?偵察?」


「……ハッ!なんでお前らに言わなきゃいけないん?バカがよ!」


 図星だな。


「まあアーシが見てなくてもどのみち、姉様たちが逃がしゃしないだろうけどね。楽しみだなぁー!姉様にボコボコにされて顔パンッパンで謝るお前の姿!」


「アーシ様、ご用が済みましたらお引取りを」


「ああ?マトの後ろでギャーギャー言うだけのザコは引っ込んでなよ」


「ざっ……!」


 ブアッとユニエの血が上っていくのがはたからでも分かる。

 ヤバそう。


「ふううううぅぅぅ~~!!!!」


 私がわざとらしく大きく息を吐くと、2人はちょっと驚いてこっちを向いた。



「よそうユニエ、構っても体力の無駄だよ」


「………………そうですね」


 ユニエの血の気がゆっくりと落ち着いたのが見えて一安心。


「公共の場所だから観るのは勝手だけど、邪魔したら係員に言うからね」


「はン!」


 私の忠告をアーシが鼻で笑う。



「とんだ邪魔が入っちゃったね。んじゃあリング上がってまず受け身から……」


「マト様」


 ユニエが急に神妙な声色で声をかける。


「スパーリング、お願いしても宜しいですか」


「えっ」


 えっ。


「まず受け身を」


「お願いします」



「……はい」


 気圧けおされて、つい、はいって言ってしまった。

 ユニエが怒ってる。

 いや、私に対してじゃない。

 アーシに?

 そんで私に鬱憤晴らし?

 いや、ユニエはそういう子じゃない……はず。



 とにかく、私とユニエがリングに上がる。


「お願いしまぁす」


「お願いします」



「ヤァーーッ!!」


 試合前の挨拶を終えると、ユニエが吠えた。

 ユニエの眼に怒りというか殺気というか。

 気迫。

 そう、気迫を感じる。



 こういう場合私はどうするのが正解なんだろうできる事なら穏便に済ませたいという気持ちしかないし身体もまだ完全に自由に動かせるかは不安だし余計なケガしたくないし説得が通用しなさそうなのはさっきの反応からしても明白だしユニエってだいぶ頑固だよねってそういう事考えてる場合じゃないっていうかお世話になってる家の娘に妙なケガさせたらワンチャン私お屋敷から追い出されるのではなかろうかえーと


 あ~~~~めんどいな~~~~なんかめんどい!!

 やるしかないのかな~~~~!!!

 私の悲痛な心の声は、ただ自分自身の中に響くのみ。




 穏便穏便穏便穏便できるだけ穏便……


 頭のなかでブツブツ唱えながら構えて、動きを待つ。


 ユニエは私が向かってこないと見るや、り足でゆっくりと近づき、足に力を溜める。

 そして、溜めた足を放つと同時に気合を乗せて掴みかかってくる。


 どうする?

 よける。


 ユニエの突撃に合わせて横に移動し、突撃を一旦けた。

 そして、私の方からゆるやかに掴みかかり、互いに互いの手を、五指ごしを使って強く握る形になった。

 いわゆる『手四てよっつ』の状態だ。


 ユニエの突撃を真正面からぶつかって返せば、お互いの身体に強いダメージを残すかもしれない。

 と、それを考えたらユニエの勢いを殺してから掴み合いにしてあげた方が良い。


 私はホッとしたけど、ユニエの表情はむしろますます険しくなっている。

 本気を出さないおつもりですか!?と、きっとそういう表情だ。


「とんでもない!本気だよ!でも、ただ勝つこと以外も考えてるんだよ!それに、回避って行動を本気じゃないって見方するのは良くないと思うよ!)


