3話:絶対に絶命!?
「うううううう~~~~~……!」
別にトイレできばってるわけじゃない。
無機質な、1色だけの壁と床。
人1人ギリギリ通れそうな高所の明かり窓。
木製の洋服棚。
長めの椅子。
材質こそ違うけど、これはもう間違いなく更衣室……ロッカールーム。
そこで私は呻いている。
なんでよりにもよってプロレスなんだ!!
私の嫌いなプロレス!!!
お嬢様の決闘っていうからもっとこう……ダンスとか歌とか、お勉強とか!
そういうのかなって、思うじゃん!
知らんけど!
なしてこげんな中世貴族世界でまでプロレスせなあかんのかと。
呪いか?プロレスの呪いか??
ああ、さっきまでの浮かれてた気分が一気に地の底に落ちる……。
「あのう……お着替え、お持ち致しました」
私が
手には、スポーツタンクトップとショートパンツが入ったカゴを持っている。
「あ、ありがと……」
はあ、やるしかないのかなあ。
「……」
ユニエが少し考えたあと、何かを覚悟したような顔をして話しかけてきた。
「今ならまだ間に合います。窓からお逃げください」
「えっ」
「『お嬢様プロレス』について知らない上に拒否を示す方が、この国にそうそういるとは思えません。事情は分かりませんが、きっと異国から迷い混んだ、非貴族の方なのですよね?」
「ま、まあ、そんなカンジかな……」
「やはり……であれば余計に、命の危機に晒すわけにはいきません」
「い、命!?」
「ええ。お嬢様プロレスに敗北すれば国からなんらかの処分を受ける可能性があります」
「処分って……」
「もちろん、直接的に死ぬわけではありません。ですがその処分のために、国は貴方の
「!」
「そこでもし貴族でないと知られれば、不法侵入、貴族への
……なんてこった。
ただの
「ですから!逃げるなら今しかないのです!さあ、あちらの明かり窓から……」
「試合はどうするの!?」
自分の命がかかってるってのに、私はなぜかそんな事を聞いてしまった。
「わたくしが代理として出ます。元々は私が始めた騒動。わたくしが出るのがスジというものです」
「あの女……アーシって、やっぱ強いの?」
「アーシ様含む『アレグリッター家の姉妹』は、お嬢様プロレスによって現在の権力を築いてきた、まさに名門です。アーシ様は末女ではありますが……『本物』です」
「……」
「ご心配なく、わたくしだって普段から練習はしてきたつもりです。それに勝敗だけが全てではありません。私の闘う意思を、見せなければなりませんから」
そう言って、ユニエは明るい笑顔を見せてくる。
「ユニエさん、手、いいかな」
「ユニエで結構ですよ」
「じゃあ、ユニエ、手を……」
「手?」
私はユニエが伸ばしてくれた手を握って、目を閉じる。
……握った手から、ユニエの身体、臓器や筋肉の様子が伝わってきた。
普段から練習してるというのは本当のようだ。
しっかり鍛えられている。
……でも。
私は知っていた。
アーシの腕を握っていたから。
アーシは、強い。
ユニエより、強い。
単純な身体のつくりだけで言えば、私のほうが、まだ……。
でも、もし負けたら……。
……逃げれば……。
……逃げる?
ああ、そうだった……。
「あの、貴方、ええと……」
「マト」
「マト様、大丈夫で」
「私、やるよ」
「えっ」
「勝てば、処刑されないんでしょ」
「確証はありませんが、おそらくは……いえ!しかし!」
「逃げようかとも思ったけどさ、思いだしちゃったんだ」
「えっ?」
「逃げる先なんて、今の私には無いんだってことを、さ」
「……しかし……」
「それに私、プロレスは強いと思うよ。子供の時に仕込まれてたからね」
「……」
「おねがい」
「……わかりました」
ユニエは不安そうな顔で見つめてくる。
私は彼女をこれ以上不安にはさせまいと、ニコッと笑ってしまった。
これでいい、きっと。
……あーあ、それにしても、なんでこうなっちゃったのかな。
涌き出そうな涙を隠すため、ユニエに背を向けた。
明かり窓から、2つの青い月が覗いている。
やっぱりここは違う世界なんだよって、月が
試合が、始まろうとしている。
着替えを済ませ、ふらふらと更衣室からリングが召喚されたダンスホールへと戻る。
と、そこにはプロレス会場としか言いようの無い『決闘の舞台』が設営されていた。
焼けるような強い光を放つ照明、会場全体に響かせられる大きさのスピーカー、貴族の社交場に持ち出すなと言いたくなる無骨なパイプ椅子。
なんだこりゃ。
私のいた世界の会場まんまやんけ。
かと思えば、リングの周囲でさっきの魔道士が円陣を組んで、懐から取り出した小瓶から液体を垂らしている。
すると液体が淡く青い光を放ち、魔道士たちは一仕事終えたような顔で離れていく。
私が不思議そうな顔をしているのを見てか、ユニエが説明をしてくれた。
「『聖水』ですね。乙女が祈りを込めた水は、邪なるものを祓う力があると伝わっております」
「邪なるものって?」
「『リングの中には天使と悪魔が潜む』。この国に今も遺る伝承です」
「え、いるの?悪魔が?」
「ああいえ、勿論ただの言い伝えです。悪魔が実在してるわけでは無いですよ、きっと」
召喚魔法とか聖水とかはあるのに悪魔はいないのも、それなそれで変というか妙な気がするけどなあ……。
しかしやはりこの世界が異世界であることは間違い無さそうだ。
私はつい、深く肩を落としてしまう。
グププ……ホォーン……。
マイクがスピーカーに繋がる時のキンキンした音が館内にこだましてきた。
小音ながらやかましく鳴っていたBGMが止まり、アナウンスが始まる。
『令嬢同士の出会いと争いは唐突なもの!今まさに、プロレス強豪たるアレグリッター家のアーシ嬢が謎の令嬢マトに挑もうとしています!』
実況席もマイクもあるようだ。
いやなんでだよ。
『マト氏については実況の私にも全く情報が入っておりません!それでも挑戦を叩きつけるアーシ嬢!
