お嬢様ノーザンライト!~プロレス嫌いの私、異世界中世貴族世界で『お嬢様プロレス』することに、負けたら処刑ですか!?~

さぐものK

1話:プロレスは嫌い!

 お嬢様になりたい。プロレスなんてしたくない。




 父に誘われて家族で行った、プロレスの興行試合は今も覚えている。


 はじける汗、混じる血液、響くマイクアピール、照り付けるような照明。

 肉と肉のぶつかり合い。


 私の隣で、おにいが目を輝かせて試合を見ていた。

 ……そして、私も。



「どうだァ!マト!プロレスって、カッコいいだろう!?」

「うん!私も、あんなふうになれるかな!?」

「なれるさ!なにせ、マトは俺の子だものな!」



 その日から、父による修行が始まった。


「うむ、マト!受けの練習はしっかりと、だ!プロレスは守りこそ大事なんだ!」

「いいかマト!真のレスラーは90%の気合と10%の知性でできているのだ!」

「そうだマト!基礎を磨け!かのアマレス選手ヨシダは基礎を極限まで磨いてだな……」

「マト!痛いのは、来ると覚悟していれば案外痛くない!怯えるな!そして……!」

「いいぞマト!まずは手四つから相手の力量を測るのだ!」


「ようしマト!我が一族、中山田家に伝わる奥義を教えてやる!」


 ……。


 あの修行の日々から、十数年経って、現在。



 私は、すっかり


 プロレスが嫌いになっていた。





「私は絶ッッッッ対!プロレスラーになんてならないからね!!!」


 父の運営するプロレスリング団体「豪剛プロレス」。

 その練習場に私の怒鳴り声が響く。

 しかし所属レスラーの皆は涼しい顔だ。

 もはやこの叫びにも慣れっこなのだろう。


「マトぉぉ~!なぜだぁ~!?いくら反抗期の高校生つっても、プロレスに反抗することねえだろぅ~!」


 父は泣きながら大声で私の手を掴む。


「ちょっと!引っ付いてくんのはやめてってば!…………父さん、昨日ちゃんとお薬飲んだ?」

「えっ?あ、いや……」

「ったくぅ~、漢方が苦手なのは知ってるけどちゃんと飲まないと治るものも治らないよ!」

「相変わらずすごいなお前……手握っただけで体調とか分かるんだもんなあ、そのワザもレスラーとして活かす事ができるっちゅうのに……」


 またプロレスの話に繋げようとしてる!


