4話:その令嬢、星の輝きのごとく!!

 打撃を振るも、距離感が掴めず、踏み込みも弱い打撃では、まともなダメージにならない。

 逆に攻撃される分には、おぼつかない足下のせいで回避しきれない。

 じわじわと、残り体力に差をつけられる状況。


 私は無意識のうちに、両手を広げてコーナーポストにもたれかかっていた。


「クッククク!まーるではりつけじゃね?シャバすぎてワラ確爆笑確実だわ!」


 う、く……。



 なんでこんなことに?ホントに処刑されるの?目の前の奴を倒す方法は?足のフラフラはどうやって正す?

 色々な不安と悩みが頭の中でグルグルと回って止まらない。

 ああ、こんなことならもっとプロレスの練習を続けていれば……。


「父さん……」


 つい口から言葉が漏れだした。

 それを聞き、また笑うアーシ。


「マヌケにもアレグリッター家に喧嘩売って、ブザマにもボコボコにされてさぁ!そんで、とうさ~ん、だってさ!!」


 アーシの嘲笑に、目がムズムズしてくる。


「あーしが父親だったら今頃泣いてるわ!育て方間違えた~ってさァ!」


 その一言で。

 暗く冷たい感情の激流が、どす黒く熱いものに変わっていくのを感じる。


「私はプロレスが嫌いになった」


「あん?」


「でも父さんは、そんな私を嫌いにならなかった。信じてくれてた。ううん、だからこそ、プロレスに反発できたのかもしれない」


「急に自分語り?キモいわー」


「つまり、ねえ……」


 私はスッと息を溜めて、吐くように叫ぶ。


「お前みたいな紛い物令嬢が、バカにしていい私じゃあないんだよ!!!」


 ガッ!

 と、軸足をローキックですくわれ、私は倒れた。



「ブツブツギャーギャーうるっせえし!叫んだって勝ち目なんかねーんだよ!!」


 仰向けになった私。

 たしかにアーシの言うとおり、状況は変わっていない。

 でも、気合いは入った!

 不利をひっくり返すのが……プロレスだ!!


 アーシが追い打ちをかけようと迫る!

 立ち上がる暇は……無い!


 私はアーシに向いている足を伸ばし、迎撃!


 ドボォ!

 と、伸ばした足はアーシの鳩尾(みぞおち)に深く突き刺さった。


「かへッ……!!」


『おおっと、アーシが油断していたのか、マトのカウンターが綺麗に決まった!今試合初の有効打なのでは!?』


 ……!

 そうか、そうだよ!

 まともに闘えない状態だってんなら……!


『おおっと!マト、素早く立ち上がった!ここからラッシュが入るかー!?』


「やらせるかっ……!」


 アーシは素早く態勢を整え、迎撃の準備をしている。


 私は──倒れこんだ。


『あっと!?やはり足がフラフラのままだったか!バランスを大きく崩している!』


「……っはは!」


 実況はガッカリし、アーシは笑っている。


 せいぜい笑ってろ!!


 倒れこみ、マットにうつ伏せで倒れたと同時に、私は腕を伸ばしてアーシの足を掴む!


「んなっ!?」


 そして掴んだ足を軽く持ち上げながら、中腰の姿勢で背後へ回る!


 アーシの背後へ回ったら──持ち上げた足を思いきり引いて、倒す!



『あああっと!マトがバランスを崩したのはブラフ!本命はアーシの片足をテイクダウンする引きずり落とす『片足タックル』だ!なんとまあ、奇策と言わざるをえません!』


 そう、マトモに闘えないなら!

 マトモに闘わなければいいだけだ!!


 うつ伏せになったアーシの上に乗り、アーシの両足を曲げながら私の脇に挟んで、持ち上げる!


 相手の背中を無理矢理に逆方向へ丸める関節技『逆エビ固めボストン・クラブ』だ!


「んぐあああーーーっ!!!」


 アーシの低く唸るような叫びが響く!

 私は怒りを込めて強く強くアーシを反り上げる!

 アーシはかきむしるようにマットの上を這い進み、ロープを掴んだ。


「ブレイク!」


 審判に言われて、私は関節技を外す。


 ロープを掴んだ相手に攻撃を続けてはいけない。

『ロープブレイク』。

 プロレスの基本ルールの1つだ、流石に知ってる。


 アーシは立ち上がった。

 その顔には怒りと動揺が詰まっている。


「なめんな……!あーしはなあ、アレグリッター家のアーシなんだ!ウチら姉妹は最強!!負けるわけねえっし!!」


「じゃあ、アンタが特別弱いんでしょ」


「!!!!だあまあれええええええ!!!!」



 私の挑発にぶちギレたアーシが、跳ねた!

 空中で両足を"溜めて"いる!

 全力のドロップキックだ!


 先に跳ばれては、こっちが倒れこむわけにもいかない!

 相手を倒れこませることもできない!


 ……でも、私には武器がある!

 家族も褒めてくれた、反射神経が、動体視力が!!


 私はアーシの渾身のドロップキックを、立ったまま上半身だけを反らしてスレスレで回避!

 そして、反らした身体を戻しつつ、両腕を振り上げて、振り下ろす!!

 空中のアーシを叩き落とした!!


 観客の貴族たちが大きく叫びながらどよめく。


『な、今の稲妻のような速さのドロップキックをかわしたとは!?』


 実況も驚いた様子だけど、私には見えた!避けた!返した!


「ひっ」


 アーシの怯える声を無視して、私はアーシを高く、逆さまに持ち上げる!


 脳天からマットに叩き付ける大技『ブレーン・バスター……


 !足が震える!バランスが!

 いいや、だったら!!



 私は尻餅をつくように倒れつつも、アーシの頭をマットへと確かに突き刺した。


 そして、そのままアーシの上におおかぶさり、抑え込みフォール


「スリー、ツー、ワン!」



 カンカンカンカンカン!!


 スリーカウントが数え終わり、試合終了を告げるゴングが鳴った。


『なんと!なんということでしょう!名門アレグリッター家が!あまりにも唐突な敗北をきっしてしまいました!まさに珍事!勝利した彼女の情報は、こちらには一切データがありません!!風雲吹き荒れる、お嬢様プロレス界!!これからの動向にも目が離せなーい!!!』


 貴族たちの嘆きと喜びの声が響くなか、私はユニエに向かって手を振った。

 ユニエは驚いて、固まっている。


 実況さんがリングを降りた私にインタビューしてくる。


『しかし今の技……変形型のブレーンバスターですか、足元がふらついて危険そうでしたが、なんとかキマりましたね!』


「『ノーザンライトボム』。」


「はい?」


「……今の技の名前」


『おおっと失礼しました!『ノーザンライトボム』という技だそうです!皆さんも是非覚えていってください!令嬢マト!その輝きは確かに北の空に輝く星ノーザンライトの如くです!!』



 しかし、『風雲吹き荒れる』、かあ……。


 穏やかな貴族生活、できるのかな~~!!


 イヤな予感しかしない~~!!

 あと疲れた~~!!

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