的、というか傲慢そのものだと思う。
『赤コーナー……!アーシ・アレグリッター!』
アナウンスが響き、アーシがホールに入場。
入り口からリングまでの道──『花道』を歩く。
『そのプライドの高さゆえに!自分に牙むく者を許しはしない!『上下関係も礼儀も知らぬ獣には躾が必要』そう言わんばかりの強い眼光を以て、今宵も恐怖の制裁を始めるのかー!?!?』
アーシがマントを脱ぎ捨て、観衆にアピールをし始める。
なんというか、プライドをかけた決闘だというにすごくプロレス的だ。
『続きまして青コーナー!まさに
ウオオオオオオ!!
私が言えた口じゃないけどもっと怪しめよ……。
なに盛り上がってるんだ観衆の貴族たちは。
「ほら、マト様!」
「あ、ああ、うん」
私はユニエに背を押されて花道を進む。
綺麗なバトルコスチュームを着たアーシに比べて私の身なりは貧相というか単純(シンプル)。
ああもう!んなこと気にしてる場合じゃないのにどうしても頭がプロレスから逃避してしまう!
リングを登り、中央へ立つ私とアーシ。
「死ぬほど泣かせてやっからさ!覚悟しろし!」
死ぬほどどころかマジで死ぬかも、の瀬戸際なんだよこっちは。
……ああくそっ!ここまできてうじうじ怖じけてなんていられない!
やるっきゃないんだ!!
私は顔をパンと叩いて気合いを入れる。
カーーーンッッッ
ゴングが鳴り、闘いが始まった!
私は先制攻撃を仕掛けるために、早足でアーシへと近づこうとする。
が!
足首を
勝手に走って勝手に転ぶ私に、アーシもユニエも、そして観衆も静まり返っている。
何かの作戦かとみんな思っているようだけど、もちろんそんなことはなく普通に転んだだけだ。
……この世界に来た時から、ずっと足元がおぼついていなかった。
でもそれは、履き慣れないハイヒールや、精神的ショックのせいだと思ってた。
けど違う。
やっと原因がわかった。
『身体』だ。
この世界に来たときに、私の身体も変化していたわけだけど、新しい身体は元々の私の身体よりだいぶ大きい。
そのせいで元の身体の感覚で動こうとして変になってしまったわけだ。
例えるなら、常に厚底ブーツを無理矢理履かされて歩きまわされているかのような感覚!
踏み込みが上手く入らない!
腕も伸びているから距離感も掴めない!
と、分析ができた。
今になって!!
ゆっくりと起き上がる私に、容赦のないローキックがぶち当たる。
私は立っていられず、膝崩れの状態になった。
その様子を見て、
「あーっはっはっは!!ざっこ!!ガッカリだわマジでさあ~!!」
嘲笑するアーシ。
「ああ、やはりわたくしが出るべきでした……」
落胆するユニエ。
「なにやってんだー!真面目にやれー!」
ヤジを飛ばす観衆。
「ほーらほらほらほらほらァ!!」
アーシのエルボーとキックが乱れ飛ぶ。
アーシがプロレス実力者だというのは本当みたいだ。
攻撃の姿勢にムダが少なく、『慣れ』を感じる。
……なんて、評価をしている場合じゃない!
こ、こんな実力者を、フラフラの私が、どうにかできるのか!?
いや、わかってる。
できるできないじゃなくて、やるしかないんでってことは。
持ってる経験と、新しい身体で。
でも……でも!
どうすればいいんだ!?
どうなってしまうんだ!?私!!!
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