 と、出そうになった言葉を飲み込み、黙るしかない。

 分かってもらえそうな雰囲気してないから。



 手四つの状態はまだ続いている。


 私より若干背の低いユニエが腕を上に向け、私に覆いかぶせるようにグングン押してくる。

 私は、むう、と一瞬考えた後、「ェアーッ!」と吠えた。

 するとユニエも「オァァァ!」と吠え返す。

 腹に力の入った吠え声。

 ユニエの腕の先から腹までの上半身全体に力が入ったのを繋がった手から感じられる。

 力が入ったというより、力(りき)みが入ったという方が正しいかな。

 つまり今、ユニエの上半身は一本の棒と化している。


 私はその瞬間に腕を大きく右へ流しつつ、両手を捻る。

 するとユニエの上体はぐるりとひね回り、倒れる。


 紐の先を捻っても、もう一方の先っちょはあまり捩じれないけど、固い棒の先を捻れば棒全体が回る。

 そういう理屈。


 仰向けに倒れるユニエ。

 私は繋いだ手を離してすぐに起き、攻勢にかかった。



 倒れているユニエに横からかぶさり、ユニエの頭側の腕…今回は私の左腕…を、ユニエの頭の下に差し込む。

 そしてユニエの片腕と頭を、さっき差し込んだ私の左腕と頭で挟みこんで圧迫する。

 さらに私の下半身にユニエの身体を乗り越えさせる。

 次に右手と左手を繋ぎクラッチ、絞めを強くしていく。

 最期に私の身体をマットにしっかりと沈める。


アーム・トライアングル・チョーク』!


 頸動脈を締めあげる、私の片腕と頭による挟み込み。



 ユニエは自由になっている片腕で、私の腕を引きはがしにかかってきた。

 でもそれじゃダメなんだ、ユニエ。

 片腕一本で両腕の力が入った絞めチョークはそうそう抜けられない。


 抜けるには……


 と、絞められている方のユニエの片腕がグーを作りつつ曲がる。

 そしてそのグーを、ユニエの自由な方の片腕で突くように押す。

 そう、その抜け方!頭と絞められている腕の間にスキマを作って、絞めさせない動き!

 でも、カンタンにはやらせない!

 単純な腕力差で押し切る!!

 ふっ!!と短く声を吐き、グイッっと強く締め上げる。


「ぐっ…!ぐぅっ…!」


 ユニエの左手が、私の背をパンパンと叩く。

『ギブアップ』だ、良かった。

 私はクラッチを解き、息を整える。

 ユニエも肩を軽くさすりながら大きく息をして、ぐったりしている。



 正直、ユニエはギブアップしないんじゃないかと、ヒヤヒヤしていた。

 ユニエの身体に怒りがこもっていたから。


 ユニエがさすっていた肩に私も手を当てる。

 うん、後に残るダメージじゃなさそうだ。



「マト様……」


 仰向けだったユニエがゆっくりと起き、かぼそい声で私を呼んでる。


「うん?」


「私は……いかがでしたでしょうか」


 弱ってるから小さい声で喋ってるのかと思ったけど、違う。

 どうやら小声で会話したいみたいだ。


「いかが、って……?」


 3呼吸ほどはさんで、ユニエが答えた。


「アーシ様と、比べて……どうでしたか?」


 そういうこと、か。

 小声の理由も、試合の間ずっと怒り気味だったのも。

 さっきのアーシのセリフはどうやらユニエにとって本当に聞き逃せない言葉だったみたいだ。


「………ユニエはちゃんと鍛えてる人だってのはしっかり感じられた。でも……」


 私は長考の末、正直に答える選択をした。


「アーシに勝てていたかと聞かれれば、難しかったと思う」


「……そう、ですか」


 ユニエがうつむき、唇をぎゅっと強く閉める。


 本当は、もっと優しい言葉をかけてあげたかったけど、なんて言えば今のユニエを癒してあげられるのか分からない。

 私も一緒に気分が落ちてしまう。



「……わかりません」


 ユニエが口を開いた。


「マト様は才を持っています、プロレスの才を」


 ユニエはこちらをキッと強い眼で見て言い放つ。


「肉体だけなら授かっただけの事と言えるのでしょうけれど、マト様には確かな修練しゅうれんに基づく技術もあります。私もそれなりに研鑽けんさんを積んだつもりですが、マト様はおそらく、私よりずっと前から鍛えていたのでしょう」


 ほんの少しだけど、ユニエの眉間にシワが寄る。


「なのに、なのに!マト様はずっとプロレスを拒否するかのような素振りばかり!それだけの力を、才を、なぜ放棄するような態度をとるのですか!?」


「……………そうだね、では、ここは良い所なのかもしれないね」


「??」


「私のいた世界(トコ)ではさ、力(ちから)……特に、格闘能力なんてのは、持ってるだけで勝手に恐れられる事もあってさ」


「…!」


「都合よく加害者扱いされることも、少なくなかったんだ」




 それだけ言えば大体察してくれるだろう。

 語るのも、思い出したくもない話だ。



「……でも」


「言いたいことはなんとなく分かるよ。でもごめん、私は私だから」


「……」


「人間、そう簡単に変われるモンじゃないよ」







「なんだよォ、喧嘩か?いいねえ、もっとやってくれよなァ!」


 !! アーシの煽り……じゃない!声が違う!

 バッと振り向くと、声の主は……。



 アレグリッター家の3女、ララフェイド!

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