「もういい加減ウンザリなの!私は!四六時中365日年中無休祝日返上でプロレスプロレスプロレスってさあ!」

「女の子は飽きるのが早えなあ……闘史は今や若手のエースとして界隈を盛り上げてるっつうのに……」

「おにいは関係ないでしょ!私は私の道を進みたいの!」

「『私の道』って、なんか目標でもあるのか?」

「貴族」

「はぁ???」

「私は貴族になるの!血と汗と暴力の世界から抜け出して麗しい貴族が恋や芸術にかまけるような世界へ!」

「……はぁ~……」


 私の発言を聞いてうつむきながら感動の溜息を吐く父。

 よかった、やっぱり分かってくれたんだ。


「むしろ呆れて落胆してるんだと思うけどなあ」


 会話を聞いていた兄がこちらの思考を読んだかのように口を挟む。


「お兄は黙って練習してて!」

「いやでも、父さんの気持ちも分かってあげなよ。マトの才能を手放したくないんだよ」

「そうともよ!マトはまさしく天才なんだ!見過ごすには惜しすぎるんだァ!」


 ここぞとばかりに持ち上げてくる父と兄。

 その言葉で私が気分を良くすると思っているのが余計に腹が立つ。


「私の気持ちだって分かってよ!貴族に憧れる私の気持ち!」

「いや、貴族は職業じゃないでしょ……」


 お兄まで溜息をつく。


「そうだぞぉマト、お前ももう高2じゃねえか。進路希望に貴族って書くわけにもいかんだろが」

「だからって!プロレスラーはヤなの!」

「んじゃあ何になるつもりなんだ?」

「それは……」

「そうだぞぉマト、お前ももう高2じゃねえか。進路希望に貴族って書くわけにもいかんだろが」

「だからって!プロレスラーはヤなの!」

「んじゃあ何になるつもりなんだ?」

「それは……んん……」

「ホラ、言葉に詰まってるじゃねぇか!」


「将来なんて見えてこないよ!!父さんがプロレスばっかやらせてたから!!」


 してやったりと言ったような顔をする父にカチンと来て怒鳴ってしまった。


「う……」


 今度は父の方が言葉に詰まってしまっていた。


「そりゃ最初は私自身が望んでやった事だったよ!でも学校で他の子を見ている内に気づいたの!闘う事は良くない事なんだって!」

「マト!それは……」


 何かを言いかけた父に背中を向け、ジムを出ようとした私。


「あ、マト!」


 兄の声に振り向くと、眼前5cmくらいの所にサイフが飛んできていた。

 なので軽く後方にのけ反って躱し、私はソレをキャッチする。


「その、喧嘩中に悪いんだけどさ。スポドリの粉、勝ってきてくれるかな」


 相変わらずマイペースな兄だ。

 だけど私は兄のそういう所が嫌いじゃない。


「何箱!?」

「3箱」

「お釣りでアイス買うからね!?」

「ありがとう」


 私はフンと大きく鼻息を吐くと、またザッと向き直しドアを開けて外に出る。


「みたかよ闘史ィ、今の財布を取る動き!反応速度!並みの女子高生じゃあんな事できやせんぞ!やっぱり才能の塊なんだよアイツぁ!」

「父さん!喜んでる場合じゃないでしょ!」


 閉めた後の扉から、うっすらとそんな会話が聞こえてくる。

 父が配慮に欠けてるというかデリカシーが無いのも相変わらずだ。




 ドラッグストアでの買い物を終えた私。

 商業通りを歩き、家路をとぼとぼと帰る。

 レジ袋の中の箱アイスを開け、1本を口に入れる。

 西の空は強いオレンジの光を放っていた。



 不意に、近くのドレスショップからクラシックが聞こえてくる。

 目をやると、きらびやかなドレスがショーウィンドウに飾られていた。

 ほう、と息が出てきた。

 恍惚こうこつという言葉はこういう時に使うのだろう。

 私は自分が貴族になったつもりで、1人でくるくるとうろ覚えの社交ダンスを踊る。

 キラキラしたお城で、キラキラしたドレスを着て、キラキラしたダンスを踊り、男女共々を魅了してまない自分を想像すると、胸がときめく。


 しかし、現実の自分は背も高くないし友達もさして多くないし実家は汗臭いプロレスジムだ。


 ひとしきり踊ったあと、その現実がのしかかり、肩が落ちる。


 なんとなく目を横にやると、見た事のない暗く細い裏路地があった。

 私は違和感を覚えた。

 この通りは通学路でもあるので、それぞれの店の位置までしっかりと把握していたつもりだ。

 しかし、こんな裏路地は見たことがない。

 裏路地の先を見ると、異様なほど光り輝いていた。


 不審感を抱きながらも、なぜだか光へ向かって足が向かう私。

 そこに、自分を幸せにする何かがある気がして。


 光を凝視していると、視界が真っ白で満たされていく。

 一瞬、フワッと身体の浮かぶような感覚に包まれた。

 その後、世界が重力を取り戻したかのように重くなる。

 気づくと私は、目をつむっていた。

 眩しさが落ち着いたのをまぶたの裏から確認し、ゆっくりと目を開ける。

 すると、




 視界に広がっていたのは、御殿ごてんで踊り、語らい、楽器を奏でる貴族たちの社交場だった!

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