2話:お嬢様プロレス!?!?!?

 貴族、貴族、貴族!

 煌びやかなダンスホール!


 なに!なんなの!?


 嬉しさよりも驚きが勝る私。


 ここは大通りの裏路地のはず……!

 しかし振り返っても、そこはダンスホール。


 夢?

 どっちが夢?



 慌てて走り出そうとして、転んでしまった。


 というのも、どうも足が、いや靴が変だ。

 見ると、ハイヒールを履いている。

 私が。



 そういえば変なのは靴だけじゃない。

 服もだ。

 フリフリの服を着ている。

 まるでさっき大通りの店で見たドレス……。


 どんな格好になってるんだ、私!?


 慌ててそのへんの貴族に声をかける。


「あの、すみません!」


「おやお嬢さん、なにか」


 日本語で返事が来た。

 どう見ても西洋の白人紳士なのに。


 その紳士に姿見のある場所を聞き、部屋へ入って驚いた。




 少し高めの身長、輝く銀髪(プラチナブロンド)、大きめの乳……の、美しい女性が立っていた。


 彼女は私と同じく驚いている。

 私が後ずさりすると、彼女も後ろへ引く。

 私が右手を頬に当てると、彼女もそうした。


 ……姿見(鏡)だ。

 じゃあ、目の前にいるのは……


 私!?


 ウソでしょ!?なんだっての!?


 私は日本の女子高生、中山田マトのはず……!


 なんかのアニメで聞いた、異世界転生ってやつ!?

 いやいや!私死んでないよ!?死んでないはず……!

 混乱しながら部屋を出て、ダンスホールへ戻る。

 まだ足がフラフラしている。


 なにがどうなってるのかサッパリだけど……。

 憧れた貴族の世界に、憧れたお嬢様の格好で入っている!

 そのことにワクワクしている自分もいる。

 不安もあるけど、少しだけこの瞬間を……楽しんでみますか!!



 いやあしかし……。

 360度、美しいドレスの令嬢、カッコイイ紳士、調度品に食器、床や天井、奏でられる音楽までもが、綺麗だ……。

 本当の芸術に触れると心が満たされる、なんて言うらしいけど、まさにそんな気持ちだ……。



 しかし、そんな気持ちを突然壊すような声がホールに響いた。



「謝ってください!!!」

 突然の怒声に、浮かれてた気持ちがストンと地に降りた。


 なんだなんだ?

 他の貴族たちも、ざわめいている。


 野次馬根性で騒ぎの中心を覗き込むと、令嬢と令嬢が口論しているようだった。



「今、足を引っ掛けて転ばせたのは故意ですよね!?」


「あーん?ちょっとぉ、言いがかりはやめてくんねー?怖いんですけどおー」


「なぜそのような事をなさるのですか!他者に迷惑をかけて楽しむなど貴族として恥じるべき行為です!」


「してねーっつってんじゃんかよ!ぅるせーし!ギャンギャン騒ぐなや野良犬!」


 うわー、なんというか、うん、イヤだなあ……。



 と、その様子を見ていた周囲の貴族たちがボソボソと話しているのが聞こえた。


「ああ、またアーシ様だよ……誰か止めてくれないかな」


「君が止めなよ、僕はイヤだけど」


「私だってアレグリッター家に目ぇ付けられたくないよ!」


「だよなあ。フォスタ男爵家のユニエ嬢だっけ?あの子もすごい根性だよなあ」


「あれはもう根性じゃなくて、ただのバカだろ……」



 どうやら足を引っ掛けた側がアーシ、掛けられた側がユニエという名前のようだ。



 なんだかユニエが可哀想だけど、正直ケンカに巻き込まれたくはない、闘いたくない。

 ……知らない地でなら余計に、だ。

 私はそそくさと引っ込もうとした。


 彼女たちの口論は、まだ続いている。



「アレグリッター家にどーーしても逆らいたいってんだねえ!?キモイしそういうのさあ!!」


「『力に屈して、嘘を認める人間にはなるな、それは悪への第一歩だ』私は父母ふぼからそう教わりました!私は、その言葉を信じます!!お父様お母様を、信じます!!」



 ユニエのその言葉に、私の足が引き止められた。


『僕も父さんも、マトを信じてる』


 おにいの言葉が、頭の中で反響する。

 闘いたくはない。

 でも、そのために、悪を見逃す?

 それが、人から信じられた人間のすること??

 あの子は、ユニエは、闘っているのに……。


 ぐ

 ぐく


 ぐうううう!!!




「ムカつくんだよお前ぇ!!」


 アーシが振りかぶった腕を、私はついに掴んだ。

 掴んでしまった。



「……は?」


 アーシが、そしてユニエも、周囲の貴族も、驚いた顔をしている。


「やめなよ」


 私は震える声でそう言った。

 一瞬、場が凍りつく。



「なに?誰アンタ?キモイし」


「誰だっていいでしょ。いいかげんその迷惑行為やめろって言ってんの。貴族がやることじゃないよ」


「あーし(あたし)が誰か知ってんの?」


「知らんわ、アンタみたいなやつ」


 売り言葉に買い言葉とは言うけど、あちらの態度につられてこっちも口調が荒くなってしまう。

 これじゃまるでプロレスだ。


「『アレグリッター家』なんですけどぉ?」


「知らんわ。家名振りかざしてるとこからすると、自分自身には相当自信がないんだろうね」



 私のその言葉にアーシの顔が大きく歪み、眉間に深い深いシワが寄る。

 周囲の貴族が若干ざわつく。


 アーシは私の手を振り払い、手袋を脱いで投げてきた。

 私は何も考えずに手袋をキャッチする。

 すると、周囲の貴族がさらに大きくざわつき始めた。


「手袋を受け取ったぞ!」

「……決闘だ!」

「決闘だぁ!!」



 ……そういえばネットで読んだことがある。

 中世の西洋貴族は、決闘を申し込む際に手袋を投げる風習がある。

 そしてその手袋を拾うことは、決闘を受けるという合図になる、と。


 やってしまった………!


「そ、そんな!元はわたくしとアーシ様の口論のはず!名も知らぬ方を巻き込むだなんて!」


「オメーは黙ってろし!こいつはボコボコにしなきゃ気が済まねーわ!」


 ユニエの擁護をアーシが跳ね除ける。



「いいよ!やったろうじゃん!」


 こうなりゃ乗りかかった船、毒も食らわば皿までだ!

 きっちり決着つけて、謝らせてやる!!




「んで、勝負の方法は!?」


 私がそう聞くと、アーシが呆れた顔でこっちを見る。


「何言ってんの?んなの決まってんじゃん!魔道士!」


 魔道士!?

 アーシの掛け声で、ローブを着た男が数人駆けつけ、ダンスホールの中心で儀式を始める。

 魔法陣を描き、その周囲で呪文を唱えると、陣が淡く青い光を放つ。

 魔法が存在する世界だったの!?

 っていうか、過去とかじゃなくてホントに異世界だったんだ!?

 陣の中心から、なにか大きくて四角いものが迫り上がってくる。


「ねえ、ユニエ……さん?決闘って何やればいいの?」


「ユニエで結構ですよ。……令嬢同士の決闘方法は、1つしかないと思いますが……」


「うん、だから、それが何かって話で……」


 魔法陣から出現した『何か』。



 それは────プロレスのリングだった。



「決闘の方法は……『お嬢様プロレス』ですよね?」




 …………は?


 はーーーーーー!?!?!?!?!?


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